第十二話 属性
帰宅後、夕食までの合間にリューゲに魔法について教わることにした。お兄様が危険視していた幻惑魔法について知りたいというと、リューゲは快く頷いてくれた。
「幻惑魔法はその名のとおり幻を見せて惑わす魔法だよ。すべての感覚を誤認させる危ない魔法としても知られているね」
「催眠魔法の一種とは聞いているけど、どう違うのかしら」
「催眠魔法の派生魔法というだけで、そこまでの違いはないよ。催眠魔法は思考すらも操るから、上位互換といえるかもしれないけど。まあ、催眠魔法は幻惑魔法よりも使い手が少ないから、細部にどんな違いがあるのかはあまり知られてないかな」
感覚を操る魔法と思考を操る魔法。たしかに、それがぽんぽん使える人がいたら危なすぎる。
「でも、あれは聴覚や視覚だけを操る魔道具だったのよね。どうしてお兄様は危険だと思ったのかしら」
「催眠魔法の虜になる人間が多いからだろうね。一度受けたらまた受けたいと思ってしまうんだよ。使用者の意図に限らずね」
「そういえばそんな話をしていたわね」
でもあの男性は危険性はないと話していた。それでもなお受け入れないなんて、お兄様って過保護だ。
「新作の魔道具ってことだったから、万が一を考えたんだと思うよ。キミだって四六時中音楽を聴いている人間にはなりたくないでしょ」
「まあ、確かに……それは嫌ね」
ずっと万華鏡を覗きこんだり、箱を持っているのは見た目的にも遠慮したい。
そうなると、折角作ったのにあの魔道具の売れ行きはあまりよろしくないのかもしれない。なんだか勿体ないような気がしてくる。
新作に目のない人ぐらいしか飛びつかないんじゃないだろうか。
「ちなみにリューゲは催眠魔法を使えるの?」
「あまり相性がよくないから、使えない部類に入るかな」
この言い方だと少しは使えそうだ。でも幻惑魔法が使えるなら、耳を切り落とす必要もなかったと思うので幻惑魔法に限っては使えないとみていいのかもしれない。
「そういえば、その相性っていうのはどういうものなの?」
「ああ、そういえばその話はまだしてなかったね。身のうちにある魔力にも属性があるんだよ。どれかひとつだけっていうわけじゃないけど、多かったり少なかったりの差があって、それで相性の良し悪しが決まるんだよ。たとえば、キミなんかは風属性の魔力が多いから、風魔法に関しては他の魔法よりも使い勝手がいいはずだよ」
「そうなの?」
それは初耳だ。風魔法は使う場所が限られるから、普段あまり使わない。
でもそういう話なら、今度からは積極的に使っていこう。
「だってキミは耳がいいでしょ? 風属性の魔力が多い奴は遠くの音を拾うことができるんだよ。水属性なら視覚が優れるし、火属性なら嗅覚が優れる。地属性は触覚だったかな。まあ、そんな感じで四大属性の魔力は体に影響を及ぼすんだよ」
ゲームにおいて色々な魔法を高火力で使えていたヒロインはどの属性が優れていたのだろう。別にとりわけここが凄いみたいな記述はされていなかったような気がするけど、実際どうだったのか気になってきた。
ヒロインはさすがヒロインとでも言うべきか、四大属性以外の派生属性も操っていた。催眠魔法だけは使っていなかったけど、それ以外なら不得手なものはなさそうだった。
「全属性を使える人はいるのかしら」
「……大抵の場合は光か闇、どっちかしか持ってないよ」
それならきっとヒロインは光属性の方だろう。だってヒロインだから。
いや、そんなことよりも、なんだか聞いてはいけないことを聞いた気がする。
「……闇?」
「ああ、キミ達の場合は闇属性ってないことになってるんだっけ」
うっかりしてたみたいな軽い調子で言われたけど、それは人間である私が知っていい知識ではないと思う。魔族に魔法について教わっている時点で今さらかもしれないけど。
闇魔法はないとされている。火風地水、それから氷雷光と催眠魔法とかが分類されている無属性の八種類ですべてだと、そう教わった。
どうして闇属性がないことになったのか。多分だけど、女神様から借りている力だからだろう。闇はどう考えても女神様に相応しくない。
それなのに闇属性があるなら、魔法は女神様とは何も関係ないということになってしまう。
ただでさえ女神様理論についていけていないのに、どんどん女神様の存在があやふやになってくる。
「まあいいや。キミたちが無属性と言ってるのがそのまんま闇属性に当てはまるだけだし」
よくない。まったくもってよくないけど、聞いてしまったものはどうしようもない。
これ以上人の世界で生き辛くなる前に、この話題は変えてしまおう。
「リューゲは何属性の魔法が相性がいいのかしら」
「んー、簡単に教えたら面白くないし……当ててみるといいよ。手あたり次第じゃなく理由付きで当てれたら教えてあげる」
悪戯っ子のように笑うリューゲに対して、私は苦笑いを返した。
◇◇◇◇
今日は交換日記が来る日だ。交換日記はいつも騎士様が持ってきてくれる。護衛ではなくなったけど、友人として王子様のそばにいるらしい。
リューゲにお茶の支度を頼んで待っていたのだけど、廊下が騒がしい。何かあったのだろうかとリューゲと顔を見合わせ――扉が勢いよく開かれた。
「やあ、久しぶり」
爽やかな笑顔を振りまいている金髪の少年の後ろで、騎士様が達観したような表情で虚空を見つめていて、さらに後ろではマリーが顔を青くさせている。
「……えぇと?」
状況がつかめない。唐突な客人が来るのはよくあることだけど、さすがにこれは予想していなかった。
「ああ、遊びに来ただけだからかしこまらなくていいよ」
「……遊びに? いらっしゃった? え、と……?」
王子様の兄――愛に生きる王太子が遊びに来るような場所ではないと思う。




