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麻樹恵璃は親友に頼りたい(1)

 私の身長の倍くらいある本棚に壁を覆われた応接間を、ガラス越しの朝日がぼんやりと照らしている。

 この部屋はほぼ両親の物置と化しているので、今まで私が利用することは滅多になかった。最後に入ったのがいつだったかすら覚えていない。

 まともに掃除もしていなかった室内には案の定埃が溜まっていて、棚の隅を指で撫でれば跡がついてしまいそうだ。


 まだ眠気が抜け切っていない目を擦りながら、私は室内をざっと見回した。

 何が入っているのか分からないダンボールを初め、見覚えのないものばかりが目に映る。両親が偶に押しかけて来てはここに不要な物を置いていくからだ。

辛うじてドアの周辺の床面が見えている他には、足の踏み場すらない程に床を侵食し尽くしているガラクタたち。

 娘の自宅の一室とはいえ、流石に好き勝手に使い過ぎだ。

 定期的に部屋の状態くらい確認しておくべきだった。もっと早くこの惨状に気付いていれば、休日にでも呼び出して片付けさせたのに。


 しかし、後悔ばかりもしていられない。来週までにここを整理しなければ、依頼主を迎え入れるためのスペースが確保できないのだから。外でスペースを借りるという手もあるにはあるけど、毎日そこに通っていては効率が悪過ぎる。


 そういうわけで、まずは床に散乱している本をダンボールに詰めていく。

 本棚にはまだ充分過ぎるくらいの空間があるので、部屋が片付いた後で並べることにした。勝手に捨てたら怒られるだろうし。そんなに大事な物ならここに置くなって何度も言ってるんだけど、二人揃って聞く耳持たずだ。いっそ一つ残らず実家に送り返してやりたい。

 床から拾い上げる書籍の多くは翻訳された歴史書だったり、どこかの大学教授の研究を纏めたものだったり。後は宇宙人を始めとしたオカルトチックな内容の本もちらほら。買った父さんさえ恐らく殆ど読んでいない数々の書物を、表紙だけ眺めてはダンボールに放り込む。


 無心で単純作業を続けていると、徐々に埃っぽい床が顔を出し始める。


 そのまま休憩も挟まないで黙々と手を動かすこと一時間と数分。

 私の目の前には数個のダンボールが積みあがっていた。

 その内の一つを持ち上げるが、限界まで詰め込まれているだけあってかなり重い。普段鍛えられていない私の細い腕がぷるぷる震える。でも魔法は使わない。


 なんとか最後のダンボールを廊下に運び出したところで、作業は一旦中断した。




 昼食後、応接間に戻ったのは午後二時過ぎ。

 今度は本と一緒に床に置かれていたガラクタを別室に移動させていく。母さんのコレクションの一部なのか、中には新品同様の家具もいくつか紛れ込んでいたので、それらは有難く応接間で使わせてもらうことにした。許可は取っていないけど、この部屋だって両親が勝手に倉庫にしてたんだからお互い様だ。


 埃を落としながら一つ一つ運んでいると、終わりが見えなくて憂鬱になってくる。

 少しずつとはいえ確実に減ってはいるんだけど、目に見える変化が小さいのが何よりの辛さだ。

 最終的に片付いたのは部屋の四分の一程度。

 多くのガラクタを応接間に残したまま、この日の作業は終わりにした。


 まだ先は長いが、このペースなら週末までには何とかなりそうだ。


 ◆


 活動開始を二日後に控えた土曜日の午後。

 全ての本が本棚に収まったところで応接間の整理は終了した。

 ……うん、長かった。

 一日当たりの作業時間はそれほどでもなかったが、この部屋と空き部屋との往復や力仕事ばかりが続くので体感時間は倍以上だ。単純作業故に効率は大して上がらないし、元から無い体力が容赦なく削られていくし……溜息が止まらない数日間だった。


 床一面を埋め尽くしていた物がなくなると、室内は見違えたように広く感じる。


 後は明日、この応接間を隅々まで掃除するだけ。

 面倒ではあるけど、活動初日までに使える状態にしておかなければこの数日間の努力は水の泡である。

 まあ、幸い手間の掛かりそうな傷や汚れは見当たらない。部屋がそこそこ広いとはいえ時間はかからないだろうし、多少肩の力を抜いても大丈夫だろう。


 気分転換に漫画でも読もうとリビングに戻ったところで、玄関のインターホンが鳴った。

「ねおねーん、私が来たよぉぉおおお〜!!」

 続いて、大声。

 インターホンに出るまでもなく、誰が来たのかが分かってしまった。

 数日前の瑠果に続いてめぐりんも泊まりに来たのだろうか。私の家は二人の別荘じゃないんだけど。

 来た目的によっては追い返してやろうと心に決めながら、玄関に向かう。


「めぐりん、来るときは先に連絡してって……って、え。誰?」

 開錠してドアを開けると、そこにいたのはめぐりんではなかった。


「まあ、そういう反応ですよね……」

 居心地の悪そうな苦笑を浮かべているのは、瑠果と同じ高校生くらいの少年。

 身長は男子高校生の平均より少し上くらいだろうか。少し離れた位置にいるので顔が見えたものの、至近距離なら私が見上げる高さだ。背の低さが際立つから一生私の近くに寄らないで欲しい。

 程よく高い身長に加えて、全身に纏う雰囲気は如何にもクラスの人気者といった感じ。服装は控えめに整っているが、全体的な印象が陽キャのそれだった。恐らく、本人は至って爽やかに振舞うけど周囲がうるさくて鬱陶しいタイプ。別段私はそういう雰囲気が嫌いってわけじゃないけど……ちょっと苦手だ。


 少年の背後には誰もいる気配がない。めぐりんの声は確かにしたんだけど……なにそのホラー。

 私が視線だけをきょろきょろさせていると、

「私はこっちだよ〜。へへ、驚いた?」

 ねえ、驚いた? とめぐりんがドアの陰からひょっこり顔を出す。

 なんだ、やはりただのドッキリか。

「はいはい驚いた。驚き過ぎて一発蹴りでも入れちゃいそうだったよ」

「なんか過激だ!? ……って、ねおねんの力じゃ何回蹴られても痛くないけどねー」

 ご名答。非力過ぎて多分小学生にも勝てない。


 と、そんなことよりもまずは状況の説明をしてもらわなければ。

 どうして知らない男子高校生(仮)がいるのか。そして、彼がめぐりんと一緒に現れた理由も。彼氏の紹介に来たという感じでもなさそうだし、二人の関係性が全く分からない。

「で、これ誰なの? めぐりん、兄弟とかいなかったよね?」

「その辺も含めて説明(、、)するから、取り敢えず中に入れてくれると嬉しいかな。今日の服ちょっと薄めでさー、結構寒いんだよね……」

 確かに外から流れ込んでくる空気には若干冷たさがある。このまま外で話してもらうのも悪いか。


 私は謎の少年にちらっと目をやった。

「この高校生っぽいのも一緒に入れた方がいい?」

「あ、うん。この子も説明(、、)はまだだから、ねおねんに話す序でに聞いてもらおうと思って連れて来たの」

「すみません、俺も急に呼び出されたのでよく分かってないんですけど……恵璃さんもこう言ってますし、ご迷惑でなければ少しだけお邪魔させてくれませんか?」

 いや、ご迷惑ですけど……。

 とはいえ、どうやら少年はめぐりんから何も知らされていない様子。このまま門前払いというのは少し可哀想か。移動中に手短に話すくらい出来ただろうに……さてはめぐりんサボったな?


 それにしても、めぐりんの言う説明(、、)というのが気になる。私の家に来たのだから私に話があるのは分かるけど、そこにどこの誰かも知らない少年が絡んでくるというのが理解不能だ。

 無いとは思うけど合コンとか? 仮にそうだとして男女比おかしくない?

 ……なんて、あれこれ考えるより話を聞いたほうが早いか。


「そ、じゃあ二人とも入って」

 私一人分の隙間しかなかったドアを押し開けて、めぐりんと少年を通した。

 少年は「お邪魔します」と申し訳無さそうに頭を軽く下げて、先にリビングに向かおうとしているめぐりんを追う。誰かさんと違って律儀なものだ。


 鍵をかけた私が一足遅れてリビングに入ると、既に誰かさん(めぐりん)はぺたーっとソファに寝そべっていた。話をしに来たんじゃなかったのだろうか。

 友人の家とはいえ流石に寛ぎ過ぎ……なんだけど、これがめぐりんの平常運転なので今更驚いたりはしない。


「ん……ねおねん、十分だけ寝ててもいい?」

 私が近付いたことに気付いたのか、ソファにうつ伏せのまま少しこちらを向いためぐりん。その声は先程までとは別人のように弱々しかった。今日は珍しくお疲れのご様子である。

 いつもであれば容赦なくソファから引き摺り落とす場面だが、今回は大目に見てあげよう。

 私が十分経ったら起こすと伝えると、めぐりんは頷き、すぐに小さな寝息を立て始めた。


 さて、唯一状況を把握しているめぐりん抜きで話を進めるなんて出来ないし、一先ず十分間待つとしよう。十分後にどんなに体を揺すろうと声をかけようと、暫く起きないのは目に見えてるけど。


 私がテーブルを挟んだ向かいのソファに腰を下ろそうとしたところで、遠慮気味な視線を感じた。

「えっと、ねおねん……さん?」

「その呼び方はやめて。如月音宛」

 初対面で年下のよく分からない少年にそんな渾名で呼ばれるのを赦すほど私の心は広くない。

「じゃあ、音宛さん。音宛さんってもしかして……魔女だったりしませんか?」

 そこは苗字で呼ぶべきでしょ……さん付けされてるだけマシだけど。絶対年下だと思って舐められてるんだろうなぁ。


(でも、なんで魔女の話が出てきたんだろ)

 別にヒントになるものなんて置いてないし、かといって私が魔女らしい服装をしているわけでもない。ただの部屋着姿だ。本来知り合いでもない他人に見せる格好じゃないのは確かだけど。

 だとすると、この少年は何を根拠にそんな質問をするのか。


 正直、嫌な予感しかしない。

 それでも私は、飽くまで平静を装ってソファにすとんと腰を下ろした。


「そうだとしたら?」

「いえ、ちょっと気になっただけですよ。ただ……もしそうなら、俺がここに連れて来られた理由は何となく察しがつくんで」

 ちらっと、静かに寝息をたてているめぐりんに視線を移す少年。

 その意味深な所作には何か裏があるようにも感じたが、興味がないのでスルーした。


 そして、その後はお互い言葉を交わすこともなく迎えた十分後。

 約束通りめぐりんを起こそうとはしたものの、やはり反応はなし。

 結局、自然に目を覚ますまではひたすら待つしかなさそうだ。


(……喉、渇いたな)

 そういえば昼食を最後に何も飲んでなかったっけ。

 三人分のグラスにペットボトルの水を注ぎ、少年には手渡し、めぐりんの分はテーブルに置いておく。


 めぐりんの寝息をBGMに、ソシャゲやSNSで適当に時間を潰しているうちに、小一時間が経過していた。

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