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第八話 一年の終わり

 ひとりで勝手に落ちこんでいたら、王子様が場を仕切りなおすように咳払いをした。


「まぁ光石については別にいいんだよ。この茶器だってわざわざ誂えたものじゃないし、あったものを持ってきただけだから」

「そうですの? 王城で使用されていたのでしたら、困っている方がいらっしゃるのでは……」

「別に、それもどうでもいいよ」


 いや、よくないだろう。

 唯我独尊な王子様は他者に対する気遣いが欠落している。


「今日はレティシア嬢に用があってきたんだ」

「あら、珍しいですわね。普段はとりとめもない話をして帰っていきますのに」

「一応普段だって意味もなくきてるわけではないよ」

「暇つぶしですわよね。存じておりますわ」

「別にそういうわけでもないんだけど……まあいいや。用っていうのは、君の兄についてだよ」

「あら、お兄様がどうされましたの?」


 温和で優しい、まさに品行方正を地でいくお兄様の何を聞きたいというのだろうか。

 殿下が気にかけるような何かがお兄様にあるとは思えず私は首を傾げた。


「来年から学園だと聞いてね。卒業後はシルヴェストル公爵の補佐で城に来ることもあるだろうから、今のうちにどういった人物なのか知っておきたいんだよ。他の人にも聞いてみたけど、これといって悪い話が出なかった。だから妹の君としてはどうなのかと思ってね」

「穏やかで優しい人ですわ。この間も私のことを心配してくれましたし、殿下のこともよい婚約者だと褒めていましたのよ」

「よい婚約者(・・・)、ねぇ……君に聞いたのは間違ってたか……?」


 今の話のどこに眉をひそめる要素があったのだろうか。お兄様と積極的な交流をもったことはないけど、優しい人なのは確かなのに。

 これはもしかすると、私に対する信頼度が低いから信じてもらえないのかもしれない。


「嘘はついておりませんわよ」

「別に君を疑ってるわけじゃないけど……君にとっては優しい兄で間違ってなさそうだし」

「とてもそうとは思えない顔をされてますわよ」


 歯に何かつまっているような澱んだ言い方に、はいそうですかと頷けるはずがない。

 気にかかることがあるのなら、さっくりさっぱり言ってしまえばいいのにと不満が募る。


「いや、思ってるよ。うん、それは本心だよ。悪い評価のない人というのは珍しいなと、そう思っただけさ」

「なら安心してくださいませ、お兄様も聖人君子ではありませんわ。少し過保護だったりと、ちゃんと人間味のある部分もございますのよ」

「それが欠点なのかは微妙だと思うけど、とりあえず城にきても問題のない人物だということはわかったよ」


 信じてもらえて何よりだ。

 それにしても、お兄様は卒業後の進路がすでに決まっているのか。公爵子息なのだから当然といえば当然だけど、公爵令嬢である私は今のところなんの進路も決まっていない。

 引きこもることを進路にはあまり考えたくない。駄目人間すぎる。


 私が学園に通うまでに、引きこもった後の進路も見つけないといけない。

 第一関門突破で喜んでいたが、婚約破棄がゴールではないのだと再認識する。婚約破棄されるのは前提条件で、その後からが私の人生の本番だ。


「それにもうすぐ眠りの週がやってくるから、その前に挨拶をしようと思ってね」


 私が決意を胸に刻んでいたら、いつの間にか話が変わっていた。

 王子様はいつでもマイペースだ。

 

「ああ、そういえばそうでしたわね。お怪我をされませんようお気をつけくださいませ」


 一年の最後は眠りの週から始まり、戦いの週を経て、再生の週がやってくる。この三週間が過ぎてようやく次の年を迎えるのだが、眠りの週は初日から人が出歩けないほどの猛吹雪が起きて、それが七日間続く。


 この世界では治癒魔法を使えるのが教会の人だけとなっているので、眠りの週に怪我をしたら、猛吹雪が終わる戦いの週を待たないといけない。軽度ならいいが、死ぬ危険性のある傷を負うと間に合わず命を落とすといった最悪の事態になりかねない。

 そのため眠りの週では決して傷を負わないようにと言われている。


「一応教会からひとり派遣されるから心配ないよ」

「そこは怪我なんてしないよと言うところですわよ」


 まあゲームではちゃんと生きてたので大丈夫だと思うけど。

 

「君は危なっかしいから、十分気をつけるんだよ」

「殿下には言われたくありませんわね」


 好奇心から猛吹雪の中に飛び出しそうだ。さすがに誰か止めるだろうけど、この王子様は危なっかしいところがある。

 二度目に会ったときには王都から出ようとしていたし、死ぬほどではないにしてもなんらかの騒動を起こしてもおかしくない。


「品行方正と言われている私にずいぶんな言いようだね」

「あら、王城には盲目な方が多いみたいですわね。それとも私の知る殿下は偽物だったのかしら」

「この私が偽物に見えるのなら君のほうが盲目なのかもしれないよ」

「そうかもしれませんわね。品行方正な殿下なんて私には見えませんもの」


 どこの誰が品行方正などと称えたのだろうか。

 王族だからといって甘やかすとろくな結果にならない。なにせ将来は底意地の悪い俺様王子だ。

 物腰は丁寧なくせに言葉の端々から漂う俺様臭。最終的には丁寧さがなくなってただの俺様になる――よく考えてみたら現時点とたいして変わらなかった。


「殿下、そろそろお時間です」


 扉の脇に立っていた騎士が金属音を鳴らしながら一歩前に出た。重そうな甲冑を着ているため、動くたびにカチャカチャ鳴っている。

 帰宅を告げるのが彼の役目で、それまでは微動だにしない。彼と言葉を交わしたのは最初の挨拶のときと、王子様に護衛を置くようにお願いしたときぐらいだろうか。

 置物の化身としか思えない彼がとても慌てていたのを覚えている。


「アドルフ様、いつもご苦労様です」


 カチャリという音と共に胸に手を当てた礼を返される。

 あまりにも喋らないから評判はあまりよくない人物だそうだけど、私としてはお喋りな男性よりも好感がもてる。

 まあ中身を見たことはないんだけど。


「それじゃあまた、来年にでも」

「殿下は多忙でしょうし、十年後でもよろしくてよ」

「多忙でも会いに来るのが婚約者の務めだよ」


 心からの言葉を笑って流された。これだからお喋りな男性は嫌だ。

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