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悪役令嬢を目指します!  作者: 木崎優
第三章

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第二十五話 【なくなりそうだから持ってきただけなんだけど】

 リューゲと共に帰りついた我が家で出迎えてくれたのはお兄様だった。お兄様の隣に立つマリーは、結婚当初に比べるとずいぶんと堂々とした立ちふるまいになったものだ。お母様は家のことをマリーに任せ、今はお父様と諸国漫遊の旅に出ているらしい。

 娘が学園から戻ったというのに、つれないことだ。


「レティの帰宅に合わせて戻ってくる予定だったけど、使うはずだった道が崖崩れで塞がれてしまったらしくてね。迂回しないといけなくなったから遅れているだけだよ」


 私が不満に思っていることが伝わってしまったようで宥められた。それならしかたない。私が学園に戻るまでに帰って来てくれたら嬉しいけど、期待はしないでおこう。


「それで、学園はどうだった?」

「魔術についても教えてもらえたし、楽しかったわ」


 友達が増えたという報告ができないのが心苦しいが、嘘はつけない。歴史の授業が眠くなることは意図的に避けて、私は学園でどう過ごしたのかをお兄様に話して聞かせた。


「殿下とはどうなのかな? 上手くやってる?」

「殿下については、悪くはなってないと思うわ」


 私としては好転しているが、お兄様が聞きたいのはそういうことではないだろう。他の女性と結ばせるために頑張っていますとは言えないので、最大限に言葉を濁す。


「そうか。それはよかった」


 そう言って上機嫌に微笑んだお兄様は、次の日サミュエルを屋敷に招いた。



「お、おひさしぶり、です」


 サミュエルとは彼の誕生祝以来会っていなかった。誕生祝を終えてからというものサミュエルが教育やらなんやらで忙しくて、遊びに来れなかったせいだ。お兄様は誘いたがっていたけど、お母様が教会の教えは厳しく、気軽に遊びに出れるようなものではないと諭していた。


 四年の歳月を経ても、サミュエルは相変わらずサミュエルだった。身長は伸びているが、おどおどしていて、とても弱そうだ。


「元気にしていたかしら」

「は、はい。あの、レティシア様もお元気そうで、よかったです」


 そう言って、俯いた。ここ最近たくましい人しか見ていなかったから、すごく新鮮だ。


「サミュエルも来年には学園に行くから、レティに色々聞くといいと思うよ」

「あの、でも、僕は、その、教会の教えが……」

「ああ、そういえばそうだったね。でも他の人がどういったことを習うか知るのも大切なんじゃないかな」

「そう、ですね。アレクシス様が、そう言うの、でしたら」


 こくこくと頷いてお兄様に賛同するサミュエル。どういうことかとリューゲに視線を送ると、いつかのように宙に文字を書いて教えてくれた。そういえばこの魔法について教えてもらっていない。後で教えてもらおう。


 教会の人は貴族とは違う教えを受けることになっている。そのため、学び舎も暮らす場所も違うそうだ。教師も教会から派遣され、完全に隔離されているということがわかった。

 どうやってお父様とお母様が知り合ったのか興味がわく。お父様の手記には偶然出会ったと書かれていたけど、隔離されているのに偶然出会えるものなのだろうか。


「僕は公務があるから、仲よくするんだよ」


 にこにこと上機嫌なお兄様は私とサミュエルを私の部屋に案内すると、お兄様用の執務室へと消えていった。

 リューゲにお茶を用意してもらい、サミュエルと向き合うようにして長椅子に座る。学園について話せと言っていたが、授業のこと以外で私が話せるようなことはあまりない。


「サミュエルはどういうことが知りたいのかしら」

「え、と……わかりません……あの、その、教会の教えしか、知らない、ので」

「まあ、それもそうよね。魔術についてはもう習ったのかしら」

「今はまだ、治癒魔法を……その、僕はあまり優秀でなく、だから、まだ……」


 どんどん小さくなっていくサミュエルの声を聞きながら、私はどうしたものかと頭を悩ませた。


「えーと、そうね。治癒魔法はどんな風に教えてもらってるの? 普通の魔法と違う教え方なら、私が習った魔法のやり方を教えることができるわ」

「ご、ごめんなさい。その、教えることは……できません」

「あ、うん。そうよね」


 まいった、困った。どうしよう。ヒロインに治癒魔法の伝授させようとも思っていたのに、これでは聞き出せない。気弱なサミュエルでも門外不出のものを易々と教えてはくれないだろう。

 治癒魔法云々を置いておいたとしても、生活様式からして違いすぎるサミュエルとどうやって話を膨らませればいいのかわからない。

 元々サミュエルと仲よくなろうと思ったのは、私の知らないルートに入られると困るからだった。

 だけど、ヒロインと王子様の仲が急接近している現状では、サミュエルとヒロインが結ばれる心配をする必要はない。だからといって仲よくしなくていいやと割り切れるほど私も鬼ではない。だけど話題がないものはどうしようもない。


 八方ふさがりのような現状にうんうんと心の中だけで唸り、必死に話題になりそうなものを模索する。


「あー、えーと、そう、そうだわ。学園には面白い教師が大勢いるわよ。冒険者をされていた方とか、吟遊詩人だった方とか」

「そう、なんですね。冒険者や吟遊詩人の方とは……教会でお話をしたことが……その、少し、ですけど」

「まあ、そうなのね。学園にいるのはもうやめてしまった方だけど、現役の方を知っているのなら学園に入ってからも上手くやっていけるかもしれないわ」

「いえ、あの……学園では、その、教会の者から学ぶので、えぇと、レティシア様のおっしゃっている方から、学ぶことは……ないと思うので、だから、その……」

「そうだった、わね。えーと……」


 お兄様もずいぶんな無茶を押しつけてくれたものだ。サミュエルのためになる話がない。教会の教えは厳しいので、そこで育ったサミュエルに貴族寮には遊戯室とかがあると話したところでなんの糧にもならない。

 これが同じ貴族相手なら、遊戯を楽しめると心躍らせるかもしれないけど、サミュエルにそんな機会はやってこない。


「その、ごめんなさい。教会が……あの、貴族の方々とは、あまり相容れないものだとは……わかって、います。それなのに、困らせてしまって……」

「あ、いえ、違うのよ。サミュエルのせいで困っているわけじゃないわ」


 誰かのせいにするのなら、お兄様のせいだ。


「私はあまり教会のことに詳しくないから、どんな話をすればサミュエルが楽しめるのかがわからないだけよ。だから、そうね、まず教会のことを教えてくれないかしら。どんなことを学んでいるのかとか、どういう風に過ごしているのかとか。サミュエルのことがわかれば、私も話しやすいわ」

「そう、ですね……え、と……女神様の教えや、治癒魔法を今は教えてもらっています。それから、教会に来た方のお話を聞いたり……その、怪我をした方の治療をしたり……僕は、あまり得意ではないから…軽症の方だけです、けど」

「あら、すごいじゃない。そんなに自分を卑下しないで、もっと胸を張っていいのよ。私も姉として誇らしいわ」

「あ、あの……僕は弟、では……」


 実の姉弟ではないことはわかっている。だけどサミュエルを見ていると頼りない弟を見守る姉の気分になってしまう。

 神出鬼没な王子様、嫌味な宰相子息、失礼な騎士様、王子様と険悪な隣国の王子、焼き菓子ちゃんは物騒だし、クラリスは宰相子息と険悪で、アドリーヌとは食堂でしか会わない。リューゲは魔族で、ヒロインはたくましい。一癖も二癖もある面々しか周りにいないせいかもしれない。

 九人中三組が仲違いしているあたり、私の交流関係はおかしい気がする。それともこれが正常なのだろうか。この世界の対人関係が不安でならない。


「それで、サミュエルの友人はどんな方なの?」


 サミュエルの交友関係はまともだと嬉しい。仲違いしている人ばかりではないのだということを教えてほしい。


「いえ、その、友人は……あの、教会の者としか……その、接しないので、友人と言えるような……間柄の方は……」


 しょんぼりとした様子で俯いてしまった。しまった、失敗した。

 どうしようどうしようとおろおろしていた私を見かねたのか、リューゲが茶菓子を追加してくれた。食い物で釣れということか。


「ほら、サミュエル。新しいお菓子よ。とても美味しいから味わってね!」


 ぐいぐいと皿を押しつけて無理矢理食べさせる。少しだけサミュエルの顔がほころんだ。好き嫌いを持ってはいけないという教えを受けているサミュエルだけど、どちらかといえば甘いものが好きなのを私は知っている。

 四年前もそうだった。甘いお菓子を食べているときは頬がゆるんでいた。そのことを思い出した私は、リューゲにお菓子を追加させてはサミュエルに押しつけた。

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