狼さんと狩人さん
私は、足元に転がる赤頭巾ちゃんを見て小さく微笑んだ。
こんな子、食べる気なんてない。おばあさんだって食べたいだなんて思えない。
私が食べたいのは、きっともう一人だけ。狂った狂った独占欲。
狼の聴覚が、ドア一枚先の音を拾う。来てくれた。口元が歪むのが自分でもわかる。
音を立てて開かれたドア。逆光の中男が私を見る。
「狼め! 今度こそはもう悪事をできねぇようにしてやる!」
駄目だ笑顔を抑えきれない。私は笑う。幸せそうに、そして恐らく残忍に。
男が銃を構える前に立ち上がる。ベッドのスプリングで跳ね、床に着地。
「やあ狩人さん、久しぶり。なにか私に御用かな?」
「優雅に御用かななんて言ってねえで逃げたらどうだ! 撃ち殺すぞ!」
「それは怖いな」
狩人さんの銃が火を吹く。床に這いつくばり避ける。
狩猟用の銃はもっと遠距離を撃つためのものだから、狭い家の中なら四つ足の獣のほうが有利。
狩人さんが再び引き金を引く前に、その後ろに入り込む。
「ねえ狩人さん。私に貴方を食べさせてよ」
食べたいんだ。多分、貴方だけ。
こうやって騒ぎを起こせば絶対来てくれるでしょ? そんな、貴方を食べたいんだよ。
狩人さんの肩に頭を乗せる。いつだって首に牙を突き立てられる位置。
「ねえ狩人さん。狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん狩人さん」
「黙れ」
猟銃の後ろの部分が私の脇腹を打つ。ふらりと離れた瞬間回転、額に銃口が押し付けられる。
後ろに逃げたら引き金引かれてずどん。横に逃げたら銃口がついてくる。無理かな。無理だね。
食べられるのは赤頭巾ちゃんでもおばあさんでもましてや狩人さんでもなく、狼でした。狼鍋かな。
でも、食べられるのもいいね。貴方の血となり肉となる。ひとつになって私が貴方になるんだ。
「……何で逃げねえ」
「貴方に食べられたいんじゃないかな」
不機嫌そうな顔。その顔も、嫌いじゃない。
歪んでるかな。歪んでるね。
銃口が下がる。
「人前に出てくるな」
銃を下ろして狩人さんは言う。
「嫌だよ」
私は笑った。
嫌だよ。無理だよ。
何で私が騒ぎを起こすか知ってる? 何で私が逃げないで待ってるか知ってる? 何で私が人を食べないか知ってる?
狩人さんに抱きついた。重なった心臓が早い鼓動を刻む。首筋に歯を押し付ける。
「貴方に会えなくなるぐらいなら、いっそここで喰い殺してしまおうか」
END