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転生勇者とおまけの剣  作者: 帽子屋
プロローグ
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回復魔術を使ってみた

士郎の一日。

 世界を守らねばならない。


 士郎が抱いていた漠然とした使命感は、春人と出会ってから徐々に消えていった。

 自分は勇者では無い。

 今ではそう、素直に思える。

 そもそも現世には人間を襲い糧とする魔物も存在しない。

 人同士、国同士は利己的に争いを重ねているが、それは当事者が解決すべきで、勇者が剣を振るう相手では無い。

 そして士郎は勇者ではなく、ただの子供なのだ。


 前世でも現世でも、ひたむきに己が使命へ邁進して来た。

 でも。

 シロキオンではなく、士郎として生きて行こう。

 後悔はしたくない。だから自らを磨くことは怠らない。でも護るのはまだ子供のこの小さな手の届く範囲で良いではないか。

 それすら、思い上がりなのかも知れないが。

 彼を慈しむ人達を、士郎もまた護りたいと願い、それくらいは叶えられるよう鍛えてきた自負もある。


 剣の腕だけではない。


 修行と戦いに明け暮れた前世と違い、今は時を余している。

 剣を抱えたまま、樹にもたれて微睡む夜の代わりに柔らかな布団の中で深く寝む。

 ほんの二時間ほどで疲れは癒え目は冴えるのだが、起き出す訳にもいかず、日が昇るまでは本をめくりながら思索を重ねる。

 夜が明ければ、そっと家を抜け出して走りこむ。

 足場は良く、鎧を着込んでいる訳でもない。どれだけ走っても児戯に等しい。

 家族が目覚める前に帰宅し、素振りを始める。

 近場の道場では全く物足りず月に一度は出稽古に向かうが、得るものは少ない。

 気慰みに他の武術も習ってみたが、さして苦労することもなく大体こなせてしまう。

 武を極めるというのならぜひ射撃なども嗜みたかったが、それとなく家族に打診した後、サンタクロースが置いてくれた戦隊玩具の銃を見て、まぁ、大人になってからで良いかと保留にする。


 勉学は面白い。

 貴族や錬金術師との交流も多かったので、平民の出自にしては学があった。意欲のあるシロキオンに仲間のエルフが面白がって語り聴かせた事も、記憶に残っている。

 そんな下地があるにもかかわらず、学校で学ぶ全てが目新しく興味深い。

 魔物の惧れ無く紡がれた歴史や芸術も、魔力や精霊の助けなく培われた文化も。

 彼が命を賭けたかの世界も、このように豊かな未来を得ただろうか。

 日中は子供らしく学んだり、友達とボール遊びをしたり、雑務をこなしたりしながら学び舎で過ごす。


 夕刻になれば料理の腕を磨く。

 狩に出る必要も肉を捌く手間もない。水を汲み、薪を割り、火をおこすことも不要だ。

 修練と言うには易しすぎるが、多忙な家族は彼の()()()()を歓迎してくれる。

 スーパーには、較べれば王宮の食糧庫も見劣るに違いない様々な食材があり、何度訪れても楽しい。

 魅惑的な菓子や果物の山を耐えて、体に良いとされる食材を買い求める。

 前世では貴重だった砂糖や塩も潤沢だ。

 初めて独りでの料理を許された時に総て甘い味付けで供し、食べ物で遊ぶなと珍しく叱責を受けてしまった。尤も士郎は、研鑽を重ねた今でも、あの時ほど美味いものは作れていないと思っている。

 風呂に湯を張り一番風呂を堪能したあとは、ピアノやバイオリンを弾いたり、ゲームなどをして家族との時間を過ごす。


 なんと充実した人生だろうか。



 前世での成年の歳を過ぎ、僅かに魔力の気配も感知出来るようになった。

 ただ、なんだかとても厭な気配である。


「ハルは魔力をかんじるかい?」

 台風の接近で休校になった日、士郎は近所の春人の部屋に上り込むなりそう言った。

「は?魔法も使えるの?どんだけチートだよ。」

 茶菓子を出しながら、春人。

「どんな魔術でもすぐさま覚えられる能力を願った筈なんだけど。残念ながら、最近ようやく魔力が分かるようになった位で。」

 甘党の士郎は早速菓子鉢に手を伸ばす。

「あー。オレはコーヒーが飲めるようになった。」

「真面目な話をしているんだが。」

 憮然と士郎。

「オレのビョーキは治ったの。シロも早く治るといいな。」

 ビョンっと春人にデコピンをする。

「ってぇ!」

「…思春期だから攻撃衝動の閾値が低くなっている。」

「中身おっさんの癖に。痛え。魔法が使えるなら治せ?」

 別に春人も士郎の発言を疑ってはいない。

 ただ、思いつめた面持ちの士郎を揶揄しただけだ。

 確かに転生云々に関してはなんの証拠もない。特に剣だった、という自分の前世は全く記憶に無く、士郎から伝え聞く話で自らを知るという不思議な体験を重ねるばかりだ。

 それでも、士郎の厨二病そのもののような語りも、彼が話すのであれば全て本当の事なのだろう。

「おっさんじゃない。六人の許嫁を遺して早逝したんだ。」

「それに12を足すと?」

「…。ぼくはちゅーにびょーです。」

 拗ねた。

 春人は苦笑して、まだうっすら痛む額を指差す。

「魔法陣とか呪文詠唱とか必要なん?」

「どうだろう。チートスキルだし、無詠唱?うん、やってみるか。」

 ふっ、と息を吐いてから集中する。

 ざわり、と不快な気配を堪えて魔力を掻き集め軀に取り込むイメージ。

「っ、」

 転生してからはついぞ感じた事のない、痛み。

(なんだ、コレは?)

 まだ、耐えられる。

 まだ、魔力が足りない。

 ぷつぷつと汗が湧き、苦鳴が口から漏れる。

 尋常でない士郎の様子に春人が手を伸ばした時、術は発動した。


 ほぅ、と春人の額がほんのり温まり、忘れるほどの些細な痛みが消えた。

 いや、消えた筈だ。

 ごふっと吐血して倒れた士郎に動転し、そんな事はすっかり意識の外である。

 慌てふためき救急車を呼びかねない春人の脚を掴む。

 倒れ伏したまま、荒く息を吐く。が、大したダメージでは、無い。まだ、戦える。

 思いかけて、嗤う。

 何かと戦っていたわけでは無い。ほんの初級の魔術を発しただけだ。


 チョコレートを食べ過ぎた士郎が鼻血を吹いた。

 そういう事に、その日はなった。

幼児期:全然寝ないし、すぐおもちゃを振り回す、困った子ども。

小学生:沢山の習い事や忙しい時ほどお手伝いをしたがる、若干手のかかる子ども。

中学生:サッカー部エースで生徒会役員。優等生だが密かに魔法の特訓に励んでいるらしい普通の少年。


親から見た士郎。

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