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如月音宛は働きたくない

「……えっと……私の聞き間違い、だよね? 魔術師協会からの資金提供を停止するって、幾らなんでも今更過ぎるし……」

『ほう。そう思うのならもう一度はっきりと言ってやろう。この三年間、魔術師協会からお前に提供されていた活動資金について、今後活動を再開するまでは一切提供しないものとすると先日の会議で決まった。これ以上ニートは続けられないぞ、音宛(ねおん)

 絶望的な言葉はスマホのスピーカーからではなく、通話魔法を通じて私の脳内に直接響いていた。


「でも、なんで……私、何かまずいことしたっけ?」

『何もしてないのが問題だと言っている! 三年間も協会の金で生活していながら、未だに活動開始の兆しも見せてないんだ。目を付けられて当然だろう。

 お前に活動する意志がないんではないかと指摘する声は、過去の会議で何度も上がっている。それでもお前に期待や同情をかける連中が多いから、今までは見逃されてきたというだけだ。いつ見捨てられてもおかしくなかったんだぞ』


 怒鳴るような、それでいて呆れているような声の主は比枝(ひえだ)真季(まき)。魔術師協会に所属する私――如月(きさらぎ)音宛の上司である。


 魔術師協会というのはその名の通り、多くの魔術師、つまり魔法を使える者たちが所属している団体――なのだが、その実状は魔術師版なんでも屋のようなもので、個人や団体からの依頼を所属魔術師に振り分けることで利益を得ている。そのお金がどこに行くのかというと、勿論大半は依頼を引き受けた本人の収入となるのだが、残りは協会の維持や、私のように活動できていない魔術師の支援に当てられている。


 私と真季が会話に用いているのは、魔術師なら誰でも使うことができる魔法の一つ――通話魔法だ。効果はその名の通り、遠く離れた相手と会話をするというだけのもの。電話番号の登録の代わりに相手との契約が必要になること以外は、概ね普通の通話と変わりない。

 そこそこ便利な魔法なのだが、性質上、うっかり人前で使うと多くの視線を集めてしまう。勿論、悪い意味で。噂では協会魔術師のほとんどがこの失敗を経験していて、回避手段として何らかの魔法を活用している者も多いと聞く。私もそんな経験者の一人なので、通話魔法にはちょっとした細工を加えて使っている。居もしない誰かと喋っている変人になることだけはなんとしても避けたい。

 いっそこの通話も契約も切ってしまいたいところだが、誤魔化せたとしても数日程度。更にここの住所は協会のデータベース上にしっかり記録されているので、もし通話魔法を使えなければ直接押しかけてくるに決まっている。それはそれで面倒だ。


 魔術師協会に所属して今年で四年目に入る私は、協会から毎月のように送られてくる所属魔術師としての活動の催促を跳ね除け続けていた。理由はまあ、一応あるにはあるけど、真季もそこは分かった上でこうして私に説教しているわけだから言い訳は通用しない。催促のための連絡は今回が初めてではなかったが、真季の口調から察するに、もうこれ以上は待ってもらえないのだろう。協会魔術師として働くのか、それとも教会を抜けて本当のニートになってしまうか――決断をする最後の機会というわけだ。

 魔術師協会だって無から無限にお金を生み出せるわけじゃない。寧ろ一般社会からある程度距離を置いていることもあり、活動が制限されることだって多々ある。それでも上手くバランスを保って維持されてきた協会から提供される少なくない資金に頼って、働く意志すら見せてこなかった私が協会の上層部からどう思われているかなんて簡単に想像がつく。

 その上層部にいるメンバーのうちの一人が真季であり、彼女は私の担当でもある。私に対する上層部の不満の多くは真季にぶつけられたのだろうし、真季が怒るのも無理は無い。

 というかかなりおこだ。激おこ真季ちゃんだ。


 正直なところ働きたくなんてないが、反論するともっと機嫌が悪くなりそうだ。ここは少しでも先延ばしにするのが最善だろう。

「でもさ、今すぐ始めろって言われても無理だよ。働くなら働くで準備が必要でしょ?」

 私の狙いを読み取ったのか、真季は大袈裟に溜息を吐いた。


『……一週間だ』

「へ?」

 よく分からない真季の返答に、つい気の抜けた声を出してしまった。

 え、何? もしかして一週間働けば許してくれるの? もしかして真季ちゃん天使?

 ……などと、私の脳内に浮かんだ浅はかな期待は一瞬にして打ち砕かれる。

『準備期間の話だ。一週間だけ待ってやるから、その間に必要な準備を済ませておけ』

 こいつ天使じゃない。ただの鬼だ。


「……いや、流石に短すぎ。せめて一月くらいくれないと」

 私が何年引き篭もりをやってきたと思っているのだろう。すっかりこの身に染み付いてしまった仕事とは無縁の生活リズムを正すのに、たった一週間程度で足りるわけがない。ついでにやる気も足りてない。

 一週間の準備期間というのは、恐らく真季の独断だ。だからといって、例え私が土下座で頼み込んだとしても真季の気が変わるとは思えない。でも、ここで「はいそうですか」と素直に従ってしまえば、一週間後には地獄が待つこと間違いなしである。


『その要求には応えかねる』

「そう言うと思った。じゃあ三週間で妥協してあげる」

『三週間でも二週間でも同じだ。幾ら頼まれても、これ以上遅らせるわけには行かない』

 予想通り、真季は私の要求を呑んでくれないようだ。

「いいでしょ? ちょっとくらい……」

 私はそれでもなお食い下がった、が。

『駄目だ。私が決めた期限とはいえ、もう上には報告してあるからな。協会は既にお前の活動再開に向けて動き出しているというのに、今更気が変わったなどと伝えられると思うか?』


 ここで私はようやく理解した。真季は、本気で私を追い詰めにきている。

 これまでは催促をするだけで、決して強行手段に出ることはなかった真季。でも、そうしているのにも限界がきたというわけだ。


『散々引き延ばしたんだからいい加減覚悟を決めろ。協会の連中だって、いつまでも一人の我儘に付き合ってられるわけじゃないんだ。お前と彼らは飽くまで仕事上の関係でしかない。働かないお前は、言ってしまえば赤の他人だ。同じ魔術師であってもな』


 真季にだって協会での立場がある。私一人の面倒ばかり見ていては、協会からもいい顔をされないだろう。

 それさえ知らない振りをして引き篭もっていた私を、真季が責めることは一度もなかった。

 だから、そんな真季の期待には応えるべきなんだろう。

 ――それでも。


「やっぱり、魔女になるのは()だよ」

『そんなことは知っている』

 そう、真季は知っているのだ。私がこの三年間、度々機会を与えられながらも活動開始に踏み込めなかった本当の理由を。

 全て知った上で、それでも真季は私を協会に引き入れた。


「あの試験だって駄目元のつもりで受けたのに、結果を見た途端にみんな目の色変えて、わけ分かんないくらい持ち上げられてさ」

 魔術師協会に入る者全員が対象の、魔術師としての能力を測るための試験。真季に誘われるがまま試験を受けた私は、そこで歴代最高の成績を残してしまった。


 強大な力を持つ魔術師というのは、協会にとって非常に有り難い存在だ。ただ、それと同時に、確実に護るべき対象でもあった。ただでさえ世間から距離を置かれがちな魔術師。その中でも特別強力となると、一般社会ではとても上手くやっていけないことは過去の事例で証明されている。私が協会から特別待遇を受けているのはそうした背景もあってのことだ。


「今回だって、真季が言わなければ資金提供は続いてたんでしょ?」

 個々に不満や疑問はあったかもしれないが、立場上、協会は私を過保護なくらいに大切にしてきた。私が一生引き篭もっていようと、サポートは続けるつもりだったはず。

 その流れを変えられるとすれば、上層部の中でも私の担当である真季しかいない。


『ああ、それは間違いないだろうな』

「うわぁ、私がこんなことになってるの真季のせいじゃん……」

 あまりにあっさりとした自白に流石の私もドン引きである。ここまで悪気がなさそうだとかえって怒りも沸いてこない……とか言っちゃってた最近読んだラノベの主人公、ちょっと心が広すぎるんじゃないだろうか。只今絶賛心に余裕のない私にはとても理解できそうにない。


『先日の会議でも、お前の支援を継続するべきだろうというのが協会の総意だった。もう毎度のことだが、碌に話し合わないまま決まったよ。議題として取り上げないわけには行かないから仕方なく、という感じだった』

 私の言葉には華麗にスルーを決めつつ、真季は代わりに協会に対する自分の愚痴みたいなものをぶつけてくる。あー、こっちからも無視してやりたい。


『だから私が彼らに提案(、、)してやったのさ』

提案(、、)、ね……」

 悪巧みが成功したかのように機嫌の良いその声に、私は思わず苦笑してしまう。

『……まあ、多少強引な手は使わせてもらったんだがな。飽くまで正当な範囲内でやったから、問題にはならんだろう』

 真季は得意げに笑って付け加える。

 問題にならないというより、問題にはさせないというのが本意なのはその口調からして明らかだ。協会内部では一体どんな立ち位置なんだろう……いや、何となく察しはつくけどね? 真季ちゃん怖い。


 しかし幾ら真季がずる賢いとはいっても、協会の上層部の決定を覆すのは決して容易いことではなかった筈だ。それでも真季が立ち上がったのは、やはり〝あの日〟のことで負い目を感じているからだろうか。


 例え今、私が協会を抜けると言っても、真季はそれを止めたりはしないのだろう。直接口には出さずとも、協会の他の幹部たちと真季自身とを切り離した言い回しからそれは読み取れる。決めるのは飽くまで私。それは一見、彼女の気遣いのように思える。

「ほんと、真季は私に優しくないね」

 だが実際には、私は予め決められた選択肢を選ばされているようなものだ。真季はいつだって私を掌の上で弄んでいる。

『彼らが優しすぎるだけだろう。私はやるべきことをやっているに過ぎない』

 やるべきこと、か……。

「でもさ、私を虐めるのはただの趣味なんじゃないの?」

『否定はしない、と答えておくとしよう』

「そこは否定して欲しかったんだけど……」


 きっと通話魔法の向こう側で、真季は愉快そうな顔をしているに違いない。協会に入る切っ掛けとなった〝あの日〟以降では一番長い付き合いなのだ。それくらいのことは分かる。

(そもそも協会の関係者で知り合いって真季だけだもんなぁ……)

 私が協会本部に顔を出したのは試験のときに一回だけ。それ以外に数回、真季や私が所属している支部にも行ったことがあるが、そこでは真季以外の魔術師とは擦れ違ってすらいない。恐らく真季が、他の魔術師の出入りが少ない時間を選んでくれていたんだろうけど。

 だから通話魔法の契約相手は真季一人だけ……というとまるで私がぼっちみたいだし、事実魔術師としてはぼっち極めてるんだけど、別に友人がいないわけじゃない。学生をやっていた9年とちょっとの間はクラスメイトの大半と気軽に話せる程度の交友関係はあったし、ネット上にもオフで会った人がちらほら。

 とはいえ、引き篭もってからはゲームの知り合いとしか遊ぶ機会がなかったので、学生だった頃の友人たちとは疎遠になっている。それが寂しいかというとそうでもなくて、たまに連絡が来ても適当に読んで適当に返すことが殆どだ。友人からは「音宛の返信は遅くて難解」と評判である。


『……それで結局、協会(ここ)の魔女として働く気はあるのかどうか――そろそろ答えを聞かせてもらおうか、音宛』

 真季が改めて私に問う。暫く間があったのは、恐らくコーヒーでも飲んで一息吐いていたからだろう。通話魔法は環境音などの不要な雑音を都合よく遮断してくれるので、私の脳内にコーヒーを啜る音が響いたりはしない。

「無いって言ったら?」

『それでも構わないさ。お前なりに考えて決めたことなら、私は絶対に止めたりしない。約束しよう』

 まさに百点満点、私の想像通りの回答だった。とっても部下思いの上司っぽい台詞である。これで言ったのが真季じゃなければ完璧だ。


『……それと、お前を急かす形になったことについては済まないと思ってる。協会からの支援が欲しいなら働いてもらう他ないが、その後でもしお前が協会を抜けたくなったのなら……その時は、生活面も含めて出来る限りの援助をしてやるつもりだ』

 ふと思い出したようにそう付け加える真季の声は、普段からすればかなり柔らかい方だった。それでも堂々としているようには感じるのだが、そこは彼女の人間性というものである。折角なのでぺこぺこ頭を下げて丁寧な謝罪を始める真季の姿を想像してみたものの、思った以上に違和感だらけで気持ち悪かったので、すぐにやめた。

「……珍しいね。真季が私に謝るなんて」

 珍しいというか、私の記憶を辿る限りは初めてのことである。

『私に散々迷惑かけてきた奴が何を言ってる』

「フフッ、確かに」

 返す言葉もない。怠け者の私は協会にとって、そして真季にとっても、お荷物同然だったことだろう。それでも、真季はそんな私の面倒をずっと見てきてくれた。


 そうする理由があったのは知っているけれど。

 でも、〝あの日〟のことは別に真季の責任じゃなかった筈だ。


『で、どうなんだ?』

「どうって何が?」と答えても良かったが、今回はやめておくことにする。特に迷っているわけでもないのに、これ以上時間を掛けると真季が怒り出しそうだ。

 しかし、一度答えれば一週間後の未来が変わってしまうと思うとやはり憂鬱ではある。

 冷蔵庫の中身が空っぽだった時の買い出しくらい億劫な気分。

 それでも、誤魔化すわけには行かないわけで。


「はぁ……、もう…………分かったよ」

 覚悟というよりは、諦め。頭の隅のほうへと追いやっていた色んなことへの諦めが、私の背中を小さく押す。

『うん?』

 諦め切った私の声はちゃんと届いた筈なのに、真季はよく聞こえなかったとでもいうように聞き返した。

 私がツンデレなら今頃顔を真っ赤にしてプンスカしているところだろう。

 また出てきそうになる溜息はぐっと堪えて、私は少しだけ姿勢を正した……としたらちょっとは格好がついたのかもしれないけど。ごろごろやっていた姿勢のままで通話に出たので(通話魔法って便利)、立ち上がるのは面倒だった。

 堪えた溜息の代わりに欠伸が出る。もう深夜だもんね。今日は目覚めが早すぎてちょっぴり寝不足なので、下手したらこのまま眠ってしまいそうだ。

 真季ももっと早い時間に連絡してくれていいのに。お昼休みとか。こっちは一日中家にいるわけだし。

 深夜に通話をかけてきたことに不満が無いでもないが、真季も忙しいらしいから今回は大目に見よう。夜型人間の私よりも、真季のほうが眠くなっている筈だ。

 これからゲームやったら確実に寝落ちだろうな、とか思いつつ、欠伸のせいで無駄に潤ってしまった目をそっと指で擦った。


「一週間で準備するから……働くよ。協会魔術師として」

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