幻獣の棲
月下の行軍、もとい散策は徐々に険しい道行となる。
「この足場の悪さは、荷車を牽いてはむりですなあ。」
ぼりぼりと無精髭を掻きながら、ウィラード。
「舗装するにしても道幅を拡げる必要があるね。あふ。」
シロンも欠伸交じりに応える。
早朝に荘園を出立して、ようやく野営に荷を降ろしたのも束の間。
幻獣の襲撃を受けた後は、問答無用のドナドナである。
流石のシロンも疲労が見える。
むろん、シロキオンの頃の旅と比べたらお散歩の様なものなので足を止める事はない。
「ハル、置いていくよ?」
「むしろ、置いて行って?もう歩けません。」
一方、小岩のごとく座り込むハル。
「コーカさんの背に乗せてもらう?」
「是非、乗せていただきたい。」「はげどー。」
ウィラードとハルがコクコク頷く。
ヌコが振り返ってジト目で見つめる。
「足元お気をつけあそばせ?」
煌華に腕をガシッと組まれてそのまま牽引されていく。
夜が白々と明ける頃、道を閉ざす岩壁の前。
「ようこそ、我らが棲家へ。」
煌華がヌコへにっこり微笑んだ。
岩壁、は幻像であった。
そのまま煌華がすり抜ける。
引き摺られてヌコも、岩壁に消える。
「岩壁じゃないんだ。よく出来てる。」
シロンが手を伸ばし、何も触れないので今度は足を突っ込む。
「岩壁?」
まじまじと、ハル。幻獣である彼の目にはほとんど透過していて先の通路が見えている。
シロンとウィラードの妙な動作がなんだか面白い。
「あ、石畳だ。」
そう呟いてシロン、続いてウィラードが岩壁を抜けてきた。
岩壁の向こうに残してきた荒涼と、そして険しい山道が、既に幻影だったのだろうか。
それとも、今進む道が幻なのであろうか。
一同の歩む広々とした石畳の道の両脇には、見事な庭園が広がっている。
朝露にしっとり濡れた芝と、陽を感じてほころび始めた花々の香り。
さらにその向こうには木立も見える。
そして正面に、白亜の宮殿があった。
宮殿、と言ってよいのであろうか。
館と呼ぶには巨大であり、宮殿と呼び切るにはどうにも歪だ。
庭園の見事さに対して、とても落ち着かない建て具合である。
石畳の突きあたりに中へ誘う大きなアーチが空いている。
扉は無く、仄暗い屋内が垣間見えていた。
時を経て増改築されたのか、はたまた建て途中に気が変わってしまったのか。
白亜、という辛うじての統一感を除いて窓の大きさもまちまちで、奥には高さも形も不揃いな塔が連なっている。
屋内に入り、ウィラードが無言のまま後ろ首をさする。
無人であるのに、痛いほどの気配。
シロンもあからさまな殺意の中、剣に手を伸ばしたくなるのを抑え、進む。
仄暗く、迷路のように入り組んだ廊下を抜け、煌華が一つの扉を開けた。
「気がきくじゃない。」
誰に向けた呟きなのか。
居心地よく設えられた部屋に、まだ湯気の立つ食事やお茶が用意されていた。
「では、お疲れでしょう。しばしお寛ぎあそばせ、ヌコさん。晩餐の前に声をおかけいたしますわ。それまではどうぞご自由になさって。…他の者はこの部屋から出ない事ね。」
命が惜しければ、と言わずもがなの台詞は省略し。
ばたん、と扉を閉めて煌華が立ち去った。
へたり。
とたんに、ヌコが床に座り込む。
「よく耐えたね。ヌコのおかげで幻獣達と話が出来そうだよ。」
シロンが労う。
「はー、うまそう。お、風呂も沸いてるぞ。ふかふかのベッドも!最初はごはんっ、次はふろっ、最後にあなたっ…そこまでのサービスはないか。」
布団をめくってみて、ハルが残念がる。
「呑気ですなぁ幻獣どのは。」
まだひしひしと感じる殺意にウィラードがぼやく。
「人間に対してだからね。部屋から出なければ危険もないだろう。さあ、みんな冷めぬうちにいただこう。」
湯を浴び、用意されていた服に袖を通す。
現れたハルの姿に、シロンが肩で笑う。
半ズボン。
膝の出ている吊りつきの、見た目は子ども中身は大人、というヤツである。
「笑ってるけどな、お子ちゃま。お前の分もこれと同じだぞ?」
「ええー。着替えなくて、いいよ。」
「いやいや、お前、相当ぼろぼろになってるぞ。」
「あー。」
怪我は癒したものの、確かに服は穴だらけの血だらけである。
「自分でも言っていただろう?誰も襲って来ねーよ。風呂へ行って来い。」
ぱちぱちと瞬き。
「気づいてた?」
「記憶こそ残ってないけどな、俺はお前の剣だったんだぞ。んな、ピリピリしていてこっちまで落ち着かないっての。」
「それは悪かったね。…この部屋に居れば大丈夫、という信用が全く出来ない気配がいくつかあって。」
「危ないヤツだなあ。コーカさん呼んで叱って貰うか。」
「敷地外に出てまで攻撃してきたコーカさんが一番短気だと思うけどね。」
「それは、…そうだな。まあ、誰か襲ってきたらとりあえず土下座しとくから、お前も少し休んで来い?」
「戦わないんだ。じゃあ、任せたよ。僕たちの命運は君の土下座にかけたから。」
「任せとけ。ブラック社畜のノウハウを炸裂させてやるぜ!」
短パン小僧は力強く胸を張るのであった。
#一話にまとめました




