5.いろいろいうけどソフトクリームがほしい
「まだ終わってないわよ!膝をつくのはセーフでしょ!?」
甲冑の薄い脇を攻撃された痛みがまだ引いていないようでバルディッシュを杖のように使いながら立ち上がる。胴体の甲冑は攻撃の衝撃で一部が変形している。
「軽いクレイモアの横振りで甲冑をへこませるってどんな馬鹿力してるのよ、あんた!」
彼女はバルディッシュを前に構える。力を振り絞っているのだろうか、震えを声に乗せながら毒蛇を罵倒する。
「私にしてみれば、そんな重くて使いずらいバルディッシュを使っているお前の方が“馬鹿”力だと思うぞ」
“馬鹿”という言葉を強調する毒蛇。
「この武器が私にあってるのよ。そんなほっそーい剣なんか使ってらんないわ。試しにほら、その剣で私の“馬鹿“力を試してみる?頭ごと真っ二つに叩き割ってやるわ」
「面白い、やれるものならやってみろ。私が何故“毒蛇”と呼ばれているのか教えてやる」
左手で剣先を、右手で柄を持ち、左足を前に出し、体を横に向け、剣先を相手に向ける。腕と膝は少し曲げ、体の可動域を確保している。“毒蛇の構え”、ハーフソードの基本的な構えであって両手剣使いであれば最初に習得するだろう構え。だが彼女の構えは傍から見ても隙が一片もない。生半可な努力では成しえない“習熟さ“を醸し出していた。
甲女試合…これは練習試合らしいが、久しぶりに甲女試合を観戦すると昔を思い出し心が沸き立つ。
熱い闘志に熱い甲冑の中。
彼女たちの雄叫びを聞きながら後ろへと目をやると「ちよ」と大きく胴体に彫刻が掘られた甲冑が目に入る。
濁った黒色の甲冑は薄暗い店内に同化してぱっと見ではわかりづらい。だがその溢れんばかりの威厳は隠しようがない。
今はもう甲冑を着るのも無理になってしまったねぇ…。
感傷に浸っていると何やら声が聞こえてきた。小さい女の子の声。
「ん?何事かねぇ?」
背伸びをしてショーケースから頭を出して声が聞こえる方を向くと小学生低学年ぐらいだろうか。騎士のぬいぐるみを抱えた小さい女の子が泣いていた。
「お腹すいた、100段ソフトクリームが食べたいよ」
どうやら100段ソフトクリームを食べに来たのはいいものの、甲女試合が始まるから近づけなくなってしまったようだ。
「あらあら、可哀そうにねぇ。どうしようか」
「あの~、すみません」
「ん?なんだい?」
聞きなれない少女の声が聞こえる。その声に応えて周りを見渡すがどこにも見当たらない。
「おばあちゃん、ここです」
そう聞こえるとガラスケースのすぐ向こうにアンテナのような赤紫色をした髪の毛がぴょこっと出てきた。
「お、おやぁ、最近の髪の毛は喋るのかい?」
「シッー!おばあちゃん静かにお願いします」
赤い瞳と赤紫色の髪を持った少女が現れた。肩の少し上ぐらいまで伸びたその髪は丁寧に手入れしてあるのかきめ細かい。そよ風であっても風に乗るように揺れ動きそうな可憐さがあった。
「おばあちゃん、申し訳ないんですが…。あの子のために100段ソフトクリーム…?を作ってくれませんか?」
そう言って指差す先にはお腹が空いたと泣いている女の子。
「なんだい、あの子に届けてくれるのかい?優しいねぇ。ん?その制服…雨潜高校の子かい?」
彼女が着ている制服には見覚えがあったが、この子自体には見覚えがなかった。
「実は今日転校してきたばっかりで…」
「なるほどね。そりゃ見かけたことないわけだねぇ。とりあえず作ろうかね」
「ありがとうございます!」
「それにしてもなんでこそこそしているんだい?別にやましいことなんてないだろう?」
「はは…、ええちょっと…」
なんだか先程から後ろや周りを気にしていて、何かから隠れようとしているようだ。何か理由があるのだろうか。
「きゃーーー!」
突然叫び声が聞こえてきたかと思えば、鉄の塊が飛んできた。店の前に転がる鉄の塊。それは甲冑を着た少女。雨潜のバルディッシュ持ちだった。
飛ばされた彼女のバルディッシュが空から地面へと落ち、地面へと倒れる。
「おい。お前何をしている?お前だ、”赤紫”」
クレイモアを右肩に乗せ、毒蛇の牙をこの雨潜の子に向けていた。
「ひゃ、100段ソフトクリームを注文しようとしただけです」
「それはダメだ。甲女試合当日において当事校の生徒は注文できないはずだ。ちよさん、失念されていましたか?」
少しばかり考える。ああ、そうだった。そういえばそんな規則があったような…。うちの店で甲女試合を全くやらないから忘れてしまっていた。
「あらぁ、申し訳ないねぇ。忘れちゃっていたよ。これだから齢は取りたくないねぇ」
「私のじゃないんです。あそこにいる、女の子にあげようかと思ったんです」
「なに?」
えんえんと泣きじゃくる女の子に視線をやる毒蛇。視線に気づいたのか、きょとんとする女の子。
少し上を向き、一瞬考える素振りをした毒蛇は雨潜の子へ話しかける。
「そうか。ならいいだろう」
「あ、ありがとうございます」
「だが、一つ条件がある。」
毒蛇が一歩前へと出る。スリットから覗いた黄色い目から鋭い視線を雨潜の子へと突き刺す。
「私と決闘しろ」
雨潜の子が驚愕して拒否する。
「そんな…!私は甲女では…甲女ではありません…甲女ではないんです」
「そんなことは関係ない。練習試合だったとはいえ、試合場に入りコソコソと注文しようとするのは気に入らない。それに、欲しければ自分の力を使って手に入れてみろ。それが私たち甲女の生き方だ。例え、お前が甲女ではないとしても、ここは私たちのフィールド…そこに土足で踏み込んだ以上、こちらのルールに従うものだろう?」
「で、でも甲冑も武器も持っていません!」
「ここに落ちてるじゃないか」
足元に倒れているバルディッシュ持ちの甲女に視線をやる毒蛇。
「こいつの甲冑だけベルトの位置やパーツが改造してある。オリジナルの甲冑より簡単かつ一人で装着可能になっているやつだ。剣筋からして大雑把なやつだったからな。どうせ装着が面倒で簡易式を選んだんだろう。“甲冑には装着者の性格が出る“と言われるがまさにこのことだな。叩き起こして貸してもらうんだな」
「で、でも…。私は…」
不安そうな顔で俯き、胸の辺りを抑える彼女。その横顔は今にも泣きだしそうだった。彼女は俯いたまま答える。
「わかりました。勝てば100段ソフトクリームを作ってもらえるんですね?」
「もちろんだ」
背を向け道路中央へと歩き出す毒蛇。
赤紫の子は倒れてる小柄な甲女へと向かうとしゃがんで、兜を優しく叩いて意識があるか確認し始めた。
「あの、すみません。大丈夫ですか?起きてますか?生きてはいるみたいだけど…」
死んでいたらとんでもない。この様子だと気絶しているようだが…。
「すみません…。そしたら甲冑を少しお借りします。ごめんなさい」
兜裏についているベルトを慣れた手つきで外す彼女。甲女ではないとは言っていたけど経験者なのだろうか?
「髪の毛が引っかかって…、えいっ!」
ショーケース越しだというのに小柄な甲女の赤い髪の毛が何本か千切れる音が聞こえた。
痛みで眉間に皺を寄せ、小さなうめき声をあげる彼女。まだまだ起きないようだが…。
「保護帽は…一体型だからつけるだけかな?」
兜をかぶる前に布などの緩衝材をかぶる必要がある。これがないと武器の衝撃が直接内側に伝わってしまうため、武器が貫通しなくても骨折や打撲することがあるのだ。
この子、経験者だ。
外した兜を被り、ベルトを締める。外れないか両手で兜を動かして確認すると、バルディッシュを拾う。
あれ?次は胴体の甲冑ではないのだろうか?私だけではなく観衆を含めたあらゆる人が彼女に注目し、一瞬静寂が訪れる。
「準備ができました」
雨潜の青い制服とスカートには不相応な黒い傷だらけの兜を被り、兜の下から赤紫の髪をなびかせ、バルディッシュ片手に毒蛇へと対峙する彼女。
この子を経験者だと思ったのは間違いだったようだ。




