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悪役令嬢を目指します!  作者: 木崎優
第三章

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番外 クロエ2

 休みが明け、早い時間に学園に到着していた私は同じ馬車から降りてくるフレデリク殿下とローデンヴァルトの姫君を見て、目を疑った。休みに入るまでは親密な関係ではなさそうだったのに、この一月で何があったのか。


 そしてレティシアが到着したのを確認し、彼女の部屋を訪ねた。

 結果としてはレティシアも何があったのかは知らなかった。ラストに聞ければいいのだが、学園都市にいては呼ぶことができない。


 学園都市には聖女が張ったとされている障壁がある。それは外部からの侵入も、攻撃も受け付けない強力なものだ。門を通らなければ中に入ることはできず、門以外から出ることもできない。


 そして音すらも外に出さない仕様になっている。完全にラスト対策だとしか思えない。

 王都よりも安全と言える学園都市だが、こういった不慮の事態に対応できないのは困ったものだ。私ぐらいしか困らなさそうな理由だから、誰も改善はしてくれないだろう。


 過ぎたものは仕方ないとしても、これ以上見ていない場所で予測のできないことが起きるのは避けたい。レティシアにフレデリク殿下と姫君の邪魔をすることを頼んで、その日は終わった。



 間の悪いことは続くもので、休みの日にフレデリク殿下を見張っていたことが本人に見つかった。


 レティシアがフレデリク殿下に相談を持ちかけ、そこにルシアン殿下が現れた。ルシアン殿下がレティシアを想っていることは、誰の目から見ても明らかだ。

 だというのに、レティシアは気付いているのかいないのか、無下な態度ばかり取っている。


 彼女に幸せになってもらいたいと思っていたから、思わずふたりの動向を見守ってしまった。


「そこの君」


 だから、声をかけられるまで接近されていることに気が付かなかった。


「そう構えるな。俺につきまとっていることを責める気はない。共に見ようかと思っただけだ」


 なんてことのないように言って、フレデリク殿下は私の横に座り花壇の隙間からルシアン殿下とレティシアの様子を眺めはじめた。


「……あの」

「君にはあのふたりはどう見える?」


 何をしているんですかと聞く前に、質問を被せられた。あのふたりというのはルシアン殿下とレティシアのことだろう。

 なるべく気付かれないようにと距離を離していたので、何を話しているかまでは聞こえない。だがレティシアが視線を落とし、ルシアン殿下がその様子を悲痛な表情で見ていることはわかる。


「……拗れてますね」

「ああ、そうだな」

「わかっているのなら、口を出されてもいいのでは?」

「俺は次期王だ。何か言えば、それが決定事項となってしまうかもしれない。無理矢理にレティシア嬢を繋ぎとめても弟は喜ばないだろう」


 言っていることはまともなのに、フレデリク殿下に言われると苦笑いしか出ない。彼は姫君と恋に落ち、駆け落ちをするような無責任王子だ。一国を担う者としての心構えを語られたところで信用に欠ける。


「……終わったか。短かったな」

「あの二人はいつもあんな感じですので」


 レティシアとルシアン殿下は長く話さない。レティシアが早々に逃げる。


「ところで、君の名前は?」

「知らないんですか?」

「知ってるとも。だが君から聞いてはいない」

「私はただの庶民です。殿下に名乗るような名は持ち合わせておりません」


 フレデリク殿下は私の言葉を聞くと、親しみのこもった眼差しで、見る者が見れば胸を高鳴らせるほどの甘い笑みを浮かべた。


「ここは誰もが平等であるべき場だ。庶民だろうと関係ない。君の名前を聞かせてほしい」

「……クロエです」


 ――この男は、自分をどう魅せればいいのかを知っている。


 

 フレデリク殿下の印象が無責任王子から、いけ好かない王子に変わった。




 その後、レティシアと話をして、彼女に前世の記憶があることを聞き出し、悪役になる必要はないと諭した。私と同じようにこの世界で生きていた記憶がないのは少し残念だった。しかし不遇な人生の記憶などないほうがいいことは、私が一番よくわかっていることでもあった。


 そんな微妙な気持ちでいたせいか、落ち込む彼女を見てゲームの通りにはならないかもと思わず話してしまった。

 その失敗に気付いたのは、私の頬を打ち、諭したにもかかわらず悪役として振る舞うレティシアを見たときだった。


 レティシアに悪役になられては困る。彼女の身に危険が迫ると国が滅ぶかもしれないということもあるが、馬鹿どもを野に放ったせいでリリアは散々な目にあった。

 たとえ覚えていなくとも、私の心の安息のために今世では幸せになってほしい。


 だというのに、ルシアン殿下は愛しい相手を追わずに留まった。

 ここは誤解だなんだと言って、愛の言葉のひとつでも囁いてレティシアを改心させるべきだ。それなのに置いていけないなどと崇高なことを言っている。矮小な人間など捨て置けばよいのに、真面目なことだ。


 ならば放っておいても大丈夫な人間だと思わせればいい。

 そう思って普段とは違う姿を見せたというのに、それからもルシアン殿下に話しかけられた。

 しかも魔法学の休憩中という、衆目のある場でだ。


 ディートリヒ王子がレティシアに触れるだけでそんな顔をするぐらいなら、さっさと愛を囁いて繋ぎとめてしまえばいいのに。

 レティシアは言いくるめられやすい人間だ。ライアーを傍に置いているのも、言いくるめられた結果だろう。でなければあんな人格破綻者を置いておくわけがない。


 死の淵に立ってから後悔しても遅いというのに、ずいぶんと悠長なものだ。




 愛を囁いてしまえばいいとは思っていた。

 だが実際に迫っている場を目撃したときには眩暈を覚えた。怯えた顔でルシアン殿下を見上げるレティシアの姿は、どう見ても愛を囁かれた者のそれではない。

 ならば止めるしかない。彼女が非道な目にあえば、この国が氷で包まれるかもしれない。


 そして私は再度レティシアと話す機会を得た。

 死という可能性を提示しても駄目だったから、今度はありのままの現実を見せつけた。

 レティシアが大根役者であることは間違いない。感情のこもらない台詞と、どこを見ているのかわからない瞳。だがそれは、彼女をよく知らない者からすればそういう人間だと片付けられる程度のもの。

 常日頃から悪役を演じようと努力していただけあって、不意に浮かべる表情以外は常時棒のようだった。


 だからレティシアが演じていることに気付いている者はそう多くないだろう。

 下手するとレティシアを想い続けているルシアン殿下や、よく一緒に行動しているレティシアの友人、そして穿った目で見ていた私ぐらいかもしれない。



「……皆と会わせる顔がないわ」


 だからまあ、皆というのはレティシアの勘違いなのだが、訂正する気にはならなかった。勘違いして悪役をやめるのならば好都合だ。


 レティシアが悪役のように振る舞う度、私は不利になりそうな噂を潰してきた。ルシアン殿下を取り合っているという不本意な噂だけはどうしても残ってしまったが、その程度で済んでよかったとでも思おう。


 レティシアは色々な言葉で表現されている。

 シルヴェストル家の宝石、鳥籠の鳥、聖女の子、人形のような子。

 噂を潰していなければどんな言葉が増えていたのかなど、考えるまでもない。



 その後帰ろうとしたところを引きとめられ、レティシアがルシアン殿下の好意に気付いていたことを知った。

 ゲームにおいて、ルシアン殿下の恋は母親の面影を重ねたことからはじまった。だがゲームでの彼は度を超えたマザコンで、今の彼はそれに比べればずいぶんとマシになっている。何よりも王妃のようになることをレティシアに求めていない。

 彼はただひたすらにレティシアからの愛を求めている。


 多少の手助けとしてルシアン殿下の好意がレティシアにあることは伝えたが、それがどう転ぶかはルシアン殿下次第だ。

 色恋といった甘さに疎そうなレティシアのことだから、その道は楽ではないだろう。


 だからといってルシアン殿下とレティシアの橋渡しをする気にはなれなかった。ルシアン殿下が暴挙に出たというのもあるが、レティシアの口からノイジィを知っているような言葉が出てきたからだ。

 もしかしたらリリアだったときの記憶を取り戻しつつあるのかもしれない。姿が同じで、魂も同じで、記憶すらも備えたとき、ライアーがどう動くのかが予測できなかった。

 今はこれといって危害を加える気がなさそうだが、いざそのときにルシアン殿下がレティシアの横にいたら、どんな凶行に及ぶかわかったものではない。

 私と共に旅をしていたとき、あの馬鹿どもは邪魔なものは殺せばいいと思っていた。橋渡しするにしても、ライアーが昔と違って大人になったと確信できたときだけだ。



 休みに入り、私は遊戯棟にある一室の前に立つ。

 ただひとりのためだけに用意された部屋を前に、もう何度目になるかわからないため息を零す。

 レティシアに頬を打たれた次の日に呼び出しを受け、週に一度は足を運んでいるのだが、どうしても二の足を踏んでしまう。


 だがここで足を止めていても意味がないことはわかっている。小さくノックをして扉を開けると、椅子に座りながら頬杖をついている男性が視線だけをこちらに向けてきた。


「遅かったな」

「申し訳ございません」


 そもそも何時にといった約束はしていない。休みの日に来るように言われているだけだ。


「フレデリク殿下」

「俺と君の仲だろう。フレデリクでよい」

「どういう仲でもないので結構です」


 私を待ち構えていた男性――フレデリク殿下の正面に座る。

 彼との間にあるのは、ただの利害の一致による協力関係だけだ。呼び捨てにするような謂れはない。



 ことのはじまりは私が大規模催眠魔法を行ったのをフレデリク殿下に見られたことだった。幸い頬を打たれた現場は見られてはいなかったようで、そこについては追及を受けなかった。

 あの日フレデリク殿下の呼び出しを受けた私は、嫌々ながらもこの部屋に足を踏み入れ――


「君が卸している魔道具だが俺が愛用してやろうか?」


 ――何故か商売の話を持ち出された。


「……どうして知っているんですか」

「貴族街で一度君を見ているからな。一般市民でありながら貴族街に出入りし、学園に入学、そして俺の周りを探っているともなれば調べもする」

「それで何か出ましたか?」

「いいや、何も出ていない」


 それもそうだろう。私は母とふたりで暮らすだけのどこにでもいる少女だ。そこに魔法が使えるというものが加わっただけで、注視するような人物ではない。

 いや、探っているという時点で注視されてもおかしくはないか。だがそれでもわざわざ呼び出さずとも監視を付ければいいだけだ。


「だが君が今開発している魔道具に興味が湧いた」


 今開発しているのは、写真もどきだ。魔力に色を付け、紙に転写する。今はまだ私の記憶を頼りに写しているだけなので、どうにか魔道具に落とし込めないかと試行錯誤している段階だ。

 概要をまとめた計画書を店に提出だけしたが、まだ試作品すらできていない。フレデリク殿下が気にかけるほどのものではないと思うのだが、どうやらそうでもないらしい。


「君の知りたい情報を教える代わりに、俺に協力してもらいたい」


 そして、いけ好かない王子との協力関係が結ばれ、今に至る。



「やはりローデンヴァルトは聖女の子を求めている」

「……聖女様に似ていらっしゃるそうですからね」


 それはもう瓜二つだ。しかも魂まで同じだ。

 さすがに魂のことまでは知らないとは思うが。魂の見分けがつくのは魔族ぐらいだろう。


「国に持ち帰り、王かあるいは第一王子、第二王子の妻にと考えているようだな」


 レティシアが嫁げる年になるころには、王の妻は三十を超えていることだろう。

 そして第一王子も第二王子もすでに妻のいる身だ。愛を尊び、たった一人の伴侶しか愛さないこの国がそんなところに嫁ぐことをよしとするはずがない。


「現実的ではありませんね」

「あちらはレティシア嬢が愛に狂うことを望んでいるようだ。他の男に嫁ぐことすら頷いてしまうほどの愛にな」


 そこまでの愛に身を焦がすレティシアの姿は――想像できない。

 他の男に嫁げと言われた瞬間、彼女は愛されていないと思って逃げる。


「やはり現実的ではありませんね」

「俺の弟が十の頃から求めてやまなかったものを簡単に手に入ると思われるとは、ずいぶんとなめられたものだ」


 ――愛の言葉を山ほど囁けば落ちると思いますよ。


 思わず出そうになった言葉を飲み込む。ルシアン殿下の想いについては歪曲して捉えてはいるが、異性として意識していることは確かだ。それはこれまで彼女を慕って行動し続けていた結果だろう。

 しかしルシアン殿下でなくても、愛を囁かれれば彼女は落ちる。


 ルシアン殿下について語ったときの彼女の瞳は不安と寂しさで揺れていた。あれは愛を求める者の目だ。だというのに目の前にぶら下がっている愛を否定し、逃げている。だがそれも勘違いできないほどの愛の言葉に埋めて、逃げ道を奪えば済む話だ。


「そして当人が頷けば我が国が手を緩めるとでも思っているのだろうな。いつまで経っても人を子ども扱いする馬鹿がいるような国らしい、馬鹿な考えだ」


 フレデリク殿下はローデンヴァルトをこれでもかと敵視している。母親と弟を否定されているのだから、当然といえば当然か。

 どうしてゲームでは姫君と駆け落ちするほど想えたのか、不思議でならない。


「……エミーリア姫との仲はどうなっていますか」


 だがそれは、もはや考えてもしかたのないことだ。


「なんだ、妬いているのか」

「いえ、フレデリク殿下に国を捨てられては困るだけです」

「前にも言ったと思うが、俺は国を捨てるつもりはない。エミーリアには情報を得るために近づいただけだ」


 今のフレデリク殿下は姫君に興味を抱いていない。


「エミーリア姫はどう思っているのでしょう」

「さてな。俺は触れてもいなければ、口説いてもいない。あちらがどう思おうと関係のないことだ」


 いや、それ以上に質が悪い。


 この国の王子は顔だけはよい。王妃に似たルシアン殿下はどちらかといえば儚げな印象があるが、フレデリク殿下は妖艶な雰囲気をまとっている。

 それでいて自分の顔が武器になることをよく理解している。口説いていないというのは嘘ではないだろう。ただ表情や眼差しで秘めた想いがあると見せかけて、初心な姫君から自国の内情を聞き出した。

 その様は、見ていなくとも容易に想像できる。


「……悪い人ですね」

「使えるものを使う。それだけのことだ」


 どうにもいけ好かない男だが、その心意気にだけは同意する。

 どれほど憎い相手だろうと使えるものは使う。目的のためには手段など選んではいられない。


「それで、君の方は」

「はい。こちらに」


 手に持っていた書類を机の上に置く。


 優秀で顔もよく、婚約者がいないこの男に想いを寄せる者も少なくはないだろう。

 内面を知らなければ、私も年頃の少女らしく頬のひとつぐらいは染めていたかもしれない。

 だが相好を崩し嬉々として書類を手にする姿――弟の近辺情報を得て笑っている様を見れば、百年の恋も冷める。


「これは珍しい。嫉妬に焦がれる姿とは」


 フレデリク殿下が手にしているのは、ルシアン殿下の写っている写真もどきだ。

 つい昨日、勉強会で顔を真っ赤にさせたレティシアが席を立ったときのルシアン殿下を再現したものなのだが、傍目には平時通りとしか思えない。


「嫉妬されているようには見えませんが」

「ほら、ここを見ろ。口元がわずかに引きつっているし、ペンを持つ手にも力がこもっている。それに視線が少しばかり外に向いているだろう」


 この写真もどきはあくまでも私の記憶を参考にしたものだ。記憶が薄れる前にとその場で転写したが、それでもありのままを写したものとは言い難い。

 そんなちゃちな代物でそこまでの情報を引き出すフレデリク殿下は、普通に怖いし、引く。


「やはり絵姿よりもよいな」

「……まだ商品にはできませんよ」


 絵姿よりも正確な弟の絵が欲しい。あとついでに弟の近況を知りたい。

 ただそれだけを理由に――私から与えられるかもしれない害を飲み込んで――フレデリク殿下は私と手を組んだ。


 姫君と駆け落ちするはずだった無責任王子は、とんでもないブラコン王子になっていた。

 どうしてそうなったのか――私とレティシアという不純物が、この王子をここまで残念なものにしてしまったのなら、さすがに、少しだけ憐憫の情が湧く。





 そして休みが明け、教室に置いてある私の机に異変が起きていた。


「……なるほど、ここも変わっているか」


 度を越えたマザコンはそこそこのマザコンに、無責任王子はブラコン王子に、そして詰め込まれるはずだった死骸は――

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