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悪役令嬢を目指します!  作者: 木崎優
第四章

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第三十話 不意の雨

 学舎の裏手、教会側との境にある場所でディートリヒとふたりで並んで座っている。それにしてもディートリヒと話すときはいつもここだが、何か思い入れでもあるのだろうか。


「俺に婚約者?」


 ディートリヒは目を何度か瞬かせてから首をかしげた。唐突な話題だというのは自覚している。

 ローデンヴァルト国――狂信者だらけの国だとどんな感じなのだろうかと思っての質問だったが、皮切りにするにはちょっと適切ではなかったかもしれない。


「俺は生まれが生まれだからいないよ」

「そうなの? でも、良縁はすぐなくなってしまうのでしょう? 将来的にそれって困らないのかしら」

「まあ……どうなるかわからないからね。場合によっては生家に戻るかもしれないし。その場合は平民になるから、俺と縁を繋ごうって奴はいないよ」


 ディートリヒの母親は貴族だが父親は平民だ。母親のように平民と結ばれる貴族もいるだろうけど、あえてその道を選ぶ人はいないということか。

 世知辛い世の中だ。


「……あなたって平民の生まれよね」

「ん? そうだけど、それがどうかした?」

「魔法を使えることを不思議に思わなかったの?」


 平民に魔法は使えないと言われている。

 貴族として生まれた者は使えるが、平民となった後に生まれた子どもは魔法が使えない。そして平民から貴族になった場合は本人は使えず、次代から使えるようになる。どう考えてもおかしな理屈だが、常識ではそうなっている。

 ディートリヒは少し考えるように黙った後、小さく微笑んだ。


「不思議には思ったけど、使えるものは使えるんだしまあいいかって」

「軽いわね」


 将来的――何十年か何百年後には誰でも魔法が使えると広めたいと思っている。それが女神様との約束で、私が果たすべき役目らしいから。

 そのときには平民の生まれだけど魔法が使えるディートリヒの存在は使えるかもしれない。


「あなたのところの王様は不思議な人ね。教えから外れてるのに受け入れるなんて」

「それ、普通俺に言う?」

「あら、ごめんなさい」


 狂信者の国を統治しているのに、教えとは違う存在であるディートリヒを受け入れている。その理由がわかれば、いざというときに役に立つ――と思ったのだが、考えてみれば本人に教えから外れてるとか言うのはちょっとなかったかもしれない。

 でも言ってしまったものはどうしようもないので、このまま押し通そう。


「あの人が何を考えてるのかなんて俺は知らないよ」

「そうなの? でも密命を帯びて来るぐらいには親しいのよね」

「それを親しいの基準にするのはどうかと思うけど。……俺の場合は年齢が合うのが俺しかいなかっただけだよ」


 なるほど、そういうことか。

 私とルシアンと同じ年頃の子どもがいない王の前に現れた、平民なのに魔法が使える子供。しかも私たちと同年齢。

 それならたしかに受け入れるかもしれない。それに――魔法の使える平民のままで置いておくよりも、王子だから魔法が使えるとした方が世間の目をごまかせる。


 教えから外れた存在なんていませんよ、と思わせるために取った手だとすれば、わからなくもない。


「……ねえ、ローデンヴァルト王って女神様をどう思っているの?」

「さあ、知らないよ」


 秘密裏に処理すればいいのに、自分の手元に置いている。自分の子どもでもなんでもない存在を。


 狂信者の国の王が狂信者とは限らないのかもしれない。


「ローデンヴァルト国出身のあなたは、妻をたくさん持つことはどう思う?」

「どうって……別にどうも。好きにすればいいんじゃないって思うよ。まあ、俺としてはたくさんの女性を好きにできるってのは嬉しいけどね」


 わあ、最低だ。



 好きになれる、ではなく好きにできるって辺りが最低なディートリヒと別れて寮に戻ると、クラリスがサミュエルと一緒にいた。サミュエルに呼び出されでもしたのか、クラリスはもの凄く嫌そうな顔をしている。


「あら、ふたりともどうしたの?」


 声をかけると、クラリスが即座に反応した。


「あなたの方こそどうされましたの? 外に出てるなんて珍しいですわね」

「……クラリス、後で私のことをなんだと思ってるのか聞かせてもらうわよ」


 たしかに外にあまり出ないけど、珍しいと言われるほどではないはずだ。今年に入ってからはルシアンに誘われるがまま外出しているので、去年よりも外出頻度は上がっている。


「この方が一緒に出かけようだなんておっしゃるから、身の程を教えていたところですわ」


 じろりとクラリスに睨まれてサミュエルがびくっと震えた。クラリスと一緒にいるサミュエルは震えてばっかりだ。でも好きだと言うのだから、不思議な話だと思う。


「サミュエル、無理強いはよくないわよ」

「いえ、僕は……あの、クラリス様が好きそうな雑貨店があったので……それで、案内したいなと、そう思って」

「わたくしの好みがわかるだなんて、本気で思っているのかしら。寝言は寝て言うものよ」


 取り付く島のないクラリスも相変わらずだ。でも受け答えはしているので、多少はサミュエルを受け入れることにしたのかもしれない。よくわからない。


「サミュエル。そのお店でお土産でも買って、それをクラリスが気に入ったら案内するのでは駄目なの? クラリスは無駄なことはしたくない性格だから、よくわからないところには行かないわよ」


 口ではなんとでも言えるので気に入ったとしても気に入らないと言えば、それで話は終わる。

 サミュエルは少し悩みながらも「わかりました」と頷いてくれた。



 モイラに任せてからというもの、クラリスとサミュエルが一緒にいることが増えた。サミュエルが一方的につきまとっているわけだが、クラリスはクラリスでそこまで邪険に扱おうとはしていない。

 サミュエルの脅しのせいなのか、あるいはモイラの助言によるものなのかはわからない。


 前者だとしても、私にできることはあまりない。説き伏せることができない時点で手詰まりだ。後者の場合も私には何もできない。不用意に口を出してモイラの助言に反したらと思うと、二の足を踏んでしまう。


 さすがにモイラも助言だけで終わらせはしないだろうから、よくない方向に転がりそうになったらクラリスを助けてくれるはず。


 だからクラリスについては成り行きに身を任せることにした。

 



 三週間後の休日。ルシアンとの予定も茶会の予定も何もない、完全に自由な一日が久しぶりにやってきた。

 前は他の人の部屋を回って色々聞いたが、今回は私ひとりで外出する予定だ。クラリスに珍しいとかなんとか言われたから、というわけではない。

 ひとりで出かけることにも慣れたいし、買いたいものがあるだけだ。


「でも、ちょっとしたものしかないのよね」


 色々なお店を見て回って、うーんと首を捻る。やはりと言うべきか、細々としたものしか扱っていない。学生用の雑貨や文具、冒険者や旅の人用の雑貨もろもろ。目当ての品を見つけるのは中々難しいかもしれない。


 ふらふらと街中を歩いて、目についたお店に入っては出てを繰り返すこと小一時間。私は気づいたらクロエの魔道具店にたどり着いていた。


 せっかくなので店内に入り、置いてある魔道具を眺める。催眠魔法がかかっているものは後々面倒そうだから避けて、ちょっとした玩具や便利道具みたいな何かを手に取ったり説明文を読んだりした。


「あら」


 そして店の一角にある魔道具が目に入った。試作機ということであまり値は張らないが、代わりに壊れても保証はしない。魔力の消費量が多いので、あまり魔力の多くない人は使わないようにと説明書きのある箱型の魔道具。

 魔力量に関しては問題ない。使いすぎたりすることもないだろうし、目新しいから丁度よさそうだ。


 それを買って外に出ると、先ほどまで晴れていたのが嘘のように雨が降り始めていた。ぽつぽつと振りはじめた雨粒は大粒で、これから土砂降りになりそうだ。


 私は鞄が濡れないように抱えて、少し駆け足で歩きはじめ――暗転した。

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