三 山崎闇斎という人(十一)闇斎の漢詩文(三)
出掛ける時には門まで随いてきて 戻れば尻尾を振って出迎える
顔を見上げては胸元に甘え 身を屈めて足元に戯れる
楊生の物語のように 私の身に危険が迫れば
お前は必ず助けてくれるだろう
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闇斎は三十五歳前後、三年ほど犬を飼っていた。「汝生れて」とあるので、子犬の頃に迎えたのだろう。
慶安四年(1651年)四月四日、闇斎三十四歳の時、土佐で世話になった野中兼山の母が死んだとき、闇斎はその葬儀を助けるために土佐へ下り、六月(季夏)に京へ戻ってきた。犬は大喜びで迎えたと闇斎は記す。
去夏の孟 吾れ南遊し 季夏下旬に歸る
汝久しく吾れを見ざるを以てや 歡走喜躍 常に過ぎたり
個人的な文章はあまり残っていないといわれる闇斎の、頬笑ましい文章の一つ「埋犬記」である。
埋犬記
辛卯の七夕 家犬潰す
汝生れて 之を畜ふこと此に三年
夫れ汝の性為る 最も愛するに堪ゑたり
吾れ出れば則ち後に随ひて門に送り 反れば則ち尾を掉りて戸に迎ふ
面を仰ぎて衣襟に上り 頭を低げて衣裾に入る
夜は則ち能く寝室を守り 異色の人を見ては 晝と雖も之を吠ふ
吾れ或ひは楊生の事有らば 汝必ず楊生の狗を為さん者也
去夏の孟 吾れ南遊し 季夏下旬に歸る
汝久しく吾れを見ざるを以てや 歡走喜躍 常に過ぎたり
是れ乃ち汝は吾が與の中で吾に馴れたる者
吾れ其れ犬を以て、汝を外にせんや
昔仲尼の畜狗死す 子貢をして之を埋ましむ。
曰く
吾れ之を聞くなり
敝れたる帷を棄てざるは馬を埋づめんが為なり
敝れたる蓋を棄てざるは狗を埋づめんが為なりと
丘や貧にして蓋なし 其封ずるに於いてをや
亦た之に席を予へん 其の首を陥らしむること毋れ
余れ亦た蓋なし
故き布衣、敝れたる布袴有り
并せて之に予へ、以て之を埋む
孟、季夏:孟夏(4月)、仲夏(5月)、季夏(6月)
楊生の狗:六朝時代に書かれた『捜神後記』にある物語が出典。
仲尼、丘:孔子。孔が氏、仲尼が字、丘が諱
子貢:孔子の弟子




