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赤目の魔王  作者: 三色団子
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序幕

初投稿です!お暇な時にお読みくだされば幸いです。

「『皇国とは―――る。―――盾である。―――者はおらず、民は皆――である。

皇国―は正義である。幾千もある―――中で最も強き正義である』

こ―――久の時の中で、ある世界の、ある一時―――た、ある一つの―――語。

一人の―――しく、辛く、なれ――――き物語なり。

我――が魔族の王、世界の王、―――に捧ぐ。」

シャンゼリア皇国宮殿図書館所蔵『母の言』著アイム・ジオーク・グランツィア=フロイデの冒頭部分(一部破損)。



第1章 狙われた少年

 レーバ神を崇める人間の国、レーバーレ法国は今日も青空で覆われている。

その首都アサイルの大通りに面した学校で歴史の授業が行われていた。

「レーバ神は世界を作られる時、まずここレーバーレの地を作られた。

そしてかの神は世界を作られ生命で満たされた後、この地を最も敬虔な信者であった我々人間に託された。我らの国の名前であるレーバーレとはレーバ神の足元という意味である。その為、我らはこの世で神に対する感謝を忘れし者に神の素晴らしさを説かねばならぬ。よって八年前、ちょうど君達が生まれた年に我らが王、勇者アレイタス様が魔王ユーベル・ナハト・マルム・ジオーク=フロイデを倒され、悪しき国シャンゼリア皇国を滅ぼされた事は神のご意向にそった、神に我らの信心を示した行為であったのじゃ。」

 そう、礼拝服を纏った老師が子供達に説いていた。教室内に子供は40人以上もいるが、真面目に老師の話を聞いている子など片手で数えられる程度しかいない。そんな中、教室の片隅で説法を真剣な顔で聞いている少年がいた。少年の名はベール・エラトマ、年相応な外見だがその赤い瞳だけは他の者のを寄せ付けない強さを秘めている。


「そしてだな、我らが王は、」

老師が喋りだそうとした直後、授業の終わりを告げる鐘が鳴った。

机に突っ伏していた者、机の下で本を読んでいた者、隣の者と喋っていた者たちは一目散に鞄を引っ掛け、我先にと教室を走って出て行く。五分も経てば残っているのはベールと老師だけになっていた。

「最近の子供らは信心が薄いのぉ。わしの頃など、魔の国シャンゼリアを倒せと皆息巻いておったものよ。その悲願がついに達成されたというのに、子供らは経典を覚えず、若者は神を信じないとは世も末かのぉ。」

老師は深いため息をつきながら落胆を口にした。

「私は神を信じておりますよ、老師アシム様。」

「おお、そうかい。ベールは信心深い良い子じゃからな、きっと大きくなっても神のご加護を受け幸せに暮らせるじゃろうよ。」

「はい。ですが老師、老師は私たちにレーバ神は全ての命を作られたとおっしゃいました。ではそれならばなぜ魔族、はたまた魔王とはこの世に存在するのでしょうか?私はまだそこが良く分からないのです。」

 ベールは帰り支度をしながら老師に質問した。老師はこの利発な子から、幾人もの優秀であった教え子達がしてきたこの典型的な質問が出たことに目を細めた。

「ふむふむ、それは当然の疑問で良い質問じゃ」

 老師は静かにベールに歩み寄り、隣の机に腰掛けた。

「のぉベール、主はこの世界が生まれる前のことを知っておるか?」

「いえ、まだ勉強しておりません。」

帰り支度の手を止めて跪こうとするベールを制しながら老師は答える。

「この世界が生まれる前、二人の神がおられた。一人は善の神レーバ、もう一人は悪の神ジオーク。二人はとても仲が悪く、レーバ神がこの世界を作られた時、ジオークが自らの腹心を世界に潜ませたのじゃ。その者こそ初代魔王フロイデ=ジオーク。彼はレーバ神が世界を作られた後、放棄し部下である魔族を用いて世界の半分を奪った。そしてその後、分裂しながらもシャンゼリア皇国を筆頭に数多の悪しき国が生まれた。これがこの世界が作られる前からの歴史じゃ。」

「なるほど、そういうことがあったのですね。」

ベールは理解したようだった。老師は自分も帰ろうと腰をあげたが次のベールの言葉に釘付けになった。

「ですが、なぜ我々は魔族と争うのでしょうか?」

「なんじゃと?」

今まで経験した事のない質問を浴び老師は息を飲んだ。

「だって善悪という考え方は我々人の感覚であり、魔族からしてみれば我らの方が悪になるのではないでしょうか?確かにレーバ神が作られた世界の半分を奪った魔族は悪かもしれません。ですがそれはもうしょうがない事なのではないでしょうか。魔族の数は人間とほぼ同じぐらいだと教わりましたし、彼らは我々より武力の面では優れております。8年前の皇国打倒の際にも人間の死者がたくさん出たと聞いております。ならば、我々は魔族と共に手を組み生きていけないのでしょうか?この世界は作られてから長い年月を経ています。善悪という二つの事だけでこの世界を分けるのはあまり得策だとは思えないのです。例えばクルムス帝国のように神を信仰しない者もおります。私はこの前来た旅商人から聞きましたが、彼が巡った世界でもレーバ神を信仰するのは我々ぐらいで魔族と争っているのも我々ぐらいだと聞きました。私は決してレーバ神を冒涜する気もレーバ教を否定する気もございませんが、魔族と血を流しているのが我々だけというのは多少の違和感を感じます。老師、私はこの国が伝統によって魔族と戦うだけの国になってしまうのではないかと思うのです。私は私が愛する家族や友達が戦争で死んでしまうのではないかと心配してしまいます。臆病者と言われればそれまでのことなのですが…。」

老師は体が震えているのを認識した。彼は知っていたこの震えは感動の震えであるという事を。目の前にいる少年は老師の周りにいるような敬虔な神の信徒とは違う視点を持っている。そして老師はこうも知っていた、年齢的に感がえれば恐ろしい思考能力ではあるが、世に発表できるほどには本人も理論を構築できてはいないのだろう。しかし、このような新しい視点というのは常に人の世に大きな混乱を与えてきた。それが国や文化を発展させる事もあったし、滅亡させることもあった。それで老師はこの8歳の少年に感動していた。

「ふむふむ、ふむふむ。なるほど、なるほど。

ベールはとても友達思いで人の命を1番に考える優しい子なのじゃなぁ。確かに魔族を敵としているのは我らぐらいじゃ。お主の意見もよくわかる。お主のように考えて、魔族との交流を完全に断ち切ったのがクルムス帝国じゃ。だがベールよ、お主は魔族と共存したいと思うのか?」

老師の質問にベールは頬を紅潮させながら頷いた。

「それもまた良いかもしれぬ。わしも最近思っておったことじゃが、レーバ神はわしらが血を流すのを是とはしていないかもしれぬ。魔族と手を取り合い、仲良く生きていくのを望まれているかもしれぬ。」

老師は優しくベールの頭を撫でた。滑らかな黒髪がさらさらと揺れる。

「じゃがの、ベール。主の考えを偉い人たちは快く思わんかもしれぬ。このことはわしと主だけの秘密にしておこうの?」

「はい!わかりました。」

そう言ってベールは帰り支度を終えると、教室を後にした。

一人になった老師も教室を出て青空にポツリと浮かぶ雲を見つめた。

「あの子が成人するまでに上の考え方がああなっておれば、あの子も死なずに済むかもしれんのぉ。」

老師はそうポツリと呟いた。


***


ベールは学校を出ると住宅街の一角にある自分の家に着いた。平法国では一般的な作りなこの家には彼と彼の両親の3人住まいだった。

「お母様!ただいま戻りました!」

ベールは玄関を通るといつも居間で編み物をしている母の元へ向かった。彼の父は大工で日中は仕事に出ている。居間に通ずるドアを通るとやはり今日も母は何か編んでいた。

「おかえりなさい、ベール。」

優しげな笑みを浮かべ母は編んでいた物を床に置くと腕を広げた。

「お母様!」

ベールはその両腕の中に飛び込んだ、母の柔らかな胸に顔をうずめながらベールはギュッと母に抱きしめられる。学校では冷静な天才少年と呼ばれる彼も家に帰るとごく普通の童になる。

「ベール、今日の学校は楽しかったですか?」

母がベールの頭を撫でながら聞いてくる。

母はベールとは違いレーバーレ法国では一般的な黒目をしている。ちなみに父の目も黒色だ。

「はい!今日は歴史の授業があったのですが、老師アシム様に褒められました!」

ベールは敵の将を討ち取った兵士のごとく、誇らしげに腕の中から顔を上げた。

「まあ、それはとても良い事をしましたね。」

母は嬉しそうに口元を緩ませ、ベールの額に優しいキスをした。

ベールはこの母の顔がとても好きだった。この笑顔を見るため彼は今まで努力してきたと言っても過言ではない。法国では忌み嫌われる赤目のベールが腐らなかったのは努力を認めてくれた母がいた事だったのかもしれない。

「さて、夕食の支度をしなくてはなりませんね。これから買い物に行ってきます。」

「では、僕が買うものをおっしゃっていただければ買ってきます!いつもの店ですよね?」

ベールはそう行って立ち上がった。

「うふふふ、それはとても嬉しいですね。でも、今日は明日のベールの誕生日のご馳走も買うので一緒に行きましょうか。」

「本当ですか?ではすぐに着替えてきますね!」

ベールは声を弾ませて、制服から私服に着替えるため階段を駆け上がった。明日はベールの9歳の誕生日、母が編んでいた物はそのお祝いのマフラーだ。


 ベールの着替えが終わり、親子は普段から使っている店に向かった。

「お母様!僕がかごを持ちます!」

ベールは母が持つ買い物籠がだんだん食材で埋まっていくのを見て、自分が持つと申し出たが、

「ベールの力ではこの重さは持てませんよ、まだ母の方が力持ちですよ?」

母にそう笑われてしまった。


 誕生日のご馳走も買い、二人が店を出たところ、店先に人だかりができていた。ベールが中を覗くと、高価そうな鎧をつけた騎士が10人ほどこれまた立派な馬に乗り道に佇んでいた。その中でも隊長と思われるものが何か叫んでいた。

「今しがた、この地域に魔王の子が潜んでいるという情報が入った!周りにそれらしき者がいれば、我ら聖騎士に申し出よ!誠であれば国家より多大なる恩賞が与えられるぞ!繰り返す!」

聖騎士とは信心深い者から神の尖兵として選ばれた者で普段は大神殿に勤めていることが多いので、ここアサイレでも見かけるのは珍しい。

「魔王の子ですか、僕の身の回りにはいないと思いますがお母様はどうですか?」

ベールがそう母の方を振り向くと、彼女の顔にはくっきりと驚きと絶望が浮かんでいた。

「お母様!何かあったんですか?お母様!」

ベールは父が高所から転落したときより母の顔が酷いものだから、慌てて母の体を激しく揺さぶった。

「なぜここに?いや本当に?まさか!?」

母は顔を青ざめながら意味のわからない言葉を発していた。ベールは急に怖くなり母から離れると、

「離れてはなりません!こっちにきなさい!母から離れてはなりませぬ!」

と鬼のような形相で睨まれ、怒鳴られた。生まれて初めて母に叱られたベールは急いで母の手をとった。

「お、お母様?」

ベールがおずおずと母話しかけようとした時、ちょうど馬上の聖騎士がベールのことを見つけた。

「む!赤目の小僧とは珍しい!おい!ちょっとこっちに来い!よもや貴様が魔王の子か!」

聖騎士がそう言って馬を向ける。

「わ、私は確かに赤目だが、敬虔なレーバ教信者だ!魔王の子であるならば!本能的にその教えに対して疑問を抱くはずだ!誰が魔王の子なものか!」

ベールは自分が魔王の子とみなされたことよりも、両親の子ではないという疑いをかけられたことに対して激しく激昂した。

「口答えをするな小僧!我ら聖騎士は偉いのだぞ!」

聖騎士が馬の歩を速める、その瞬間、ベールの母がベールを抱きかかえ突如走り出した。

「お母様!?何をなされるのですか!?」

「むむっ!?逃げるとは、認める事と同義である!皆の者!あの親子を捉えろ!」

隊長の命令に従い聖騎士たちが一斉に走り出そうとするが、周りは人だかりで追うには手間取っている様子であった。

 

 その間にもベールの母は聖騎士との距離をぐんぐんと離して行く。

その速度は人の域を出ていて本来であれば走っても五分はかかる距離をわずか数秒で駆け抜けた。家に転がり込むようにして入ると、ベールを放り出し常に居間にあった旅行鞄を開いた。そこには服やら非常食が入っていて、わずかな隙間に財布と自らのネックレスを突っ込んだ。外からは馬の蹄の音が聞こえてくる。

「良いですか、ベール。今から母の言うことをよく聞くのです。」

何がおこったかよくわかっていないベールは鞄を渡してきた母を見て息を飲んだ。いや確かに顔は母であったが、その額から二本の小さな角が生えていて豊満だった体は隆々とした筋肉に覆われていた。ドアが蹴破られ、土足の音が響く。

「探せ!探せ!確定だ!悪の元凶だ!」

聖騎士の荒い声が、ベールの鼓動を早める。

「お母様?そのお姿は一体…。」

「いいから聞きなさい!裏庭の倉庫の下に扉があってそこに道があるの!そこを走って逃げなさい!外に出たらカバンを開いて手紙を読むのです!」

切羽詰まった声に押され、ベールは言われるがまま鞄を担いで走り出した。台所の裏口を抜け、倉庫のドアに手をかける。いつもお父様にドアは重いから一人で入ってはならないと言われていたが、ドアは力を入れずに滑るように開いた。中に入ると、奥に不自然な空間がある。ベールが幼い頃使っていたおもちゃやおまるをかき分け、そこに立つと木製の扉があった。

「よいしょっ!」

扉を開けると穴が掘ってあって、手前に梯子がかけられている。家の方からは金属音や爆音が聞こえる。何かが壊れる音がして、何かが潰れる音がする。聖騎士の怒号や、猛獣のような恐ろしい雄叫びがあがる。地面が揺れ、空気が唸る。ベールは必死に梯子をつたう。鞄は8歳の少年には少し重かったがベールにそれを気にする余裕はなかった。何が起こっているのか。理性にはある一つの現実が浮かび上がっているのだが感情がそれを否定しようとする。下まで降りると上の扉が一人でに閉まってしまった。ベールが降り立った場所からは土がトンネルのように横に掘られていた。先が見えないほど長く掘られたそこは崩れないようにだろうか、鉄で補強されていて等間隔で明かりが灯されている。長い年月をかけてここが準備されたことがうかがえる。

ベールは走り出す。肩掛け式の鞄が太ももに当たりなんども足を取られそうになるが、ベールは走った。息が切れ、酸欠になり、足が悲鳴をあげてもベールの心は恐怖にとらわれていた。

母の言葉、聖騎士の顔、今この状況、全てが指し示すのは今ベールは危ないということ。捕まれば殺される。そう本能が叫んでいる。


***


 どれくらい走っただろうか、気の遠くなるような時間走ったベールは自分の体に関心すらしていた。トンネルの終わりを見つけた時には彼の体は限界だった。トンネルの終わりには行きと同じように梯子がぶら下がっていた。星がいくつか見える事から夜であることは間違いない。

「夜の方が逃げやすいのでしょうか…。」

ベールは地上に出ることを躊躇った。自分は8歳、相手は大人でしかも武装している。勝ち目はない。しかし、ここで立ち止まっていても、あの倉庫から辿ってくれば追いつかれる。一刻の猶予もないと判断したベールは梯子に手を掛けた。ここもやはり行き同様頑丈に作られていて登りやすかった。ベールは穴から頭だけ出した。

「辺りに木が見えますね…。森なのでしょうか?家から一番近いのは公園の林ですが、あの距離から考えてエルフの森でしょうね。とすればここはレーバーレ法国領外、いくら聖騎士といえど他国の領土まで侵犯して来ようとはしないでしょう。」

エルフの森とは法国の西に広がる大深林で長命で有名なエルフの王国、ポポラテ王国領である。獰猛な魔獣や動物がいることから人間で近づくものはまずいない。ベールは穴から這い上がると、あたりを見渡した。すると、遠くに火のようなものがちらついているではないか。ベールはその火のもとへ行こうと歩き出したが、どうも先ほどから怪しげな気配がする。別にベールは特別な能力を持っているわけではないが、どうも先ほどから誰かに見られている気がするのだ。ベールが警戒していると、突如、茂みが揺れ、

「―――――!」

何者かに襲われた。


第二章 エルフの森で


 夜に深い闇の帳が降りた頃、ベールはゆっくりと起き上がった。手が何かフサフサしたものに触れる。

それは滑らかな毛皮のようで、鳥の翼のようだった。一本一本の毛が怪しげな光を放っていて、まるで生きているような、ものだった。

「ああ、やっと起きましたか。半日眠っていたので心配していたのです。怪我をしない程度に手加減したつもりでしたので。」

突然、背後から声をかけられ思わず飛び上がりそうになる。恐る恐る首だけ後ろを振り向くと、そこに闇に浮かぶ怪しげな二つの赤い光があった。どうやら瞳のようだが、瞳だとすればベールと同じ赤い目だということになる。

「待っていてください、今火を起こしますので。」

瞳の主が動くとベールが座っていたものも動いた。瞳の主は声からして女性のようだ、夜目がだんだんと効いてきて周囲の様子がわかるようになってきた。女性は慣れた手つきで火を起こすと、わずかだが暖かな焚き火ができた。

「ありがとうございます。」

ベールは礼を言おうと女性の方を向くと思わず飛び上がって叫んでしまった。

「あ、悪魔!?」

ベールの大声に眠りを邪魔された森が激しく揺れる。鳥が飛び立つ音が聞こえ、木々が腹立たしげにその枝を揺らす。

「しずかに!この森の魔獣は基本みんな昼行性ですが、獰猛なものや狡猾なものは夜に獲物を探します。いくら私が魔族であるからといっても腹を空かしむれに出くわさないとは限らないのですよ?」

女性は口元に人差し指を当てた。その行為が示すものが何かベールには分からなかったが、まじまじと女性の姿を見ても目を疑うばかりだった。

「あ、あなたは一体何者なんですか?」

「私の名はレスレダ、レスレダ=エンゲラです。元はシャンゼリア皇国で傭兵の仕事をしていたサキュバスですが、国が滅ぼされた今はこうして森で密かに暮らしているのです。」

女性、レスレダが動くたびに背中から伸びる立派な翼が月光を反射する。

サキュバスといえば夜な夜な旅人を襲い、その生力を奪ってしまう淫魔だ。

「わ、私をどうする気なんだ!」

ベールは一歩下がり、心許ないがこの魔族との距離を開ける。文献に寄れば魔族は皆、人間のそれとは比べ物にならないぐらいに強い。今のレーバーレ法国があるのだって勇者アレイタスを筆頭とした五大英雄の活躍によるものだ。ベールのような子供が勝てるわけもない。

そんなベールの様子を見て、レスレダは大きく笑い出した。

「別にあなたの力を奪おうなんて考えてもいませんよ。私は食事をすませたばかりなのでね。」

静かにしろと言っておいて、自分からそれを破るレスレダに対して少し面白くない。一体自分の身の安全を心配して何が悪いというのか。

「それはそうとあなたは一体なぜこんなところに一人でやってきたのですか?あの穴のことも気になります。お父様やお母様はどうされたのですか?」

ひとしきり笑った後でレスレダはベールに問いかけてきた。

「それは…。」

ある程度予想はしていたが、やはりこの質問に対して明確な答えをベールは持ち合わせていなかった。

「どうやら私は法国にとって邪魔な存在であるということは確かのようです。」

ベールはどうやらこの魔族のことを信用し始めたらしい。

「邪魔な存在?罪人の息子とかですか?」

「違う!」

ベールは思わず激昂する。レスレダは思わぬ声をあげられひどく驚いた様子だ。

「お母様とお父様は罪人ではない!確かにレーバ教を信仰されていなかったがとても良い方だ!ただ…。」

「ただ?」

俯いたベールにレスレダは問いかける。

「ただ、お母様は人間ではなかったらしいのです…。」

「それは…つまりあなたはお母様の実の子ではなかったということですか?」

ベールは昨日彼の身に起きたことを一部始終話した。

「そしてその聖騎士の様子から察するにどうやら私は魔王の子供のようなのです。」

「え?」

そこまで頷きながら話を聞いていたレスレダの動きが止まった。

「や、やっぱりそういう反応をされますよね。自分自身でも驚いているのです。だって僕は人間ですし、伝え聞く魔王のように魔法を使えるわけではありませんから。ばかな勘違いですよね?レスレダさん。」

 ベールははにかみながら顔を上げる、しかし、

「レスレダさん!?」

なんとレスレダは涙を流しているではないか。ベールと同じ赤い瞳から透明な涙が絶え間無く流れている、その綺麗な顔立ちの頬を伝い大粒の涙が地面にこれまた絶え間無く落ちる。動きもせずレスレダはただ涙を流している。半開きの口は空気を探し、言葉を追うように不規則に震えている。見事なその翼も力なく泥で汚れている。

「あ、あのどうしたのですか?」

ベールはレスレダの異常な反応にこわごわと話しかけた。その直後、レスレダが突然ベールを抱きしめた。翼で体を包み込まれ、ベールは頬に彼女の涙を感じた。

「良かった…。」

レスレダが絞り出すようにして言葉を発した。

「あなたが生きていて、本当に良かった…。」

ベールは振りほどこうともがいてみるがレスレダの抱擁は、ベールが一度学校で大喧嘩した時にボロボロになって帰ってきた時に母に受けた抱擁を彷彿させるほどに力強く、柔らかな優しさに満ちていた。淫魔のサキュバスとはとても思えないその温もりは今まで気丈に振る舞ってきたベールの傷ついた心を温めるのには十分なものだった。

「レスレダさん!一体どうしたんですか!離してください!そんな風に抱きしめられたら、私は、僕は…」

ベールの頬を暖かな涙が伝う。彼にとって、彼の幸せとは両親との暮らしそのものだった。それが失われた今、この少年はどこか生きる意味を見失っていたのかもしれない。親との別れというのは8歳の少年が受けるにはあまりに過酷で急な試練だ。その少年の氷で閉ざされた心は今雪解けを迎えた。

うえーん、うえーんと子供は泣いた。ひっく、ひっくと女は泣いた。

森が悲しき夜を越え明るき朝へと向かう中、小鳥が一匹さえずった。

東の空から日が昇る中、世界とベールは2回目の誕生日を迎える。

東の空に雲が立ち込め、日をさえぎった。








最後まで読んでくださりありがとうございます。まだまだ若輩者ゆえ、至らぬ部分が諸所あると思われます。ご意見、ご感想等お待ちしております。続きは出来次第投稿しようと思っております。それでは。

今日もあなたが美味しいお団子と巡り会えますように。


三色団子

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