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悪役令嬢を目指します!  作者: 木崎優
第三章

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番外 シモン・パルテレミー

『よく来てくれた』


 緩やかに微笑むそれを前に、わずかに身を強張らせる。

 できれば来たくなどはなかった。


『まったく、パルテレミーはろくなものを作らない』


 深い溜息と共に漏らされた苛立ちの声に眉をひそめる。現在パルテレミーの姓を名乗れるのは私と父だけだ。だがその口振りは、まるで他の者を知っているかのようだった。


『俺はパルテレミーが好きじゃない。忌々しいことに、理と論を用いて俺を説き伏せようとした。だが違うだろう? 言葉で表せるほど単純なものであれば、誰も素晴らしいものだとは語らない。実の伴わない論などにどれほどの意味がる。俺はこの目で見て、そして感じたいのだよ』


 椅子に深く座り、二度目の溜息が漏れる。どう口を挟めばいいのかもわからず、私はただ立ったまま、耳を傾けるしかなかった。


『ああ、しまった。どうにも俺は話が脱線しやすいようだ。今説くべきは、そう、君のその厄介な代物についてだったな。魔力の感知は火の領域だ。俺は火とはどうにも相性が悪くてね。それの効果も問題ではあるが、何よりも火であるということが俺の神経を逆撫でる。ああ、しかし勘違いしてもらっては困るな。別段嫌ってなどはいない。友と思っているし、何かしてやりたいと思うぐらいには親しいのだよ。――さて、なんの話だったか』


 思案するかのように首をかしげ、一瞬の沈黙が落ちる。


『ああ、そうだ。君のその厄介な代物についてだったな。いやはや、俺はどうにも自制の利かない性分でね。自らの領分故か、語るということに重きを置いてしまうのだよ。だからこそうるさいと何度も言われたものだ。だがそれでも気ままに動く口を止めようとは思わないのだから不思議だとは思わないかい?』


 またもや話が脱線しているが、指摘してよいのか躊躇する。

 憤りを感じれば表情を歪め、声にも苛立ちがまじる。だが長すぎる口上のせいか、自らの感情をあえて露見させているようにしか見えない。まるで自身には感情があるのだと言い張っているようだ。


『大変困ったことなのだが――いや、喜ばしいことではあるのだが、はて、それとも嘆くべきことなのか。まあそのどれでも構わないが、君のその厄介な代物があると、俺に注視してしまう者がいるのだよ。俺はこれでも隠れ潜んでいる身でね。君が口を滑らせてしまうのではと思うと、夜もろく眠れない。月と日を交互に眺め、またも眠れる夜を過ごしてしまったと肩を落としたくはないのだよ』


 いやはやまいったと独白し、三度目の溜息を零した。


『本当はあまり歪めたくはないのだがね。だけども君のそれは看過できないのだよ。俺はここで崇高なる使命のために趣味に興じていたのだから、それを誰かに邪魔されるなど、到底許せることではない。だからそう、君には少しばかり盲目になってもらおうか。何、心配することはない。本当に目を奪うわけではないからな。俺にはそのような趣味嗜好はないからな。ただ異常なものを異常とは思いにくくするだけだ』


 組んだ指の上に顎を乗せ、じっとこちらを凝視する。その目から逃れようとわずかに視線を逸らそうともがくが、鎖で縛られたかのように動くことができない。


『そして弱みをひとつ、作ってもらおうか。俺はか弱い小動物が草の間から抜け出ただけでも落ち着かない夜を過ごすほど臆病でね、いくつもの保証がなくては安心できないのだよ。無論方法は君に任せるつもりだよ。君が思いつく、一番やりたくないことをやってもらおう』


 するりと耳に入り込む声に、自身の表情が歪んだのがわかった。


『俺は、パルテレミーが好きじゃない』


 こちらを見つめる瞳が細まる。


『情よりも論を重視させる心根は俺とは相容れん。だからこそ思うのだよ、情を重視し、理に合わない行いをさせてみたら、ああ、それはどれほど愉快なことなのだろうと』


 喉の奥から漏れたようなくぐもった笑い声を最後に、意識が途切れた。



 ――そして気付けば廊下に立っていた。


 さて、私は何をしていたのだったか。ああ、そういえばレティシア嬢に何か聞こうとしていた。しかし何を聞こうとしていたのか――思い出せなかった。


 下級クラスのものの机に死骸が詰め込まれていたという話を聞き、それが自分のやったことだということはすぐに思い出した。だけど、どうしてそれをしたのかだけは思い出せなかった。





 最近どうにも研究が進まない。魔力について調べる研究は、変な男に脅されてからはやめて、代わりに魔道具の研究――父と似たような研究をしていた。

 だが魔道具の研究とはいっても、すでに大量の魔道具が世に流通している。できるのは精々改良ぐらいだ。

 こんなことをしたいのではないと、何度も手を止めた。だが魔力を研究しようにも、材料も何もない。結局また、魔道具開発に手を出した。


 気の進まない研究に苛々としていたある日、図書室で行っている勉強会にレティシアが来なかった。そして何かとレティシア嬢を気にしているディートリヒ王子も不在だった。

 そわそわとしているマドレーヌを宥め、資料を取りに窓際の棚に近づいたとき、外に件のふたりを見つけた。ローデンヴァルトが聖女に固執していることは知っている。だからそう、あれもきっとその一環なのだろう。

 国のためを思えば、易々とレティシア嬢を渡すわけにはいかない。忠告のひとつもしてやろうと足早に図書室を出た。


 だがそうして駆けつけた場で、ずぶ濡れになったディートリヒ王子とレティシア嬢を見つけたときには、思わず頭を抱えかけた。雨は降っていないというのに、どうしたというのか。

 それでもなんとか気を取り直し、ディートリヒ王子を追い払った後、苦言のひとつも漏らしてやろうとレティシア嬢を見て、固まった。


 声も出さず、ただ涙だけを流すレティシア嬢の姿に、今しがたこの場を去っていった男の姿が重なる。ディートリヒ王子が様々な令嬢に声をかけているのは有名な話だ。レティシア嬢までも毒牙にかけようとしたのかと憤り、何かされたのかと問いかけたのだが、彼女はただ首を横に振った。


 私に触れる権利があるのなら、頭のひとつでも撫でて慰めてやるのだが、生憎とレティシア嬢はルシアン殿下の婚約者だ。軽々しく触れてよい相手ではない。

 せめて泣くのであれば、触れて慰めの言葉を伝えられる相手の前でと思いルシアン殿下の名前を口にした瞬間、わずかにレティシア嬢の体が震えた。


 一体ディートリヒ王子に何を吹き込まれたのか。

 思わず嘆息しかけるのを堪える。泣いている者というのは、なんでもよくない方向に物事を捉えるものだ。

 自身に向けられたものではない悪意すらも、自身に向けられたと思いこむかもしれない。


 私は自分の口調が厳しいものだということを知っている。私の言葉で感激のあまり落涙する者など、マドレーヌぐらいしかいない。

 だからただ黙して、レティシア嬢の従者が到着するのを待った。

 


「シモン様」


 迎えに来た従者にレティシアを預け、図書室に帰ろうとしたところでマドレーヌの声をかけられた。そういえば理由も言わずに出てきてしまった。マドレーヌは何かと私の後を追おうとするから、今回もその一環で追ってきたのだろう。


「このことは他言無用ですよ」

「はい。でも、レティシア様……大丈夫でしょうか」

「私たちにできることなどたかが知れています。彼女を慰めることができるのはルシアン殿下だけですよ」


 どうにもマドレーヌは色恋というものに敏感だ。今も頬を染めて「そうですわね!」と笑っている。きっと頭の中では優しく慰めるルシアン殿下と、その胸の中で泣くレティシア嬢の図でも描いているのだろう。


 図書室に戻ったが、ルシアン殿下はすでにいなかった。ならばと思い、ルシアン殿下の自室に向かったのだが、すげなく断られた。

 ルシアン殿下がレティシア嬢を大切にしているのは国内外問わず知られていることだ。だからこそ、泣いている彼女を慰めないという選択を取ることが信じられなかった。


 ルシアン殿下を思って泣くレティシア嬢を慰められるのは、ルシアン殿下しかいない。


「それが君に関係ある?」


 引き下がることなく、婚約者なのだからと詰め寄る私に冷たく言い放った言葉は、私の心に楔を打ち込むには十分すぎるほどのものだった。


 ルシアン殿下が役に立たないのなら、マドレーヌに元気付けてあげてもらおうと、マドレーヌにレティシアを図書室に誘わせた。マドレーヌは底抜けに明るい。明るすぎて頭が痛くなるほどだが、今のレティシア嬢には丁度よいだろう。


 そうして幾度となく誘い、三週間が過ぎた頃。

 慌てた様子で席を立ったレティシア嬢をディートリヒ王子が追った。ルシアン殿下は追う仕草を見せず、ただ勉強を教えている。ならばと思い、ふたりの消えた本棚に向かい目にしたのは、顔を朱色に染めたレティシア嬢と、彼女に迫るディートリヒ王子の姿だった。


 ルシアン殿下よりもディートリヒ王子の方が好みなのかと思ったのは一瞬のことで、小さく首を横に振るレティシアを見てそっと安堵の溜息を漏らした。


 そうしてレティシアを資料のある場所に案内していると、後ろから少し沈んだ声で「ごめんなさい」と聞こえた。

 レティシアは淡々とした女性だ。お人形と揶揄されるほど、声にも表情にも感情が表れにくい。交流の増えた今は、どこを見ているのかわからないときはあるが、人形とまでは思わない。初めて聞くことには真剣に耳を傾け、初めて知ることには感心したように相槌を打つ。

 そして、涙を流せる女性だ。


 だからこそ、沈んだ声にまた泣いているのかと不安になって振り返った。


「それと、ありがとう」


 はにかんだような笑みに、息を呑んだ。


 ああ、そうだ。私は元々彼女が欲しかったんだ。

 ルシアン殿下が彼女に興味をなくしたというのなら、自分のものに――そう思ってしまった。



 そして、レティシアが気にかけていた女生徒の机に処分する予定だった廃品を入れた。

 レティシアと女生徒がルシアン殿下を取り合っているという噂を聞いたことがある。ならば女生徒に嫌がらせが起きれば、必然レティシアの仕業になるのではと思ってのことだ。

 今度こそ私が彼女を慰めたいと、そう思いながら連日廃品を机に入れた。


 ――これはあまりにも割に合っていない行動だ。


 レティシアの仕業だと噂が立つのにはそう時間がかからなかった。


 レティシア嬢と言葉を交わすにも二言三言、長く話す場合にはマドレーヌを随伴させ――何も言わずとも勝手についてくるが――下手な噂が立たないように配慮もした。

 そうして何度かレティシアに噂について探りを入れたが、どうにも気にしている様子がない。何度尋ねても「大丈夫」としか返されなかった。


 無意味なことをしていると思いはじめた頃、廊下の先をひとりで歩くレティシアを見つけた。

 いや、見つけたと思った次の瞬間には消えていた。


 何事かと思い、レティシアのいた地点にまで移動すると、下級クラスの者が座学で利用するための魔法学の教室に、ルシアン殿下と共にいるのを見つけた。

 かすかに聞こえる声からすると、どうやらもめているようだ。幸い昼食時だったので、マドレーヌはついてきていない。私は扉の横の壁に背を預け、ふたりのやり取りをただ聞き続けた。


 いつ声をかけるのが一番効果的か。それだけを考えて。



「レティシア……に、ルシアン殿下、何をしているんですか」」


 私がレティシアの名前を呼ぶと、ルシアン殿下の表情が強張ることには気付いていた。だからこそ、私はこの場でも彼女の名前を呼ぶ。

 不機嫌を隠そうともしないルシアン殿下に、ならばどうしてあの日、彼女を慰めなかったのかと憤りを覚えた。あの日彼女を慰めに行っていれば、私はこうはならなかった。


 ルシアン殿下を追い払い、レティシアを連れて医務室に向かった。そして、私の想いを告げた。

 泣いている彼女を慰められなかったのは、これで二度目だ。これ以上は我慢ならなかった。それにルシアン殿下の出方が見えない。

 興味をなくしたのか、なくしてないのか。なくしていないのだとしたら、レティシアから婚約の解消を申し出てもらわないといけない。


 想いを告げ、嫌がらせは無意味と化しているのに、私はまだ続けている。

 どうしてなのかは自分でもわからない。ただこうしないといけないだけだ。



 そして一週間が経った。何度かレティシアが私に話を持ちかけてきたが、何を言いたいのかはわかっている。だからこそ話をすり替え、断ることのできないようにとした。レティシアは存外真面目な人間だ。明確に断るまでは、心に残り続けるだろう。



「シモン」


 授業に向かうためにひとりで廊下を歩いていたところを呼び止められた。振り返ると、微笑をたたえたルシアン殿下が立っていた。用件は、まず間違いなくレティシアのことだろう。


「ルシアン殿下、どうされましたか」

「婚約者のためと言いながら、婚約者ではないものに愛を誓うのはどうかと思ってね」


 やはり聞いていたか。ルシアン殿下があれほど大人しく引き下がるのを不審には思っていた。しかし一週間も音沙汰がなかったため、本当に引き下がったのかもしれない、とも考えていたのだが、当てが外れたようだ。


「マドレーヌはレティシアのことを好いていますからね。きっと悪い気はしないでしょう」

「誰がレティシアを呼び捨てにしていいと言った」

「レティシア自身が」


 マドレーヌのおまけのようなものだったが、真実がどうであったかなど今は関係ない。


「レティシアが気にかけている者に嫌がらせをしておきながら、よく言えるよ」

「さて、なんのことでしょうか」


 足がつくような証拠は残していない。机に入れられる程度の廃品など、微々たるものだ。どうとでも誤魔化せる。


「白を切るのなら好きにすればいいが、レティシアが君のしていることを聞いたらどう思うかな」

「ルシアン殿下ともあろう人が、憶測だけで人に話すおつもりですか」

「ただの噂話をするだけだよ。噂というものは、事実と関係なく流れるものだ――それは君が一番よく知っているだろう」


 レティシアの思考回路はいまだ謎に包まれている。話を聞いてただ聞き流すか、真剣に受け止めるか――どちらになるのかわからない。


「だけどパルテレミー家に変な噂が纏わりついては困るから、まずは君と話しておこうと思ってね」


 そもそも、下級クラスの女生徒に嫌がらせをした、そのような噂が流れること自体避けないといけない。私はパルテレミー家を継がないといけない人間だ。下手に足を掬われるわけにはいかない。


「何をすればいいか、聡明なら君ならわかるだろう?」

「……ひとつ、お聞かせください」

「何かな?」

「ルシアン殿下はレティシア嬢をどう思っているのですか」


 ルシアン殿下は笑みを深めた。


「それが君に関係ある?」


 あのときと同じ答えに唇を噛む。ルシアン殿下はそれ以上私を見ることなく立ち去った。


 ああ、そうだ、パルテレミー家を思うのならば手を引くのが一番だ。

 そうわかっているのに、私はどうしてやめることができない。


 ルシアン殿下と話して一週間が経ったのに、私はいまだ嫌がらせを続け、レティシアと目が合えば笑みを浮かべてしまう。

 猶予期間はどのぐらいある。いや、どのぐらいだろうと関係ない。危ない橋は渡るべきではない。


 それなのに、私は自らを止めることができない。おかしい。いや。おかしくない。異常なのか正常なのか、自分でもわからない。


 だから、レティシアと件の女生徒が一緒に私の前に現れたのを見て、安堵の息が漏れた。

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