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悪役令嬢を目指します!  作者: 木崎優
第三章

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第二十一話 (この世界を失いたくないのです)

 私が事件について聞いたのは食堂でだった。昼食を食べているときに食堂でしか会わないアドリーヌが教えてくれた。教えて、というよりも雑談の一環として。


「そういえば、下級クラスにいる子――名前は忘れましたが、上級クラスの魔法学に出入りしている子がいますよね」

「いるわね。どんな手を使ったのやら」


 ヒロインに対して不信感を抱いているクラリスが、眉根を寄せ不快そうに答える。クラリスの様子に気づいていないのか、見て見ぬふりをしているのかアドリーヌは話を続けた。


「なんでも机に、その……おぞましいものが入っていた、そうです。朝から大騒ぎで、私のいる中級クラスも教師から注意を受けましたの」

「あら、私はそんな話聞いてないわよ」

「上級クラスの方に手を出すようなことはしないでしょうし、下級クラスの子に手だしするような方もいらっしゃらないと思われているのでしょう」


 ヒロインと会うたびに嫌味を言うクラリスがいるのにそう思われているのか。おぞましいものと言葉を濁しているが、おそらく死骸だろう。汚物ならば汚らしいものと言うだろうし。ちらりと焼き菓子ちゃんを見ると、彼女は目を丸くしてぱちくりと瞬きしていた。


 宰相子息のルートにおいて、死骸が詰めこまれるのは二年生になってからだ。一年生の間はルートが確定しないので、そういったイベントは起きない。少しずつ親しくなり、ルートが決まったらそれぞれの婚約者がちょっかいをかけてくる。一年生の頃からちょっかいをかけてきたのはレティシアぐらいだった。

 よくわからないが、まだ一年生なのに宰相子息のイベントが起きている。私が思っていた以上に宰相子息とヒロインが親しくなっていたらしい。

 宰相子息とヒロインが親しそうには見えなかったけど、イベントが起きている以上そういうことなのだろう。


「そのようなことをする方がいらっしゃるだなんて、怖いですわ」


 眉を下げて不安そうにしている焼き菓子ちゃん。見た目の愛らしさもあって、彼女が凶行に及んだようには見えない。それでも、私は彼女がやったと思っている。

 宰相子息ルートは宰相子息の嫌味に耐えつつ、机に潜んだ悪意にも負けない強さが必要だった。犯人探しをせず耐え忍び、心配する宰相子息から少しずつ嫌味がなくなっていく。当事者からしてみたらただの苦行でしかない。

 しかも犯人を探さなかったからか、最後まで誰が犯人なのかはっきりとはわからない仕様だ。正直ゲームを続けるかどうか悩んだルートでもある。

 ただ宰相子息ルートでしか起こらないイベントなので、焼き菓子ちゃんが犯人で間違いないだろう。


「ずいぶんと恨みを買っているのね。この短期間でどんな粗相をしたのかしら」

「さあ、そこまでは私も知りません。市井の方がいらっしゃるだなんてことも、今日初めて聞きましたもの」

「あら、下級クラスでありながら上級クラスに出入りしてるだなんて噂になりそうなものなのに、本当に何も聞いてなかったの?」

「生活に慣れるのに必死でしたので。それに、その、中級クラスにはどうにも他のクラスの話はあまり入ってこないのです。一番人の多いクラスだから、他の方のお名前を覚えるだけでもひと苦労ですから、そのせいかもしれません」


 焼き菓子ちゃんをじっと見ている間にクラリスとアドリーヌが話を進めていた。ヒロインから中級クラスの苦労話に話が移っている。

 中級クラスには侯爵家、伯爵家、子爵家がいる。成績や力関係とか、色々な要素によって繰り上がったり繰り下がったりした結果、上級クラスや下級クラスに比べると色々な人がいるクラスになっている。そのため相容れない相手がいたりする人もいれば、辺境の地からやってきて友達作りに専念している子もいるとか。

 その中でアドリーヌは私たちの友人ということもあって人気者らしい。取り次いでほしいな、という下心満載の人気なので対処するのが大変だとかなんとか。


「ろくでもない方をわたくしに紹介したらどうなるか、わかってるでしょうね」

「ご安心ください。どなたも取り次ぐ気はございません」


 高飛車なクラリスには見習う点が多い。すごく自然な動作でおどしをかける所作とかを私も身につけたい。




 死骸が詰め込まれたようだ、という情報を得た私は学校が終わった後にヒロインの部屋を訪ねた。宰相子息とどのぐらい仲がいいのか探りを入れるためだ。


「聞いたわよ。嫌がらせを受けたそうね」


 ヒロインの淹れてくれたお茶を飲みながら言うと、ヒロインは口元をひきつらせながら頷いた。


「そうですね。朝来た時にはすでに入っていました。どうやら昨日の放課後に詰めこまれたようで、朝から机を交換したり事情を聞かれたりと忙しかったです」

「誰にやられたか、心当たりはないのかしら」


 たとえば焼き菓子ちゃんとか。

 ヒロインがゲームで遊んだとはっきり聞いたわけではない。それでも言動から遊んだことがあるのは確実だ。宰相子息と仲よくしていたら、焼き菓子ちゃんが頭に浮かんだとしても不思議ではない。


「心当たりは――ないわけでは、ありません。それでも、どうしてこうなったのか、それがわかりません」

「煮え切らない回答ね」

「そういうことをしそうな人は知っています。だけど、する必要がないはず、なんです」


 そうすると、宰相子息とヒロインはそこまでの仲ではないということか。焼き菓子ちゃんが何故か先走ってしまっただけで。肩透かしを食らったような残念な気もちになる。

 焼き菓子ちゃんには悪いが、私の婚約のためにはヒロインが誰かと結ばれてくれないと困る。


「どなたがやったのか、探す気はあるのかしら」

「探しませんよ。些事に気を回す余裕はありませんから」


 些事扱いだ。可哀相な焼き菓子ちゃん。





◆◆◆◆



「何よ、それ」


 妹のほうが声を震わせ、じっと幼女を見ている。

 久しぶりの夢だ。一週間ぐらいしか経っていないけど。


「あなたがたには申し訳ないとは思っています。それでも、私は生きたかったのです」

「あなたを責めているわけではありません。私が許せないのは、そんな使命をあなたに負わせた女神に対してです」


 乱暴にカップを置く妹に主人公が目を丸くした。そして袖を引っ張り、咎めるような目で妹を見る。


「女神様をそんな風に言ったら駄目だよ。女神様のおかげで私たちが生きているんだから」

「女神様が何をしてくれたの。命があるだけで、お姉ちゃんの目すら守ってくれなかったのに!」


 眉を下げ視線を彷徨わせる主人公に対して、妹は憤りをぶつけるように声を荒げた。


「女神様は何もしてくれないじゃない。勇者さまに対してだって、そう。ただ加護を与えて魔王を討てって無茶振りしてるだけ!」

「たしかに無茶な話ではありましたね。無茶な相手だったからこそ、私の命が繋がっているとも言えますが」


 前の夢と繋がっているんだか繋がっていないのかよくわからない。彼女たちが何が理由で言い合いしているのかすらもわからない。


「……言ってもしかたないことだとはわかってるよ。それでも、許せることじゃないでしょ。そりゃあ女神からしたら、私たちなんてちっぽけな存在かもしれないよ。だけど、使い捨てるような扱いはひどすぎる」

「リリアの言いたいことはわかるよ。でも、女神様だって、きっと考えがあってのことだと思う」


 なおも宥めようとする主人公。怒っている相手にそれは逆効果だったようで、妹は再度声を荒げた。


「考えがあるっていうんなら、ちゃんと言えばいいじゃない!」



 きっと、それが引き金だったのだろう。



 気づいたら白くもやがかっている空間にいた。妹ひとりで、他の人の姿はない。


『ごめんなさい、ごめんなさい』


 だけど声がした。私のすぐ近くで。


「女神、さま?」


 きょとんとした表情の妹が目の前にいる。そう、目の前に。いつものように上から見下ろしているわけではない。私と対峙するようにして妹が立っている。


『私とて、このようなことはしたくはないのです』

「私、さっき眠って、え、なんで?」


 話が噛み合っていない。


『それでも、こうするしかないのです。この世界を守るためには必要なことで、どうしようもありません』

「――それでも、勇者さまだけに負わせるのは間違っていると、思います」


 妹のほうが話を合わせることにしたようだ。不安そうに瞳を揺らしてはいるが、それでもじっとこちらを見ている。

 なんとなくだが、私は女神様の視点で妹を見ているような気がする。女神様の声がすごく近くで聞こえるので、多分間違ってはいないだろう。


『はじめは、ただの塵でした。どこから入ってきたのか、ちっぽけな塵があったのです。ただの塵だと思い、見逃したのが悪かったのでしょう。塵だったはずのそれは、いつしか木になり、世界を蝕みはじめました。すべての命を食らう木は、世界を滅ぼすものでした』

「ん、うん。それって、初めの勇者の?」

『私はこの世界のものに干渉ができません。だから、それの対処を外に求めたのです。もらってきた魂を世界に落とし、成長した魂に木を切り倒すようにと願いました。その祈りは実を結び、木はなくなりました。ああ、それでも、木の力は衰えず、世界にばらまかれたのです』


 妹が話を合わせたのに、女神様は完全に話を合わせる気がない。


『その力はすべてのものを蝕みました。それだけならば、順応するだけで問題はなかったはずなのです。だけれど、集まりすぎた力は次第に強大になり、第二の脅威を世界に作り上げました。だからいくつかに分散するように、集まりすぎた力が宿るようにと、新たな生命をも作りました。それでも、世界の寿命を延ばすだけにしかならなかったのでしょう。第三、第四の脅威は生まれ、私はそのたびに頼らざるを得なかったのです。だから、これはしかたのないことなのです』

「えっと、話戻ったんですよね。今の勇者の話に戻ったと思って、いいんですよね」


 困惑する妹の気もちもわかる。私だってこの女神様は何言っているんだと思っている。本当に、まったく話がわからない。


『はじめの魂は子を想いました。その後の魂はただ帰ることを望みました。すべてを終えるそのときに、私は望みを叶えましょう。あの子にも、そう伝えるといいでしょう。使命をまっとうしたそのときに、私は願いを叶えると』


 そして、妹の姿が消えた。

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