三 山崎闇斎という人(十二)闇斎の漢詩文(四)
日本人が最も歌に詠むのは桜だが、中華の人が詠んだ例は少ない。
だが于武陵、王安石の詩にあるように、彼らが桜を愛さない訳ではない。
日本人のように「花と言えば桜」ではない、それだけだ。
周茂叔は富貴を牡丹に見たが、私は桜こそ富貴な花というにふさわしいと思う。
清水の桜を詠もう。
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闇斎は桜を愛し、しばしば清水寺や祇園の桜の下を散策しては楽しんだ。
毎年江戸へ下るのは大変だったのではとも思うが、洛中でも清水や比叡山へ足を運び詩を賦している闇斎なので、基本的にフットワークの軽い人なのかもしれない。
ちなみに于武陵は、井伏鱒二の「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」が有名な「花発いて風雨多し 人生 別離足る」の作者である。
櫻の倭歌最も多くして 華人の題詠聞くこと少なり
余 唐于武陵の題 宋王安石の詠を讀みて
華人此の花を愛さざるに非ざることを知る
但だ倭人の専なるが如くならざるのみ
周茂叔嘗て謂う 牡丹は花の富貴なる者と
予櫻に於いて之を言う
因って清水の櫻を見て乃ち賦す
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春來 樹の開花ならざること無し
裏に就て 白櫻獨り自ら誇る
富貴は浮雲 君記すべし
山嵐一陣 銀沙を散らす
春事漫漫たらず 遊人頻りに往還す
柳は垂れて路畔に依り 杉は直く林間に立つ
繪馬馬頭殿 泥牛牛尾山
白櫻花の富貴なる 玉を綴ねて欄干を照らす




