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三 山崎闇斎という人(九)闇斎の漢詩文(一)

 さて。

 延々と説明文が続いたので、この辺りでちょっと闇斎の漢詩文に目を転じてみたい。


「闇斎の詩を作るや、直に其の意を写し、磨鍛華飾を屑しとせず」(先哲叢談)

「闇斎詩賦を学ばず。偶々適意有らば、則ち吟出するも杜撰なり」(墨水一滴)


などと言われた。

 高弟直方も「朱子などの詩を作らるるは少しも苦労はないことぞ。情の浮かみ(び)次第にすかすか出たことぞ。山崎先生などの詩を作られしもそれぞ」(韞蔵録)と言っている。

 伊藤仁斎の子梅宇は、闇斎が「源佐(仁斎)は文に骨ををり秀でたるゆえ、両人(直方・絅斎)ともに源佐へ間にゆきて文學の筋をきけ」(見聞談叢)と言ったと伝えるが、逆に言うと闇斎は「詩を作るのに骨を折る」事がなかったらしい。そのため、恐らく門人に文章指南のしようもなかった。

 ただ、闇斎はかなりの量の詩文や紀行文を書いている。『先哲叢談』は「磨鍛華飾を屑しとせず」に続けて闇斎の漢詩を数首紹介し、「頗る合調」「此れ気象豪宕、人意を快くする」あるいは「奇趣造語、佗(他)人到る容からず」などと述べている。また「山崎闇斎年譜」は、闇斎が少年の頃から己れの才を頼み人の指導に従わなかったとして、「詩を作るには師に就かないと無理だろう」と言われた闇斎が、「自分の師は李白・杜甫・蘇軾・黄庭堅だ。彼らが平を用いる処には平を、仄を用いる処には仄を置けばいい。それだけのことだ」と言い返したという逸話を紹介している。

 たまたま梅花の詩が話題になった時には54首の漢詩をすらすら挙げてみせた(先達遺事)という闇斎なので、記憶している文章の蓄積で、感興に応じて詩が「出来てしまう」のだと思われる。それは多分、編纂物が主だったという著作活動においても同じだったのだろう。

 そして多読・精読で培われたその文章鑑賞能力で門人の文を見た闇斎先生は、「これはその方面の師が必要だな」と思ったのではないか、などとつい想像してしまうのである。



 それはさておき、闇斎の詩文を雰囲気だけでもお伝えしたいのでいくつか紹介したいと思います。「有感」以外は深川がちまちま調べて四苦八苦して書き下しているので、誤りはご指摘頂けると有難いです。『山崎闇斎全集』から引いていますが、読みやすいように送り仮名を補ったものもあります。気になる方(がいらっしゃると嬉しい(笑))は原書にあたって下さいね。

「有感」猪口篤志訳

Special thanks to 櫻井愛様


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