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転生勇者とおまけの剣  作者: 帽子屋
獣人の森
19/151

見参

 それは、村の広場に降り立つと。

 額の汗を拭い、髪を直し、スカートの裾をはたき。

 にっこりと微笑んで、佇む。


 だが、しん、と静まり返り、待てど暮らせど迎えに出る者はいない。


「ヌコさあん!いるんでしょう?」

 竜型だと一層恐れられるので、わざわざ飛翔魔術を行使して森を抜けて来たというのに。


 何という事でしょう、誰もいないわ。


 煌華がキョロキョロと辺りを見回す。

 その様子を、気配と姿を必死でかくしながら獣人達が遠巻きにしている。

 一人の子どもが恐怖の余りちびって、泣いた。

 聞きつけた煌華が、にこおっと微笑んだまま近づこうとするのを。

「ぬぬぬぬこさんて、だだだだれですか?」

 その子の父親なのか、ぶるぶる震えながら一人の獣人が現れ、声をかけてきた。

「あら、初めまして。お邪魔いたします。ヌコさんは、猫耳でしゅるんとした尻尾の美味し、いえ、可愛らしい青年ですわ。こちらに人間どもと向かった筈なのですが?」

「お、おおおまちくださいいぃ」

 即座に。

 煌華の足元へズタボロのウィラードと瀕死のシロンとヌコが捧げられた。


「ヌコさん、御機嫌よう?あまり顔色がよろしくないわね。」

 心配そうに煌華に言われて、我に返ったヌコが地にひれ伏す。

「シロン様を助けて下さい!お願いです!にゃんでもします!」

「嬢ちゃん、俺も。」

 ウィラードが治癒の便乗を願いでる。

「なん、でも?」

 煌華のキランキランの眼差しに気絶しそうになるのを耐えて、ヌコは頷く。

 遠巻きの獣人達は彼の雄姿に感嘆している。

「お安い事ですわ。わたくし達、お友達ですもの。困っているヌコさんをお助けするのは当然です!」

 言いながらも、何をヌコに命じようかしらと妄想に耽る煌華である。涎が止まらない。

「助けて下さるんですか?」

 ヌコが自分から煌華の手を取る。

 おおお!

 獣人達に驚愕が走る。

「も、もちろんよ。ヒール!」

 ヌコとウィラードは奇跡を待つ。

 シロンは目覚めぬ。

 ウィラードの傷もズキズキと痛むままだ。

「何よ。治ってるじゃない。」

 文句ある?とばかりに煌華が指差してきた手首を見る。

 鉄鎖で抉れたままの痛々しい傷跡をみて、ウィラードが無言で問う。どの辺が治っているのか?と。

「ここよ!」

 つかつかと近寄り、ビシッと形の良い指で傷口を指す。

「ゔおぉ、」

 結構な痩せ我慢をかなぐり捨てて、ウィラードさん、悶絶。

 ヌコがその指差している傷を覗くと、ちんみりとかさぶたが出来ている。

 これは、駄目だ。

「ウィラードさんはほっといていいですから、シロン様を目覚めさせて下さい!シロン様ならちゃんとしたヒールが使えます!」

「そうね。この虫け、いえ、人間はそういうの得意そうですもの。流石はヌコさん。起こせばいいのね?」

 せーので、形の良い脚をすらりと回して、蹴った。

 瀕死のシロンを慌てて庇い、蹴られたのはヌコである。

「にゃにをするんだ!バカ女。そのへっぽこヒールを、」

 素でどなりかけ、相手が幻獣なのを思い出す。

「ヒールを沢山かけて下さいにゃ。」

「任せなさい!」

 タメ口を叩かれた煌華は蕩然とした顔でへっぽこヒールをかけ続ける。

 ああ、もう獣人さんてば、怒ってもなんて愛らしいのかしら、ふふふ。

 間違いなく脳内で何か妖しい物質が分泌されている顔だ。

 遠巻きの獣人達の間では、ヌコが勇者認定されている。

 幻獣に、触ったぞ。凄え!

 幻獣に、怒鳴ったぞ。凄え!

 幻獣に、命じたぞ。まじ、凄えぇ!

 そうこうしている間に、絆創膏魔法が効いたのかシロンがうっすら目を開ける。

「シロン様!聞こえますか?ヒールです、ヒール。」

「…どこ、怪我?…待って、いま、」

「俺じゃにゃい。シロン様、毒です。死にかけているんですよう。」

「毒?何の…確認して…治療、」

「回復魔法です!とにかく最大にかけて下さい!」

「まきしまむ、ヒール。」



 ちょっと、やり過ぎたかもしれない。

 すっきりした頭でシロンは反省する。

 今世で初めて魔力切れを起こしてしまった。

 発動の中心部にいたシロン達は、産まれたての赤児ごとくつやつやの柔肌だ。

 ささくれ一つない。

 側にいたウィラードも、当然傷跡も痛みも消えてほっとしている。

 その顔ももちもちのぷるぷるになり、酷く似合わない。

 うん、やり過ぎた。

 獣人の村はおろか、魔の森の端の方まで魔術が行き渡ったようだ。

 もっとも、距離に従ってその威力は衰退するので騒ぎになる事も無いだろう。

「良いわね、これ。」

 何故か煌華が傍らに仁王立ちし、ニンマリしているのを除けば。


 ウィラードが、代表して尋ねた。

「嬢ちゃん、何でここに居るんだ?」

 と。

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