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南瑠果は先輩と遊びたい(5)

「先輩ここにいましたか。お風呂……って、うわぁ……」

 余夜との通話が終わり、PCの電源も切ってしまったのでリビングのソファでゆったりぐったりしていたところ、駅で買ったのであろう寝間着を着た瑠果が現れた。

 なんだか軽くドン引きされている様子。そんなに変な体勢してるのか私。それが判明したところで体を動かす気力もないけど。


「そんなになる程疲れましたか? ちょっとゲーセンに寄ったくらいなのに」

「私がどれだけ引き篭もり極めてたか分かる? ここ三年は、月に数回の買出し以外ほぼ外出してないからね」

 偶にめぐりんたちと遊びに出かけるときだって、帰りのバスや電車では眠ってしまうくらいクタクタだ。酷いときは、帰宅後にシャワーだけ浴びてさっさとベッドに潜ってしまうことだってある。シャワーだと疲労回復出来ないとか言うけど、そんなこと気にしてられないくらい疲れてるし眠いんだからどうしようもない。

 ゲームでよくある使ったその場で体力が回復できる傷薬とかポーションとか、現実にあったら絶対に引き篭もり御用達の外出用超高級アイテムだと思う。少なくとも私は絶対に買う。


「大丈夫なんですか? 来週からはお仕事なんですよね?」

「大丈夫じゃないかもね」

 体力面の問題は一週間程度ではとても解決出来そうにない。魔法で身体能力を補うくらいなら可能だし、仕事の効率アップも図れるだろうけど……私の体が強化されるわけじゃないんだな、これが。

 いっそ回復魔法でも使えたら無限に元気でいられるのに。これも私の魔力ならどうにかすればどうにかなりそうだけど、魔法にも条件やら制約やらその他諸々が盛り沢山なのでそう上手くは行かない。この三年間で色々と試行錯誤してみたものの未だその成果はゼロだ。

「えー……どうするんですか、最初の方は特に忙しいって言ってたのに」

 どうすると言われても、来週から仕事が始まるのは真季のせいだし……。

 被害者の私に責任を問われても困る。


「協会だって鬼じゃないし、私がほんとに限界だったら休ませてくれるんじゃない?」

 協会の維持のためにある程度利益を出す必要があるとはいえ、一応は魔術師を護るための団体だ。所属する魔術師を使い潰すような真似はしないだろう。

 真季という鬼上司がいるのは、瑠果には黙っておくことにする。後輩の説教がこれ以上長引くのは避けたい。


 私の言葉で一先ず安心したらしく、瑠果はふっと表情を緩めた。

「それならいいですけど……でも、お風呂だけはちゃんと入ってから寝てくださいよ。先輩の家なのに、私だけ入るのもなんか悪いですし」

「別に気にしないけど?」

「先輩が良くても私は気にするんです!」

「それ、先輩の家に急に押しかけてくる後輩の台詞じゃないと思うよ」

「それは、その……すみません」

 説教したり説教されたり本当に忙しい後輩だ。

 まあ、そんなこと言ったら私も同じなんだけど。


「それじゃ、入ってくるから。瑠果はここで自由にしてて」

「はい」

 リュックをゴソゴソして問題集らしき冊子を取り出す瑠果をリビングに残して、私は風呂場へ向かう。


 早めに帰れたと言っていたけど、もしかしたらテスト期間なのかも知れない。それか単純に出される課題が多いだけか。どっちにしても大変だな、高校生。

 とか思いつつ、私も人のことを言ってられないくらい超絶大ピンチだったりする。


(ほんと、大丈夫なんですかね……)

 久しぶりの外出でこの疲労感を思い出してしまった。

 今日みたいに遊んで疲れるならまだいいが、仕事の疲れとなると絶望感もひとしおって感じだ。

 でも、仕事が始まれば疲れたなんて言ってられないもんなぁ……まあ、言うけど。真季に毎日通話魔法で言いまくる気満々だけど。仕事中に何回もかけて邪魔してやる。私は本気だ。


 ギリギリを責めるのが大好きなあのドS上司には仕事を減らす程度の恩情すら期待できそうにない。残念ながらそれが現実だ。無能上司の愚痴がSNSで拡散されるのを頻繁に見かけるが、無駄に有能すぎるのも如何なものかと思う。

 真季に言って駄目なら協会なんて論外だ。支部なんて真季に半ば掌握されてるようなものだし。

 だから楽をするのは諦めて、魔女としての生活に慣れていくしかないのだろう。この上なく面倒だし、体力面以外にも不安要素はある。

 でも、無理じゃない。


 予想される依頼の数的には猫の手も借りたいところなんだけど……ん? 私、なんか忘れてるような……?

 某名探偵みたいに頭の中で何かが引っかかったのを感じたが、私はすぐにそれを振り払った。


 こうして忘れてしまっているくらいだ、大して重要なことでもないだろう。考えるだけ無駄というものだ。

 それに、明日になれば思い出すかも知れない。

 今日のところは風呂に入ってさっさと寝るだけでいい。


 脱衣所の棚に着替えの下着と寝間着を置き、久しぶりに着た外用の服を脱いでは籠に放り込む。


 体を洗い湯船に浸かっている間だけは、ただひたすら無心でいられる気がした。




「一応別の部屋も用意できるけど、ここでいいの?」

「はい。ちょっとわくわくしますね、お泊り会って感じで」

「そう?」

 この家にはめぐりんが偶に来るから私にとっては新鮮味も何もないけど、普通の高校生はそんなに経験しないイベントなんだろうか。いや、そもそも学校によっては禁止されていたりするのかも知れない。

 そういえば、入学式で配布された資料の中に校則も載ってたっけ。内容は全く覚えてないし、多分目を通してすらいないが、特別厳しい学校ではなかったという印象だ。偏差値を考えれば寧ろ優しい方だったのだと思う。友人宅に一泊するくらい許してくれそうなものだけど。


 リモコンで電気を消して、私はいつも使っているベッドに横になった。瑠果の布団はベッドの横に少し空間を空けて敷いている。

 布団を顎辺りまで引き上げて、目を閉じる。うん、やっぱりソファよりベッドがいいよね。安心感が違う。


「先輩」

 布団に潜り込む音が聞こえてから少しして、瑠果が口を開く。

 なんだろう。修学旅行とか女子会的なノリで恋バナとか? そうなると私、話すネタがないぞ? いや、仮にあったとしても今はゆっくり眠りたいんだけど。

「うん?」

「先輩のお仕事の話なんですけど……私、時々手伝いに来てもいいですか?」

「ああ、手伝いね」

 瑠果ならその内言い出すかもとは思っていたので、驚きはない。

「大したことはできないと思いますし、ご迷惑ならいいんですけど」

「まー、別にいいんだけどさ……瑠果、部活とかないの? 無理してここに来るって言うなら流石に歓迎できないよ」


 恐らくこれは、昔の恩返しのつもりだ。それと単純に私が心配だからというのも大きいだろう。

 手伝いを申し出てくれるのは有難い。魔術師とはいえ全て魔法でどうにかするわけではないので、普通の人間にだって任せられる仕事は幾らでもある。単純作業なら瑠果の得意分野だし、その辺をやってくれるだけでも私としては大助かりだ。

 でも、それが多少でも瑠果の負担になっては行けないと思う。バイトに加えて部活もやっているとすれば、ここに来る余裕は作らない限り無い筈だった。

 それに、少し決断が早すぎないだろうか。話を聞いたその日に即決って。


「部活は入ってないですよ。まあ生徒会はありますけど、それも偶にですし」

「生徒会入ってるんだ」

「はい、会長ですよ。立候補ですけど」

「そっか」


 少しだけ誇らしげな瑠果の声。

 別に瑠果は、自分が生徒会長という立場にいるのを自慢したかったわけじゃない。ただ私に報告しておきたかったのだろう。私のやったことは無駄じゃなかったと伝えるために。

 はっきりいって余計なお世話だ。だけど、私はそれを拒絶するつもりもなかった。


 私と初めて出会ったときの瑠果の性格を思えば、生徒会長なんていう目立つ役職に自ら名乗り出ただけで凄いことである。瑠果はあの頃よりずっと強くなった。その事実だけは――努力だけは、認めざるを得ない。認めなくてはいけない。


「瑠果は頑張ったんだね、色々と」

「はい、頑張りました」

 そう答える瑠果は嬉しそうだ。


「だから先輩も頑張ってくださいよ。私もできる限りのことは手伝いますから」

「うん、そうだね」

 ……ほんと、私の後輩であることが嘘みたいに前向きで真っ直ぐになったものだ。


 そんな後輩に私は、今日だけで何回嘘を吐いただろうか。

 おまけにその嘘にまで気を遣ってもらっちゃって。

 やはり、三年間のニート生活で培われた甘え癖はまだ直りそうにない。


「……先輩、もう寝ますか?」

「寝るよ」

 電気を消したんだから当たり前だ。

 それに何より疲れてるし。

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ」


 そして、間を置かずに聞こえてくる寝息。

 実は私より瑠果の方が疲れてたんじゃないだろうかと思うくらい早い寝付きだ。

 私もいつもならすぐに眠れるんだけど……今日に限ってはそうも行かないらしい。いざ眠ろうとすると妙に頭が冴えてくる。これが疲れすぎて眠れないってやつ? このまま寝不足ルートまっしぐらとか辛過ぎない?


 ソシャゲでもしてようかと思ったが、スマホを取るのも億劫だ。

 童心に戻って羊を数えてみたところで効果は無し。

 少し離れた位置から聞こえる規則的な寝息が恨めしい。


 昨日の真季との通話で絶望して、今日は瑠果との再開に驚いて。

 忘れようとしていた色々を、この二日間で思い出してしまった。それら全てが悪い記憶ではないが、どれも忘れたかったことには変わりない。

 でも、協会はいつまでも私を甘やかしてはくれなかったし、瑠果は私を見つけてしまった。

 こうなることは、きっとずっと前から決まっていたのだ。私だってそれくらい分かっていた筈だ。分かってしまっていたからこそ、分かっているという現実すら私は忘れようとした。

 先延ばしにしたところで結果は同じなのに。

 全て綺麗さっぱり忘れることができたとしても、何が変わるわけでもないのに。


(あー……駄目だ。全然眠れない)

 寝返りを打って脳内を一旦リセット。


 眠れないとつい要らないこと考えちゃうなぁ……これが三日間くらい続いたら病みそう。確実に病む。

 はーっと息を吐き出しながら枕に顔を埋める。自分の吐息に篭った熱が微妙に感じられてくすぐったい。

 ……いや、普通に息苦しいなこれ。


 そのまま時折ごろごろ転がったり体勢を変えたりしているうちに、眠ってしまっていたらしい。

 翌朝目が覚めると、先に起き出したのか瑠果は既に寝室を出ていた。

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