退き居り友よ 我を忘らすな
まぁるい月が、夜空を照らし出している。
月の明かりが、一人分の影を足元に作り出す。
あの日出来た二人の影は、ちゃんと重なっていたのにな……。
体に纏い付く空気が冷たくて、私は身震いして白い息を吐き出した。
庭の隅には、スノードロップの小さな白い花が咲いている。
凛とした香りを放つその花の花言葉は、確か「希望」だっただろうか?
私にも、まだ「希望」は残っているんだろうか?
あれから3ヶ月以上が過ぎたのに、琉旺さんからの連絡はない。
あの日竜口の家に、片付けにやってきたおじい様の使いだという人が、一旦本家に帰るようにと、琉旺さんとシュウちゃんを連れて行ってしまった。
シュウちゃんからは、一度だけ、竜家の本家にいるので、心配しないで欲しいと連絡があった。
それなら忙しいのだろうから、私の方から連絡するのは控えて、連絡が来るのを待とうと思った。
けれど、待っても待っても、連絡は来ない。結局私は、我慢できずに電話をかけてしまった。
でも琉旺さんは、出なかった。
一度タガが外れてしまった私は、何度も、何度も携帯に電話した。
そうして、その返事がないか自分の暗いスマホの画面を覗き込む。
何もない画面を見て、ため息をつく。
それの繰り返しだ。
いやだ、いやだ!これじゃあ、振られてストーカーになった女じゃないか!
そう思って、電話をするのはやめた。
けれど、何かしらの連絡がないかと、スマホの画面を確認することはやめられない。
遼ちゃんの目になるべく入らないようにしているけど、聡い弟は、私がスマホの画面ばかり見て元気のないことを、ちゃんと見ていて心配してくれている。
勿論、日がな一日そんな調子ではない。
大学の研究室だって忙しいし、何より獣医師国家試験を受けるための準備だってあった。
先日終わった試験は、今は結果待ちの状態だ。
試験が終わったせいもあるのかもしれない。
試験の事が、頭の中の多くを占めていたのに、終わったせいで空いた部分に琉旺さんのことが入り込んで、埋め尽くされてしまった感じ。
いや、考えないように、頭の片隅に無理やり押し込めていたものが、どうにも抑え切れずに飛び出して広がってしまったが正解かな……。
「大和へに 風吹きあげて 雲放れ 退き居り友よ 我を忘らすな」
(大和の国のほうに風が吹いて雲が離ればなれになるように、たとえ私とあなたが隔たっていようとも、私を忘れないで)
丹後国風土記に書かれてある、浦嶋子伝説の中で、別れた浦嶋子に向けて乙姫が読んだ歌を思い出す。
「ハァーーーーーー…………」
深いため息が漏れ出て、周りの空気を白く染めた。
なんて、女々しいんだろう。
人は、恋をすると、こんなに女々しくなるんだ。知らなかったなぁ……。
よく考えれば私、琉旺さんが、初恋なんだわ。
だからこんな思いをするのも、初めてなのか……。
そういやぁ、琉旺さんも、私が初恋だなんて言ってたなぁ……。
と、また琉旺さんのことを思い出して、ため息が出そうになる。
それを、どうにか喉の奥に飲み込んだ時だった。




