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第十二話 和平の使者

 王城滞在三日目。何故かアンリ殿下だけでなくルシアンまで私にべったりだ。

 城では食事を揃って食べることは稀らしい。皆それぞれ忙しいので、部屋に運ばせて食べるのが普通なんだとか。その例に則って、私とアンリ殿下も部屋で朝食を食べていたら何故かルシアンがやって来て一緒に食べることになった。

 それからも部屋に居座り、昼食も一緒に食べた。アンリ殿下は無邪気を装ってルシアンにじゃれたり私にじゃれたりしているが、たまに心配そうにルシアンを見ている。


 勇者が近くにいるから大丈夫だとわかっていても、不安は拭えないのだろう。この人大丈夫かな、という目をしている。


「あの、ルシアン」

「何かな?」

「忙しいのではないの? 陛下はとてもお忙しそうだったけど」


 魔王をどう対処するかをクロエやモイラ、それからフィーネと話し合っているらしい。様子を見にクロエたちが来たときに教えてもらった。


 なんでも陛下は和平の方向で考えているらしい。フィーネはそれに賛同したが、難色を示したのはクロエだ。色々と私に聞きに来た。

 ルシアンとアンリ殿下がいるので要点を濁した会話だったが、必要な個所だけ抜き出すと魔王の人となりを知りたかったようだ。


 魔王と密にやり取りをしていたのはリリアなので、フィーネは詳細までは知らない。魔族や勇者に聞いた話ぐらいしかわからないので、細かいことが知りたければ私に聞くしかない。


 魔王は一言で表すなら破天荒な人だ。常識が通じない。

 リリアがふとクリスマスみたいなことをしたいと提案したときに、魔王がサンタ役を買って出た。正確にはリリアがクリスマスとはどういう行事なのかを皆に説明しているのを聞いていたラストが勝手に交渉していた。


 そして朝、枕元に置かれていたプレゼントには「貸し一つ」と書かれた手紙が同封されていた。そうじゃない、どこの世界にそんな高利貸みたいなサンタがいるんだ。


 リリアはちゃんとよい子のところにプレゼントを配ると説明していたのに、そうなった。魔王に良識を求めてはいけない。


 ということを頑張って昔聞いたお伽話風を装って話したら、クロエがすごく微妙な顔をしていた。話の選定を間違えたかもしれない。


 ちなみにこの話のオチとしては「来年お返しするべきだな」と若い王様が言っていたというものだ。

 そしてその一か月後がリリアの結婚式だった。魔王の貸しは回収されないまま、話は終わる。


 さすがにリリアの結婚云々は話せないので、若い王様の善良さでほのぼの締めくくったのも間違いだったかもしれない。


 まあ、そんなわけで和平やら魔族の対処方法やらで皆てんやわんやしているのに、何故かルシアンはここにいる。王弟というものは王を支える役職だったのではないだろうか。


「レティシアの様子を見るのも仕事の内だよ」

「部屋にこもりっきりの人間を見る必要があるのかしら」

「女神の加護がどう作用するかわからないからね。何かあると困るから」


 精神汚染するような効果はないので安心してほしい。

 とは思うが、女神の加護なんてそうそうお目にかかれない。どういうものなのかわからないのが普通だろう。


 まあでも、この状況で私に災厄を探しに行くと飛び出されたら困るのだろう。それはわかる、わかるのだが、災厄はここにいるのでそんな心配はいらないと言いたい。



 ――と思ったので、夜にアンリ殿下に聞いてみることにした。


「僕が、女神の敵だと明かすんですか?」


 ぱちくりと目を瞬かせて、不安そうに眉を下げた。少し不躾だったかもしれない。


「ええ、そうよ。どうせいつかは言わないといけないんだもの。早い方がいいと思わない?」

「……言わないと駄目ですか?」

「でないと居もしない災厄を探すために方々を旅することになるわ」


 私ではない誰かが。運動もまともにしたことない私では、長い旅に耐えられるはずがない。それ以前にそもそも旅をしたくない。

 それにそうでなくとも言わないといけない理由がある。


「ですが……」

「不安なのはわかるわ。でも、あなたのお兄さんは二人ともあなたのことを大切に思ってるから、きっと守ってくれるはずよ


 あの二人が駄目だった場合は、まあそのときにでも考えよう。最悪魔王を頼ればいい。貸しは怖いけど。




「……アンリが、仇敵だと……?」


 そして四日目。私は会議に参加した。

 参加者はクロエ、モイラ、フィーネ、陛下。それから私の五人だ。事前に人払いなども済ませてあるので、他の誰かの耳に入ることはない。


「何かの間違いではないのか? アンリは女神に仇なそうなどとしていないだろう」

「仇敵とは当人の意思の問題ではないのです」


 そう生まれついた、それだけの話だ。


「……我が国にいると断定したということは、あちらは誰が仇敵なのかわかっていることに……なるほど、だから俺に言いに来たわけか」

「その辺りについてはともかくとして……アンリ殿下について陛下にお願いしたいことがございます」


 魔王の考えなんて私にはわからないので、考えているところ悪いが話を先に進めさせてもらおう。


「アンリ殿下が仇敵であるという情報は、この先ずっと明かさないでいただきたいのです」


 仇敵だとわかれば異端審問にかけられるかもしれない。それで治癒魔法が効いたから大丈夫――で解放されるとは限らない。リリアという前例がある。

 

 教皇さまは教皇兼異端審問最高責任者だった。女神様の奇跡である治癒魔法が効いているのに、あの人はずっと異端扱いし続けた。そんな人が取り締まっていた組織の審問なんて受けさせたくはない。

 今は百年前とは違うのかもしれないけど、念には念を入れておきたい。


「上手くいけばアンリ殿下は仇敵ではなくなります。その後の生活が困らないように、手はずを整えてほしいのです」


 まあ、上手くいく保証はないが。

 試そうと思っても試せないので、机上の空論でしかない。だけど、それしか方法が思いつかないのも確かだ。


 もしも駄目だったら、そのときはそのときだ。


「そんなことが可能なのか?」

「確証はありませんし、失敗する可能性の方が高いです。たとえ成功したとしても、アンリ殿下は苦難の道を歩むことになります」


 しばらくの沈黙の後、陛下はゆっくりと口を開いた。


「……生死は」

「失敗した場合命を落とす可能性はあります」

「死ぬ確率はどのぐらいある」

「誰も試したことがないので、なんとも言えません」


 試すとしたら魔王相手しかない。魔王相手にそんなことができる猛者はこれまでもこれからもいないだろう。

 魔王が快く受け入れてくれたら話は別だが、間違いなく頷いてはくれない。


 ふう、と小さく息を零すと、陛下は苦笑するように口角を上げ、背もたれに寄りかかった。


「それしか方法はないのか?」

「私の知る限りでは。この先で何か見つかるかもしれませんし、見つからないかもしれません」

「……なるほど。分の悪い賭けのようだが、それしか方法がないのなら乗るしかないのだな」


 どういう方法なのかとか何も言っていないのに、頷いてくれた。方法とか聞かれたらどう誤魔化そうかとか考えていたのが馬鹿みたいだ。

 いや、そもそもこんなあっさりと頷いていいものなのか。言っておいてなんだが、仇敵はもう少し慎重に扱うべきではないのだろうか。


 あまりにも拍子抜けすぎて呆気に取られていたら、クロエが呆れた目で陛下を見ていた。どうやらクロエも私と同意見なようだ。


「さて、それをわざわざ俺に話したということは他にも何か願いがあるのだろう? 言ってみろ」

「魔王に私とアンリ殿下を渡してください」


 ぴしりと空気が固まった。


「……君を渡さないように尽力しているのだが」


 いや、うん、そうなのはわかるのだけど、魔王の所に行かないとアンリ殿下をどうにかしたくてもどうにもできない。人材とか色々なものがここにはない。


「魔王は私たちを攫いに来ると思うので抵抗しないでほしいのです。下手に抵抗すると、死傷者が出るかもしれませんので」

「……やはりそうか」


 やはり? と首をかしげたら、陛下はげんなりとした顔で私の疑問に答えてくれた。


「同時に七か所で魔族が発見された。あまりにもあからさまな陽動すぎて、逆に疑っていたぐらいだ」

「……ああ、なるほど、そういう状況でしたか」

「被害を出さないようにしたいというのはわかるが、こちらとしても簡単に手放すわけにはいかない。それ相応に抵抗した証が必要になる」

「被害が出るとわかっているのに抵抗するんですか?」

「必要ならばな」


 偉い人の考えは私にはわからないので、そこはとりあえず置いておこう。被害の必要性を話し合ったところで平行線になることは目に見えている。


「ああ、だがクロエとしてはその方がいいか? 御使いを引き渡すことが大前提にあるのなら、クロエが御使いだったというのは誤情報――影武者だったとすることもできるが」


 陛下の視線を受け、クロエは考えるように黙りこんだ。そして少しすると、真っ直ぐ陛下を見据えた。


「いえ、御使いは引き渡さない方向で行きましょう。魔王が攫うのは御使いも仇敵も関係ない人ということにすればよろしいかと。……そうですね、和平の使者を連れて帰った……そういうことにしてしまうのはいかがですか?」

「……君はそれでいいのか?」

「聖女の子でなおかつ御使いともなれば、その価値は高まります。聖女の生まれ変わりが別にいるとしても、血が流れていることには変わりませんので。……国が荒れる要因は作るべきではありません」


 クロエの言葉を受けても何か言いたげな陛下に、クロエは淡々と言葉を続けていく。


「それに言いましたよね。あなたを幸せにしてやると。二言はありませんよ」

「そうか、わかった」


 なんだろう、ものすごく熱烈な愛の告白に聞こえるのに、クロエの表情と声の調子が事務的すぎてまったくそう思えない。

 いや、クロエ自身愛はないと言っていたので、そう思えなくて当然なのだろう。


「そうと決まれば、レティシア嬢とアンリには和平大使となってもらうとしよう。……ああ、そうだ、この話はルシアンにもしていいだろうか? さすがに二人では交渉が上手く運ぶか不安なのでな」


 それについて異論はない。私に交渉なんて高尚な真似ができるはずないので、誰かしらしっかりしている人が付いてくれている方が安心だ。

クリスマスということで一部クリスマス仕様です

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― 新着の感想 ―
[一言] クリスマス仕様、笑っちゃいました^^; とても、良かったです。 緊張感あふれるストーリーの中でも、思わずクスッと笑ってしまえるような…のが、あちこちにあって、暗いお話の時も、暗くならずに読め…
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