南瑠果は先輩と遊びたい(1)
魔女として働くことが決まった翌日。私はいつもより早い時間に目が覚めた。
春になったとはいえ、まだ早朝の肌寒さは冬とあまり大差が無い。
顔に冷たい空気を感じて、私は布団に深く潜り込む。二度寝をするつもりはなくても、ずっと潜っていたくなってしまうから布団というのは恐ろしいものである。
枕元にあったスマホを取ってSNSを見れば、布団の圧倒的包容力に悩まされている人ばかり。その殆どが学生や社会人で、私の朝の日課はそんな彼らの呟きを眺めながら好きなだけ布団で過ごすこと。仕事や勉学に勤しむ彼らにはできない、ニートの特権だ。
まあ、そんなことをしてられるのもあと一週間くらいなんだけど。
来週になれば私も晴れて無職卒業。つまり向こう側の人間になるわけだ。
正直なところ、まだ実感なんてなかった。これっぽっちも。
一昨日までは何も知らされていなかったのだから当然だ。社会人経験の無い引き篭もりに突然「来週からお仕事ね」と言われても、すぐに現実を受け入れられるわけがない。
今はそれでいいのだと思う。どうせ一週間後には労働の辛さを身をもって知ることになるのだから、今からあれこれ悩んでいても仕方ないだろう。残り少ない引き篭もり生活、ギリギリまで心はニートでいたい。
暫しSNSに没頭し、ソシャゲを軽く触った後でのそのそと体を動かして布団を離脱。うー、寒い。
椅子にかけてある部屋着用のパーカーを着て寝室を出る。
トースト一枚で朝食を済ませる頃には、カーテンの隙間から白い光が漏れだしていた。
食後はペットボトルのミネラルウォーターだけ持って真っ直ぐ寝室へ……といっても、また布団に戻って寝たいわけじゃない。
机の上にあるPCを起動して、デスクトップ画面が表示されるのをじっと待つ。壁紙は変えていないので、デフォルトの画像が設定されたままだ。
机の脇にある棚からヘッドフォンを取り出しつつクリックしたのは、私が最も時間をかけて打ち込んでいるオンラインゲーム、<AFTER the SEAL>である。
ログインの処理が終わると、画面上に表示されるのは濃い灰色の背景と、ゲーム内での私の分身ともいえるアバターだ。その隣には簡単なステータスも表示されている。プレイヤー名が<NEO>で、種族はファンタジーでは御馴染みのエルフ。職業は<ドルイド>――所謂回復職の一種だ。
私のアバターはそこまで拘りをもって作ったものではなく、他のプレイヤーに比べれば比較的シンプルなほうだ。それでも、クエストで手に入る装備などを身に着けているので、外見はそれなりに豪華な仕上がりになっている。特に<ドルイド>という職業は、先端に宝石が嵌め込まれた杖やふにゃっとした三角の帽子など、エルフと同じくファンタジーの常連、魔女の服装を模した装備が多いのが特徴だったりする。私の場合現実でも魔女だけど、こんな服装をするのはゲームの中だけだ。
アバターの足元辺りにある三つのボタンのうち、いつものように右側のものを押す。すると一瞬にして画面が切り替わった。華美な装飾が施された、お城のように広々とした部屋がディスプレイいっぱいに映し出される。これが私の冒険の仲間たちの溜まり場――ギルド<Pigeon Hall>のギルドホームである。
まだ朝だというのに、ギルドホームには十名を超えるメンバーが集まっていた。こんな時間からインしてるって相当暇なんだね君たち。勿論私も暇だ。
ギルドメンバーの総数は50を上回っているが、朝からログインするようなヘビーユーザーは今いる十名程度だ。私のように24時間家にいるような人もいれば、通学前の少しの時間を利用して来ている学生もいるから驚きである。流石に朝から何十分もゲームをしていられるのはニートくらいのものなので、この時間帯はクエストには行かず、ギルドホールや街中で雑談をするのが定番となっていた。
誰がいるのか確認しようとメニューを開いたところで、私がログインしたことに気づいたのか、凄い勢いで駆けてくる薄い緑色の髪をした人間の少女。恐らくその少女からのものであろう、ボイスチャットの呼び出し音まで鳴り始めた。
ヘッドホンを装着して、通知欄からボイスチャットを許可する。
『ねおねん、昨日の夜来なかったでしょー。みんなずっと待ってたのに!』
ボイスチャットが開始された途端に聞こえてくる拗ねたようなその声は、やはり私の予想通りの人物のものだった。緑髪の少女のアバターを使い、このギルドのギルドマスターも勤めている私の友人、めぐりんである。本名は麻樹恵璃。
ゲーム上では<ティラミス>を名乗っているめぐりんだが、渾名の方が浸透してしまっていることもあり、めぐりんを<ティラミス>と呼ぶメンバーはあまりいない。その原因を挙げるとすれば、このゲームのオフ会でめぐりんめぐりんと呼び続けていた私なんだろうけど、そもそもめぐりんは本名を隠していないため問題はない。
それに、<ティラミス>と呼ぶのもなんだか違和感がある。というのも、私とめぐりんが初めて出会ったのはこのゲームではないからだ。めぐりんはゲーム上の名前を毎回適当なスイーツの名前から決めていて、初対面のときの彼女は<エクレア>だった。<エクレア>としての彼女と知り合って暫く経った頃、めぐりんから別のゲームを一緒にやらないかと誘われたときに、そのほうが便利だからと本名を教えてもらって今に至る。
本人からしてみても、ゲームによって名前が違うと不便なことも多い。だから信用できる仲のいい人には本名を教えているのだと、めぐりんは言っていた。因みにこのギルドはギルドマスターの許可無しには入れないので、ここにいるのは全員めぐりんのお眼鏡に適った人たちということになる。
名前を統一すればいい話ではあるんだけど、めぐりん的にはそのときの気分で決めたいらしい。捻りのないプレイヤー名を使いまわしている私にはよく分からない拘りだ。
「あれ、昨日ってクエストの予定あったっけ……?」
皆が待っていたというので記憶を辿ってみるものの、昨晩集まる約束をした覚えはない。
真季からの連絡の内容がショックすぎて忘れたかな。その可能性は無くもないな。つまりこれは真季が悪い。
『えーっと、多分予定とかはなかったと思うよ? 昨日のはゲリラだよ、ゲリラ』
予定があったのかなかったのかを曖昧にするのやめてくれませんかね……。相棒として支える立場を担うサブマスターとしては、ギルマスがギルドの予定を把握できていないのは心配だ。
でも、ゲリライベントか。ちょっと勿体無かったな。
<AFTER the SEAL>では、告知無しで突然開始される特別なクエストのことをゲリライベントと呼んでいる。レアアイテムが短時間で手に入るとあって、このゲームのプレイヤーが特に盛り上がるイベントの一つだ。ただ、その名の通りあまりに不定期開催なので、初期からプレイしているのに未だに一度も攻略できていない人もいるとかいないとか。因みに私はほぼ毎回攻略している。ギルドメンバーの誰かがイベントに気付けばいいので楽勝だ。ニートでよかった。
「ゲリラ逃しちゃったかぁ……電話してくれればすぐ行ったのに」
『あ、そっか……』
そっか、じゃない。幾らめぐりんでも、私を電話で呼び出すくらいのことは思いついて欲しかった。
連絡先まで教えているのはめぐりん含め数名だけ。昨夜集まったメンバーの中に、私の連絡先を持っていた人が他にいなかったんだろう。そうだと信じたい。アホの子はめぐりん一人で充分……いや、最早過分といっていい。
めぐりんとの付き合いも長いが、その天然アホの子キャラは出会った頃から全く変わっていない。
「鳩の集会場」という意味でギルド名を決定したはいいが読み方を勘違いしていたり、そもそも綴りが<Pigeon Hall>じゃなくて<Pigeon Hole>だったり。他にも色々と適当過ぎて、危うくギルドが一日で崩壊するところだったのを今でも覚えている。
ギルマスの頭が残念すぎて困る――ラノベか何かのタイトルにありそうな響き。
「はぁ…………」
『はぁ……ってぇぇぇぇえええ! 信じたでしょ! 今絶対本気で信じちゃったでしょ、私のこと馬鹿だなって思っちゃったでしょ!? 冗談だよ、冗談! 軽〜く流されてよかったジョーク! 私だってそこまで馬鹿じゃないし、電話だってちゃんとしたのに! 何回もかけたのに全っ然反応ないから心配してたんだよっ!!』
必死の叫びと共に、画面上ではめぐりんのアバターが私の目の前で暴れ出す。動きが滅茶苦茶だ。どうやって操作したらこうなるんだろ……。
めぐりんの動きを再現できないものかと悪戦苦闘していたところ、「真似しなくていいから!」と魔法で攻撃された。味方攻撃なのでダメージはない。教えてくれてもいいのに。ちょっとやってみたいと思っただけなのに。ひどいよめぐりん。ぴえん。
「ごめんごめん。昨日は色々あって疲れてたから、寝てて気付かなかったのかも」
『うーん、まあいいよ。お疲れだったなら仕方ないもんね』
これ以上弄るのもどうかと思ったので素直に謝ると、めぐりんの不機嫌モードは一瞬で消え去った。
『……で?』
「でって何」
『昨日来なかった理由だよ。いっつもお家でだらだらしてるニートなねおねんが、電話にも気付かないくらい疲れちゃった理由。そんなの誰だって気になるよ』
「実はまだ不機嫌? いつもより口悪くなってない?」
ニート呼ばわりは酷い。自称ニートはよくても他称ニートはよくないと思います。
『だってニートじゃんニート。一日中引き篭もってパソコンと向かい合ってる人がニートじゃなくて何だっていうのー?』
さっきの仕返しのつもりなのだろうか。言葉に棘がある気がする。
「まあ否定はしないけど。でも、それ言うならめぐりんだって似たようなものでしょ?」
一日当たりのプレイ時間で言えばめぐりんの方が上の筈だ。少なくとも、私がログインするときにはほぼ確実にめぐりんがいるのだから。
『私は働いてるもーん。仕事中に遊んでるだけだもーん』
「それは知ってた。でもさ、サボってるのバレたらまずいんじゃないの?」
仕事中にこっそりネットを眺めたりゲームを触る人もそこそこいるとは聞くが、それにしてもめぐりんは遊び過ぎではないだろうか。下手したら勤務中ずっとゲームをしているんじゃないかと疑うくらいで、休憩の範疇を完全に超えてしまってる。上司に見つかったらクビ必至な筈。
しかし、めぐりんは『いいのいいの』と言って得意気に『フフーン』と笑う。世界一可愛いアイドルでも目指すんだろうか。
『だって私、幹部ですからっ!』
幹部が働かない職場、私は嫌だなぁ……。
めぐりんが幹部って時点で危なっかしい気しかしないけど、転職は一度もしていないようだしそれなりに頑張ってはいるんだろう。いつ頃から働き始めたのかは把握してないけど、高校を中退したとか言ってたから長くて二、三年ってとこかな……あれ? もしかしてめぐりんってああ見えてかなり仕事ができる?
意外だと思ったが、同時に納得してもいる自分がいた。
何せめぐりんはギルドマスターとして、総勢五十名を超えるメンバーを纏め上げたのだ。雑務はほぼサブマスターの私に任せ切りとはいえ、これだけの集団がトラブルなくやっていけているのは間違いなくめぐりんの力量である。ゲームにおけるそれがまるごとそのまま社会でも通用するとは限らないんだろうけど、結果としてめぐりんは職場でも同じような立場に就いた。
仕事のほうも、上手いことサボれる状況を作っている可能性は高い。それでも立場上、勤務時間中に延々とゲームするのはどうなんだろうと思うけど、気持ちは分かるので私からは何も言わないでおこう。何よりクエストで戦力になるし。
「それで、何の話してたっけ? めぐりんがアイドルになる話?」
『その話は初耳だしアイドルにもならないよっ! ……てか、なんか私の話スルーされてない!? 傷付くよ!」
私もめぐりんの言葉のナイフで心に傷を負ったばかりなんですがそれは。
『……そもそもさー、今は私じゃなくてねおねんの話でしょ?』
中々教えようとしない私の態度に焦れったさを感じたのか、めぐりんは少し拗ねたような声になる。
これ以上弄ってると後々めぐりんに仕返しされかねない。この辺にしておこう。どうせ前日までにはギルドの全員に言うつもりでいたので、別に隠すようなことでもない。
「私、来週から仕事が決まってさ。それで昨日は気が重かったというか、なんにもする気が起きなくなってた」
理由としてはそれだけだ。めぐりんとしてはもっと面白い話を聞きたかったところなんだろうけど、誰に対しても現実は厳しいものなのである。そうそう特別なことはない。
『そっかー仕事かぁ。なーんだ、もっと大変なことでもあったのかと……』
めぐりんの言葉が段々とゆっくりになっていき、そのまま止まった。
「ん? めぐりん?」
その沈黙を怪訝に思い、聞き返したのだが。
『……えっと、聞き間違いじゃないんだよね? 今ねおねん、仕事って……』
「うん……言ったけど?」
するとめぐりんは、ありえないというように「えぇぇぇぇ!」と声を上げた。
『あのねおねんが、仕事……!?』
そんなに驚かれても困る。
だって、私だって驚いているのだ。まさか、自分が「仕事が決まった」なんて台詞を言う日が来るなんて思ってもみなかった。
『それ、ほんとなの? ドッキリとかじゃなくて?』
「ドッキリならよかったんだけど……」
残念ながら本当のことである。
『うーん、なんか信じられないけど……でも、ねおねんが仕事でいないって思うとちょっと面白いよね』
「いや面白くないし」
『えー、みんなが聞いたら絶対笑うと思うよ。だってさ、ねおねんだよ? ねおねんが……プフッ』
そう言った本人の口から早速笑いが漏れている。
確かにギルドメンバーに仕事のことを伝えたら、チャットで飽きるまで弄られそうではあった。オフ会で直接会う機会のあるメンバーも多く、ギルド内ではプライベートのこともある程度話してしまっているので、私がニートなのは周知の事実だ。まあ昼間からゲームしてる時点でお察しなので、オフでは割と軽く流された話題だったんだけど。
暫く笑いを堪えるような息遣いが聞こえてきていたが、それもやがて治まった。
「めぐりん笑い過ぎ」
『ねおねんだってちょっと面白いと思ったくせに』
怒った口調のつもりだったのだが、めぐりんにはばれていたようだ。
実質ニートだった自分が。一日中ゲームのイベントに時間を費やすほどだった私が、一週間後には仕事に追われているなんて、あまりに現実味がなさすぎて笑えてくる。そう感じている間にもその日が迫って来ているのは分かっているけれど、やはり今はまだ、来週のことを考えるには早過ぎた。
やっぱりそうかと言うように、めぐりんがまた笑う。どうやら無言を肯定と受け取られてしまったようだ。いや、合ってるからいいんだけど。
『いやー、ほんとにびっくりだよ。私たちと遊ぶときくらいしか外に出なかったねおねんが仕事見つけるなんて』
「見つけるというか、向こうからやって来たというか……兎に角そういうわけだから、これから平日の昼間は顔出せなくなりそう」
『……? よく分かんないけど、来週から平日のお昼は仕事で来れないって、みんなに伝えておけばいいかな?』
私の呟きに一瞬困惑した様子のめぐりんだったが、すぐに気を取り直して話を纏めてくれる。
「うん。そうしてくれると助かるよ」
私からも今週末までに伝えておくつもりだったが、私とログインする時間が滅多に被らないメンバーもいるにはいる。ギルドマスターなら専用の掲示板みたいなものもあるし、任せてしまった方が伝達もスムーズだろう。
『了解っ、任せてよ!』
アバターで決めポーズからの、チャットで顔文字まで表示させるめぐりん。無駄に手が込んでいて素直に驚かされた。流石、ボイスチャットガチ勢と呼ばれるだけはある。因みに今私が初めて呼んだ。
『それじゃ、そろそろ行こっか』
めぐりんからクエストの招待が送られてきた。
「あれ、まだ早くない?」
今は通勤前のメンバーもちらほらいる時間帯の筈だ。逆に昼夜逆転気味の引き篭もりたちはまだ起き出してすらいないだろうし、クエストに向かう時間としては少々早過ぎる。
不思議に思いつつクエストの招待画面をよく見てみると、とある項目に目がついた。
「あー。そういうこと」
『来週からは忙しくなるだろうし、たまにはいいでしょ?』
招待画面の上部、参加人数の最大値は「2」だった。
「そうだね。じゃ、久しぶりにひと暴れしようか」
『おーっ!!』
向かうダンジョンに合わせた装備を適当に見繕い、「参加」の項目を押した途端、ディスプレイいっぱいに映し出されるのは紫と黒とで彩られた禍々しい景色。少人数でしか挑めないダンジョンばかりが点在する、他にはないタイプのマップだ。
私たちの目前にある門の先が、今回の最初の目的地。前にも一度来たことがある場所だし、ここなら楽勝だろう。
画面上を飛び跳ねるようにして進むめぐりんの後を追うようにして、私はダンジョンへと向かった。
◆
めぐりんと二人で挑んだマップ上のダンジョン全制覇が無事に終わった頃には、時刻は午前11時を回っていた。
その後はギルドメンバーで別のクエストに挑み、そちらも目的のアイテムを手に入れて終了。そんなところで一度解散することに決め、めぐりんと通話で午後の予定の打ち合わせを行った。
打ち合わせの結果、次にギルドホームで集合するのは午後九時前後に決まった。今日は目ぼしいクエストもないので基本的には自由行動とし、その時刻に集合するのは主要メンバーである数名のみ。そこでは今週末にある大型クエストの作戦会議を行う予定になっているが、事前に公開されているボスの討伐難易度からして、ほぼ雑談で終わることになりそうである。
午後1時前にはメンバー全員への伝達も済んだので、冷蔵庫にあるもので適当に昼食を済ませ、スマホをぽちぽちとやる。
今日は珍しくプライベートの方で予定が入ったというメンバーが多く、<AFTER the SEAL>に再度ログインしても夕方までは確実にぼっちプレイをすることになる。一人用のクエストだったり、人数が足りていないパーティに飛び入りで参加することは可能だが、今日は乗り気ではないのでやめておくことにした。
ソシャゲも特にイベント開催中だったりはせず、最低限の作業等を済ませたところでスマホを机に置いた。
アニソン中心のプレイリストを入れたプレイヤーで音楽をかけ、読みかけの本でも読もうかと思ったところで思い出す。
そういえば、買うだけ買って未開封のままのゲームがあった筈だ。
もう6、7作品は出ているシリーズの最新作。見方と敵のターンを交互に繰り返し、各キャラが移動や戦闘を行うというよくあるゲームシステムだ。ジャンルは確かSRPGだったっけ。
やっとプレイする気になったはいいが、発売日は一ヶ月くらい前なので、当然どこに置いたのかは忘れてしまっている。
頼りにならない記憶を頼りに部屋中を探し回っていると、机の脇にある棚の奥の方でそれは見つかった。
リビングに移動してゲームを起動。
舞台背景やら登場人物やらの紹介を交えた映像が一通り流れた後、いよいよストーリーが始まった。見方同士で練習するという体のチュートリアルを済ませたら、早速敵との戦闘だ。難易度を最大にしているだけあって序盤からギリギリの戦いが続く。このゲームには瀕死や自動回復という概念はないので、HP管理も大変だ。
それでもなんとかキャラクターを殺すことなく、物語を進めていった。
そのまま二時間ほど遊んでいたが、次第に集中力がなくなっていくのを感じて一旦セーブをした。ストーリーも切りが良いし、このまま中断するとしよう。
ゲームの電源を落とし、ソファの背もたれに頭を預ける。
まだ夜は遠い。このままソファで昼寝をしても、夕方には起きられるだろう。
などと、そう思っていつもなら寝てしまうところなのだが、今日はあまり眠気を感じない。昨日変な時間に寝たからだろうか。
かといって、またすぐにゲームを起動する気にもなれず。
「……久しぶりに外、行くかな」
用がないというだけで、私は別に外に出るのが嫌いなわけではない。かといって好きでもないし、そのためだけの少しの準備が面倒だとは思うけど。
丁度お菓子のストックも減ってきているし、冷蔵庫の中身も寂しくなりつつある。あと数日は先延ばしにできると踏んでいたが、どうせ買いに行かなければならないのだ。時間に余裕のある今、行っておいた方がいいに決まっている。
(でも、面倒だなぁ……)
天使と悪魔の板挟みみたいな心情を抱えながら、テレビの周辺をうろつくこと数分。
ようやく覚悟が決まった私は、クローゼットのある寝室に向かった。