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転生勇者とおまけの剣  作者: 帽子屋
至宝と呼ばれて
124/151

腹黒

 リデルではアルゴが、ブライデルではウィラードがそれぞれ癖の強い者達からヒアリングを敢行し情報共有を果たした後の事。


「アルゴ!アルゴ戻っているんだろう?エリムの話は本当なのか?ジャムス殿下が、」

 ばんっと扉が開いてアルゴによく似た男がぴたりと口を噤んだ。

「兄上、」

 流石は兄弟、行動の既視感が半端ない。

 すう、と視線が中にいる面々の上を走り、サーシャの膝枕でゆるゆると惰眠を貪っている男で止まった。

「さ、サーリフの腹黒悪魔っ、」

「ぷはっ、至宝より納得出来る二つ名だな。」

 呟きをすかさずハルがレシーブする。

 リュヘルが薄眼を開けて乱入者をチラ見した。

 見て、狸寝入りに戻る。

 酷い。

 硬直した兄の肘をアルゴが引いて密談態勢をとる。

「兄上、早いお戻りだね。殿下がどうしたって?」

「あ、ああ。お前の客人の話は本当なのか?ミルガルムが殿下を弑虐したともっぱらの噂なのだが。」

「どこの噂ですか?」

「第二王子のところに五騎士のうちの誰かが転がり込んだらしい。あそこは昔、ミルガルムと一悶着あったからな。なあ、アルゴ。腹黒が何故うちに居るんだ?」

「兄上、聞こえますよ。」

「どうせ狸だ。聞いてない振りくらいはするだろう?」

 ハルが後ろで爆笑しているが、とりあえず無視する。

「ジャムス殿下はご健勝です。僕が癒しましたからね。五騎士とやらは殿下に張り付いていた側近の方々の事でしょうか?」

 既に挨拶済みのシロが密談にはやや声の大きい会話に割って入った。

 リデルの揉め事に関心があるというよりも、ヒースの小言から逃れる為だ。

「そこは腹黒さんが誰の事か念押ししようぜ?」

「うちの至宝様を腹黒扱いとは聞き捨てならないな。」

 念押ししてしまったのはライカだった。

 酔眼でゆらと立ち上がり、先の闘気がいまだ滾っているのかハルもぴくりと背を正す険呑な怒声だ。

「本当に。腹だけでなく頭の先から足の爪までドス黒い。」

 固まってしまったアルゴの兄に変わって、ぼそりとシロが吐き捨てた。

「何?」

「貴方も貴方です。サーリフが関与しないようにわざわざハルと私で動いたのに。」

「小僧に任せておけるか。実際我々の方でお救いしたではないか。」

「早い遅いの問題ではない。本人に聞いてみたらどうですか?どうせゴタゴタが終わるまでのんびり牢で昼寝でもしている心算だったのでしょう。」

 皆の視線が狸寝入りのリュヘルに集まった。

 図星を突かれた腹黒狸は素知らぬ顔で寝返りをうちサーシャの腹に顔を埋める。

「あの、リュヘル様は先程まで本当に酷い傷を負っていらっしゃいました。どうか今はゆっくりとお休み差し上げて下さいませ。」

「っ、このエロ番頭!」

「ヒース、よく言ったぞ。」

「そうだそうだ!あんたのせいで隊長と別行動になってしまったじゃないか!」

 サーシャの客観的にはもっともな取り成しもリュヘルの日頃の行いが祟って、ならば優しくしてやろうと思う者は居ない。

「そもそもあんたは誰なんだ?」

 ヒースの矛先がサーシャに向かったところで、のっそりリュヘルが起き上がった。

 流石のリュヘルも女性は庇うのか、とヒースが意地悪く揶揄しようとしたところで。

「そうだった。お前は誰なんだ?」

 リュヘルの発した言葉に絶句する。

「私は、サーシャともうします。サーリフの、」

「ああ、それは先程聞いたが、何故あそこに居た?」

「ここまで連れて来て、今それ聞くのか?ほんと、あんたって人は周りの迷惑を無視するな!」

「仕方あるまい?さっきそこの魔術師が広域治癒を掛ける迄は手足だけでなく目耳も潰されていた。見事な仕打ちで、結局どの手の者に攫われたかも知れぬままだぞ。」

 どういう心境か薄く笑う。

「それにさっきから聞いていれば随分と威勢が良いな?ヒース。お前こそ綺麗どころを侍らせて、楽しそうではないか。」

 サーシャと名乗る女に頭を撫でくられている姿に油断した。

 リュヘルはリュヘルだった。

 蛇に睨まれた蛙どころかおたまじゃくし並みにひたと硬直してぱくぱく口を開くがもはや言葉は枯れて出てこない。

「ヒースを虐めるな。」

「そうよ。助けてくれてありがとうヒース様、でしょう?礼も言えないなんて。」

「私も一言も頂いておりませんが、お師さま。」

 ぼそりとヨンが呟くが勿論、スルーだ。

「それでリュヘルさん。貴方はこの後どうされますか?イズールに戻って番頭仕事を続けるか、エリムに行って自分の蒔いた種を収穫するか、貴方が来ないならリデルだけでなくサーリフも落とすと言っているミルガルムさんと戦います?」

「サーシャ、お前はどうするのだ?」

「私、ですか?…ほんの少しですが治癒魔術が使えたのでリデルへ召し上げられましたが、たいして力もありませんので下女をしておりました。元はサーリフのお宿で下働きをしておりました。どちらに居ても役立たずには変わりませんが、出来ましたらサーリフに戻りたいです。」

「ではサーリフに戻ろう。お前の家に婿入りして、お前の稼ぎで食わせてくれ。」

 にや、とリュヘルに言われてサーシャが顔を赤く染める。

「これだけ引っ掻き回しておいて、自分はまさかのヒモ宣言かよ。」

 ヒースが噛み付いた。

「お膳立てをした、と言え。素知らぬ顔をしているがな、シロン卿。そもそも一夜街道が出来た故にイズールとリデルの蜜月が終わってきな臭くなっているのだぞ。」

 またごろりと膝枕に戻り、頭を撫でるサーシャとその手を払う地味な攻防を繰り広げる。

 もともと生気や覇気のない輩だが、それにしても尚、顔色は悪い。

「そんな事まで僕のせいではありません。貴方はサーリフで療養ということでよろしいですね。ハル、君も異論はない?」

「異論は無いよ。期待した程、俺つえーがなかったけど。」

「ミルガルムさんと対面したあげく、ここでは治癒とはいえ高位魔術を広域でかましたんだけどね。まだ足りない?魔王降臨させようか?」

「すんません。充分です。じゃあな、アルゴ。この先大変だと思うけど頑張れよ!」

「あ、ああ?」

「お邪魔しました。」

 ぺこり、とシロとハルが頭を下げて。


「消えた…。」

 呆然とアルゴの兄が呟く。

「消えた…。」

 アルゴもまた呟くが、急に消えた事よりも、再び客間が拠点として使われそうな悪寒がしてならない。

 にたあり、となんとも言えない笑顔で消えた悪友の顔をふるふると脳裏から追い出すのであった。

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