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閑話 馬車の中で

 光の月光の週命の日、家族に別れを告げ馬車に乗りこんだのは数時間前。あといくらかしたら学園に到着するだろう。

 これからの三年間を過ごすことになる学園は、九十年ほど前にできた場所だ。

 開校以来十六になる貴族を迎え入れる場所となっている。学問も魔法に関しても各々の屋敷で学べるというのに、何故向かわねばならないのか。


 そのような疑問を抱く者が多々いるにもかかわらず、学園には毎年子息息女がやってくる。

 法でそうと定められているということもあるのだが、教会も王家も従っていては逆らえる者などいるはずがない。疑問を口に出すことさえもはばかられる。


 もしも自由意志で選べたなら、自分は迷わず家に残ることを選んでいただろう。

 

「心配だなぁ」


 どうしようもないこととわかってはいるのだが、家に置いてきた妹のことが頭によぎる。


 妹を初めて見たときは、その小ささに守ってあげないとと思った。一歳になる頃には落ち着きのない姿に目を離せないと考え、喋れるようになったとき、今までの考えが覆された。


 意思疎通のはかれない会話。なんてことのないものに感激し突進していく姿。誰もが当たり前と感じているものに疑念を抱く思考。

 そのどれもが理解できないものだった。


 あるときは神様なんていないでしょと、誰かに聞かれたら怒られるどころではすまないことを言い、あるときは歌が聞こえると言って繋いでいた手を振りほどいて走り出し、あるときは聞いたことのないものを食べたいと泣き出した。

 

 いくら注意してもなおらない妹の悪癖に、何度も頭を抱えた。

 目が離せないし、守らないといけないとは思えるのだが、自分が求めていたものはこれではない、と数え切れないほどの溜息を零した。


 懐かしくも苦々しい思い出に笑みが零れる。まだ二年も経っていないというのにはるか昔のように感じられるのは、ここ最近の妹の変化によるものだろう。

 夜中に部屋の前を通ると笑い声が聞こえてくることはあるが、人目のある場所では大人しくなった。

 不意に走り出さないし、訳のわからないことを言いながら泣き出さないし、妹の成長は実に喜ばしいものだった。

 


 そう、喜ぶべきことなのに――何故か寂しさを感じていた。



「疎ましく思っていたはずなんだけどな」


 変わる前の妹は手のつけられない子どもだった。どう宥めればいいのかわからず、散々手を焼いた。

 父上は早々に侍女に丸投げしたし、母上も子どもにかまけるような人ではなかったので、家族として積極的に接したのは自分だけだった。


 溜息を零すたびに、意に沿わない行動を妹がするたびに、見切りをつけようと、見放してしまおうと、そう考えていた。


 それでも結局、妹に関わり続けた。


 産まれたときの思い出による強迫観念や、義務感に縛られているだけだと――そう自分に言い聞かせて。



 こうしていざ手を離してみたら、我儘な妹を自分なりに愛していたのだと実感する。

 目が離せないし、行動の予測もできず振り回されていたのは確かだ。だがそれ以上に、妹には自分しかいないのだということが心地よかった。小さく可愛い妹を自分が守ってやらないといけないと、そう思っていたし、今も思っている。


 自分が見ていないと、妹はいつか危ない橋を渡って、落ちてしまうだろう。


「やはり、僕がなんとかしないとね」


 考えるのは妹の婚約者である第二王子のこと。彼との婚約は、妹にとって悪い話ではない。

 王族と婚約している娘に手を出そうと考える輩はいないだろうし、彼自身も恋愛云々よりも好奇心が勝っている年頃だ。

 年相応にやんちゃなところがあるようで、妹は振り回されているが、彼本人も悪い相手ではない。

 それどころかよい婚約者であると、本心から思える相手だ。

 

 だがそれはあくまで婚約者に限っての話で、結婚相手としてとなると話は別だ。



 ――なにせ妹がよき伴侶ではないのだから。



 妹は王子妃どころか貴族の妻にも向いていない。今はまだ子供同士のことだから問題ないが、成長したら王子にとって彼女の存在は邪魔なものでしかないだろう。

 身近な者たちも、よりよき妻をと進言するに違いない。


 望まれない妻の座に妹を追いやるのは心苦しいし、それ以前に破談となっても不思議ではない。

 それほど妹はどうしようもない。


 あの子は今年で七つになるのに、これまで施してきた教育が身についていない。学問方面は問題ないし、行儀作法も一応はこなしているが、肝心の貴族としての振る舞いを妹は理解していない。

 

 十になると社交の場に出さないといけないし、十五で親のもとを離れる。

 今から再度教育を施すには手遅れだ。今まで身につかなかったものをもう一度叩きこんだところであれの性根は変えられない。

 令嬢らしく振る舞おうとしているのに、考えていることがすべて表情に出ている時点でどうしようもない。



 愛しく愛らしい妹が茨の道を進まぬように、自分に何ができるかを考える。



 よき婚約者は両親が見つけ出した。ならば自分はよき伴侶を妹のために探し出そう。

 

 これから向かう学園には様々な者がいる。妹に相応しい――貴族らしさを求めていない相手は誰か。



 揺れる馬車の中で思案に暮れる。


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