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親の居ぬ宴  作者: といち
2/4

父祐壽 母田鶴子に捧げる

親の居ぬ宴


   


八十に おもい遊ぶやちちははの はるか昔のかげろう動きや。


思われば われなに知らぬ父母の 育ちの日日も見合いの年も。


想像と 母に聞きたる事まとめ 読まれる人に生きればうれし。




出会い


見合いごと  惚れた好きだと追われるも 心動かぬわがまま小町


良縁と 勧められたり縁談も 断わり続き怒る両親


おさなとも 手びき若者あらわれし 胸のときめき初めて知るや


初めての 挨拶終わる間もなしに 心うばわる優しき笑顔


逢えばすぐ 知らずに触れる指と指 からませ遊ぶ今は旧知の仲


目と目とが 語りあうこと時ひさし 此の侭別れは無しに等しき


見せずして 交わす口付け首筋に 倒れる二人は画面上


手を取りて 見つめる映画ラブシーン 握る手指に震え生ずる


映画好き 見れば続けて二三ぼん 持って帰らぬ映画のパンフ



結婚


胸張りて 自慢したろう許嫁 すがたうつくし聞く声やさし


結婚を 承諾されしその夜をば ふぼは夢見る永遠の幸


末永く ちぎりし約束かなうこと 愛し愛され微笑みたえず


初夜の床 どんなことした知りたくも いまや聞けず他界の人


おそらくは 父も母もがはじめての 新婚の夜吾思いうかがう


絡まりも 寝巻き姿の交わりに 礼儀正しく動けりふたりか


抱き合いも いつしかなれてこころなく 喘ぎ歓喜はありしか無か


国のため 産めや増やせのご時世に 励む二人に授かりありと 



愛の結晶


溢れ出る 愛の泉を受け入れる 宝玉輝きはつご産まれし


つわり時 いっきに飲み干す茶碗酒 苦しさ治まる妙薬なりや


飲む度に 美味さつもりし酒なりて つわり無きしも手の出る一杯


ネエあなた こんな幸せあるかしら 夢なら夢と今教えてね


君一人 此の世に愛する人ならば 夢でも何でも吾構わずや


歯の弱し 若き苦労この子には 煮干毎日歯強くなれと


はちきれん 腹の上に耳あてて 男か女 迷う嬉しさ


腹の子の 元気いっぱい蹴る力 男の子だと幸せみなぎる



育児


生まれた子 立派なもの持ち生まれたと ほころぶ笑顔いまも忘れじ


一年も 経たず生まれし次男坊 張るちち吸うは二人の愛児


むねだして 次男に与える姿みて 這って駆け寄る長男かわい


乳首を 二人あらそう成り行きは 何時もおさまる長男の口


昼下がり 横にてうたたね気がつけば 這って吸いつく子あいらし


小さくて かよわい次男ひと月で さびしく今は天国の人


何知らず 乳首くわえ眼の動き どうしていない何時もの仲間


吸いながら 片手握るはあいた乳 いま無き捷二吸う余地もなし



新大陸満洲


社の上司 勧められたる満州派遣 心惑わせ息呑むふたり


二人して 世に出る道この道と 満州目指す若き決断


大陸は 吾が住む所と申し入れ 妻一子つれて極寒満州


東京で 生まれし妹皆と共 一人迎える父の笑顔


ちちははの 自信に燃えた新京は 弟二人の生まれ故郷


子を五人 つくれし二人自信とは どんなものかと想像絶す


敵なれど 英語の勉強欠かさずに 声だし読むは分からぬ言葉


部屋すみに 机座布団整然と 開かれたるは横文字手書き



徴兵令


出兵に 勇む心かあきらめか 国の為とて家族の訣別


死んだとて 吾幸せと誇らしく 惚れたおんなに嫁がれ嬉し


出兵を 明日に控えしその晩は 如何に過ごしか思えぞ悲しき


帰れれば 何をしなすか話し合う 不安を抱くも夢持つ二人


戦闘帽 まなざし優しく耳元で 絶対帰る心配するな


約束よ あなたの帰り待ってます 囁く二人握る手最後


涙顔 ケンケン遊びわれ離れ かいまに見たが最後の敬礼


バンザイと 送る人々押し合いに 探せどわからぬ愛する人を


家戻り なきわめく乳児抱きしめば あれが最後か会うことなきか



満洲引き揚げ


母子家族 帰国すべきと手に荷物 押し込められる屋根なし貨物車


ながたびに 下車した町はチンナポー 与えられたる部屋三日


天皇の わからぬ言葉すすり泣き 帰国延期と北韓二年


住む場所は 移り移され一枚毛布 腹減る幼子餓死餓死絶えず


乳飲み子を 生かすことのみ考えて 雑草汁も生きる手段と


長き列 朝霧明けぬ河原道 声なき進む三十八度線


ザクザクと 足音のみの長だ列 背後に聞きし機関銃響く


背と前に 二児をおぶりて母歩く 我祖母妹皆背に荷物


ハローゼア 初めて聞きし米兵の はずんだ声におびえ驚き


米軍の 列車に乗りし喜びに 皆無事なりとバンザイ叫ぶ



シベリア抑留


受けたるは 緊急訓練役立たず 戦い終わるは一月後とは


シベリアで わからぬきょう声従いて 列してみるは板のみの寝床


捕まりて いつの間にやら四ヶ月 日の短きに寒さ伴う


樹木きり 極寒なれど汗かけし 拭かずにいれば氷の立像


ロシアパン 酸っぱく硬く飯こいし 力衰え痩せたる身体


垢の浮く ぬるま湯つかり思うこと 愛する妻子何処で生きるや


身体拭き 着替え室にはだれ居らず あるは一つの下着のみとは


手拭いに 下着一枚身を覆い 寒さ厳しきかえるは遠き



極寒の死


横たわる 荒木の床も布ひとつ 寒さ骨まで十二月二十一日


寒さ消え 吐息静かに夢見るは 妻の温体子等の笑顔か


絶対に 帰ってみせると約束も 出来ぬすまんと最後の一息


妻のえみ お帰りなさいの抱擁に あたたかい肌薄れゆくなり


朝方に 人集まりて死を見るや 後悔したか服とりし者


服取りが 善人ならば死するまで 南無阿弥陀仏と祈り続けよ


人の物 取ったおとこと喧嘩すば からだ温まり生きおおせたか


死をみるも 日々のこととて涙なく 担ぎ投げ捨て遺体の壕に



無念の魂


知らぬ地で 閉じたる歳は三十三 無念の心思えばつらし


死ぬ時に こころに決めたか妻子らを 守り通すぞ何事なれど


何ゆえに 死なねばならぬこの身体 妻子の元へ行けよ魂


死するとも 見守り通すわが子らを 母いたわりて幸せつかめ

 

ちち生きる 皆の心に奥深く 危機あるごとに我らまもりし


母吾も 厳しき危機に身悶えぞ 何時も解れる鍵は父かな


死し父は 感ずる事もあるまいが それでもくやしい早死の運


運とても くやしき気持父よりも 母の胸にて生涯とどまる



訃報


授業中 おまえ帰れの命令に 家に帰れば母憂鬱顔


不安げに 母のかたわら坐れしが 母泣き続けなにもわからず


輪に座り 母の告げたる父の死に 皆大声あげて泣き叫ぶや


手をつなぎ 輪になるわれら泣く姿 父の見た目か吾が想像か


三歳の 幼き弟みなととも 泣けど何でと不思議な顔つき


絶対に 帰ってくると契りしは 死を聞かされど契り死なず


嘘よ嘘 間違いなのよあの人が あたしを残しこの子ら置いて


父死す日 誕生祝い同じ日に 知らずに生きたロシアと日本



生きる挑戦


戦争が 無ければきっとあの人は 家族おもいに皆幸せに


夫死し 暗たんたるはこの先の 如何に育てしこれら四児を


二十八 重い責任おわされて 戦後の未来どう生きるやと


父の友 四児付き結婚申し出も 十年流れこころ許さじ


四児思い 日々の暮らしに勝つために 無我の境地に人の手かりず


飴かつぎ 旅館の女将ながきこと 末は見込まれ調停委員


亡き人の 願叶えと旅館業 四児大学出責任果たす


亡き人の 世に出る道は海外と 長男娘に夢果たさせるや



老いた日々


男など 忘れし年は二十八 四児子育て生涯つぶす


若くして 夫失うこの人生 お返し無しの無給奉仕か


戦争を いまも憎んで悔し泣き 老いた体に戦争ゆるせじ


誤解され 責められるたびだれからも 信じてもらえぬ夫との契り


甥攻める 伯父とのあいだ怪しめば 悔しさ込み上げ声無し涙


父以外 男知らずに子を育て 貞女なりしか女の生涯


四児皆を 立派に育てし幸せも 老いて寂しさつもる日々かな


女にて 不幸なりし一生と 呟く声にうつろな目ざし



ほほ笑む幻覚


むすめ問う なぜ再婚せずもてたのに でもあの人きっと帰ってくると


われ見れば 父と間違え艶美顔 こんや二人で飲み行きましょう


このお酒 美味しいでしょうと飲み干して ほほえみ絶えぬ一人酒かな


青森の 祖父に似たりか酒愛し つのるおかわり水増しわからず


夫思い 何時になったら逢えるのと 口癖つづく寂しき憂い


絶対に 帰ってくるとの約束に 生涯信じ今日か明日かと


不思議げに じっと見つめる吾が姿 よく帰ったと喜び笑顔


よく此処が 分かったわねと嬉しげに われに微笑む眼差し優し



終わりなし夢


他の女 見付けているわよお父さま 言われ娘を見る目涙に


亡き人に 逢う事のみを夢に見て 死ぬことのみを待つ母の顔


死ぬことを 待ちつつ生きて九十四 どうして死ねぬ神様いじわる


皺だらけ こんな婆さんあの人は 分かってくれるか嫌われるかと


マウナケア 眺める眼差し思案顔 ここにまさるか君との天国


死ぬときは 日本の土地とねがわくも 息子に言えぬハワイの日差し


一人して 太平洋のハワイ島 日本ありしは海の彼方か


君死すは 極寒の国我死すは 常夏の国ありがたきかな



再会の門出


息荒く 動くこと無きその姿 手を取り聞くはショパンのピアノ


まるまって からだ小さく寝る姿何処かに似たり 胎内の赤子


孫娘 添い寝に優しく手を取れば 一息すいて後は静まり


オバアチャン 呼べど魂いまはなれ 愛する夫と絡み舞うかな


七十年 再会したるかちちははの 若き笑顔に我等うれしき


死せるとも 皆の幸せみちびきて きょうだい和やか親の居ぬ宴




叔母悦子歌う


遺児四人育てし義姉も八十歳今幸せと穏やかな笑み




八十寿の祝いの日に (1996.2.16)母歌う


亡き人よ見給え 今日のこの宴 子孫集いて楽しき祝い


豪華なる 今日の宴を給えしは 君が残せし子等の心根


眼に見えぬ 手に助けられここ迄に 登り来し身の幸せ思ふ


愛児四人 我手に残し征きし人 重き責任果たせし思い


五十年前 突然隣りより消えし人 逢ふ日に近しと思ふこの頃


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