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転生勇者とおまけの剣  作者: 帽子屋
春への扉
144/151

王様に魔法は掛かっていないので靴は自分で拾うし、ダンスも練習する必要がある

 力尽き書類の山に突っ伏したままのシロをヨンが担ぎ上げて側の長椅子に寝かせる。

 額や頬に鮮やかな鏡字。

「勝手に休ませるな。叩き起こせ。」

「働かせすぎだ。お主も少し寝む方がいいと思うがな。」

 穏やかに言われてミルガルムは手を止めてまじまじとヨンを見た。

 視界に入れば大男なのだが、足音も衣擦れの音もなく存在も希薄である。

 こんなデカブツがうろついていたのに邪魔に思いもしないでいた事をようやく気づいて眉をひそめた。

「貴様、何者…は、どうでもいいか。どうせ只者ではないな。暇ならその書類を代わりに書きあげろ。」

「自慢じゃないが、事務仕事は出来ないぞ。そもそも、これは文官の仕事だろう。」

「その文官がいない。見つける暇も無い。」

「探す気が無いだけだ。なまじお主もシロも他の武官もこなせてしまうのが弊害だな。私のように全く得手でなければ他を当たるしかない。」

 にやりとヨンがうそぶいた。

 どちらかといえば武が不得手な文人達から祭り上げられた闘神である。

 コウとユアを除いて名だたる武人は全て敵、そんな戦をこなしてきた。

「一応きいておく。貴様の得手は何だ?」

「この国力と武力があればブライデルとイズーリアの王にしてやれる。その後でならホムカもいけるか。」

 暇に任せて一通りリデルを見てきた感想を述べる。

 ミルガルムは唖然とヨンを見つめた。

「大陸の王にならぬか?」

 気の抜けた間抜け面が面白いので唆してみる。

「大陸の王になったら、布団でぐっすり眠れるか?」

 すぐさま視線を手元の書類に落として、表情を読ませない。

 うん面白い、とヨンは思った。

「おぬしがその気なら今でも布団で寝むくらいは出来るだろうが。」

「…どうせ寝る間も無いならリデルの王も大陸の王も同じか。酒と飯と女で雇えるんだったか?」

「欲しいのは麻雀の相手だがな。人に仕えるのは初めてだ。よしなに頼むぞ。」

 ぼとり、と今度はペンを落とした。

 只の剣馬鹿かと思いきや次々意表を突いてくる。

 つまりはどこぞの王だったのか。


 勢いでどうやらまた変な輩を部下にしてしまったらしい。

 そしてあからさまに武人である。

 今、欲しいのは文官だ。

 剣よりペンを握れる者は居ないのか。

 大陸の前にこの机を征したい。

「名は?」

「ヨンだ。」

「ではヨンを左将軍に任ず。鉱都が不穏な動きを見せている。代行視察と、場合によっては制圧を命じる。ついでにフェルクを中将軍、カリオンを右将軍に任じる。」

 さらさらと書状を書いて三枚ともヨンに預ける。

「こういう物は、本人に直接渡すべきだと思うがな。」

「直接会ったら彼奴ら絶対断るからな。待て、あと三通。」

 再びさらさらと書く。

「成る程、文官要らずだな。」

「うるさい。使えそうな者がいたら送り込め。一人採用で、酒樽十樽やろう。」

「それは良い。で、この書状は?」

「リュヘルは宰相、ヤヌカは外交、ナーダルに通商。それぞれ正式に任命する。探して渡せ。それからジャムスもこちらへ呼び戻せ。」

「伝令も居ないのか。存外人使いが荒い。さて、それでこの者はどう使いこなす?」

 面白そうにぐっすり寝ているシロを指す。

「俺よりブライデルに仕えたい人物がいるらしい。」

「すんなり手放すか。」

「は?まさか。」

 ただ手放すくらいなら今寝首を掻く。

「ソレは俺の息子だ。次期王。ブライデルでも何処へでも行くがいい。だが時期が来たら王座につける。」

「は、ははは。成る程、身内に取り込むか。だが納得するかな?」

「今までそいつが押してきたのは王太子印だ。その名の元にどれだけ采配したか。今更知らず存ぜずで済まぬくらいにはな。」

「おお、なんと腹黒い。」

「リュヘルの策だ。聞いたからには貴様にも協力してもらうぞ。」

「仕えると決めたからには今更骨身惜しまぬが、企み事は性分でない。使い所はなるべく正面切って剣を握る場にして欲しいが。」

「金がかかる。謀で済むならそれに越したことはない。」

「頭の良い輩は皆、そういう。拳で語らうのも悪くはないぞ?」

「剣を抜けばまず歩兵から死ぬ。将が策を練らずにどうする。将軍職は早まったか。」

「歩兵など。己れが攻め入れば済む。か弱き者に何故先陣を切らせる必要がある?」

「…前提がおかしいな。普通、戦は将が指揮をして兵同士を戦わせる。」

「下兵を掃討するより敵将を抑えるべきだろう?」

 はあああ、とミルガルムは大きく息を吐いた。

 この天井にどっかり大穴を開けたら気も晴れそうだが。

「さて、私はこの書状を届ければ良いのだったな。あとは鉱都、だったか。王太子殿下にまで仕えるかどうかは決めかねるが、王には存分に仕え奉るぞ。」

 よい退屈しのぎ、とばかりの口調に靴を脱いで顔面に投げつけてやる。

 ひょいと躱して拾う素振りも見せずにやにやとヨンは退室。

 所在無げに転がる靴をやむなく自分で拾って、ついでに急須に手をかざし湯を入れる。

 注いだ茶は色も香りももはや無く、白湯も同然だった。

 王になったはずなのに。


 後日、姿形のかけらも似ていないジャムスを王の影武者だと言い張って仕事を半分押し付けたミルガルムだが、空いた時間はリュヘルにしっかり握られて、カリオン、ナーダルと共に上級貴族のマナー練習、果てはダンスまで習わされる羽目になった。

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