7.異世界でご飯!
「こっちは雑貨のコーナーですね」
言って案内してくれたところには、大分見慣れたものが置いてあった。
歯ブラシ、クシ、爪楊枝といったものから、鉛筆、ボールペン、洋服などなど……。
シャツ1枚が金貨10枚。
ボールペン1本が金貨1枚か……。
ふと、今着ている服を見る。
全身でいくらになるんだろ……。
「この世界でも別に珍しいものではないんですが、異世界のモノっていうだけで欲しがる人がいるんですよね。まあ、この世界のものよりもずっと頑丈なので便利は便利ですし」
「そんなもんかねぇ」
もし元の世界から輸入できたら儲かりそうだな――まあ、まずは自分が戻る方法を探すのが先だが。
ユルグはボールペンを指先でくるくる回しながら話を続ける。
「服なんかは下手な鎧より頑丈なので、冒険者さんやお金持ちの方に人気なんですよ」
「まじでか」
彼女の目線が、心なしか服を値踏みしているように感じてくる。
大事な一張羅なので売る気はないが……。
「しかし、あれだな。身包み剥がされるって言うのも嘘じゃないんだな」
変なやつに見つけられていたら、文字通りパンツまで剥がされて殺されていただろう。
0からのスタートどころか、始まる前に終わってるし。
「ですよー。まあ、あんまり怪しいのはうちは買い取らないよいうにしてますけどね。メイちゃんに感謝したほうがいいですよ」
「本当だな。後でお礼でも言っておくか」
まあ、あいつもいきなり身包み剥ごうとしてたから微妙だけど。
……店の中を一通り見てみて、あることに気づく。
「あんまり、変わったものはないんだな」
そう、この店にあるのは一見普通のモノばかり。
銃とかロケットランチャーとか、あるいはそれこそ光線銃とか――あるいはパソコンでもスマートフォンでも何でもいいが、そういったものがここには一切なかった。
「そうですね~。確かにたまに特殊な効果を持ったもの、この世界ではまず見かけないものっていうのも売られることもあるんですが……。そういのって大体、研究所の方が定期的にきて全部買っていっちゃうんですよねぇ。なので、基本的にこの店にはないんですよ」
「研究所?」
「ええ、魔科学研究所っていって色んなことを研究してるらしいですよ。」
「色んなことねぇ……」
つまり、この店に残ってるのは売れ残りがほとんどっていうことか。
店に雑然と積まれたガラクタをみて納得する。
「多分、ミケさんがお持ちになられたものもその方が買い取ってくんじゃないですかね。ちゃんと動くものって珍しいですし」
――まあ、よく考えてみりゃそうか。
異世界のよくわからない武器やら何やらを一般人が欲しがるわけもないし、手にいれたところで使い道に困るだけだろう。
俺だって例えば光線銃なんかを手に入れても、使い道がない。
というか使った瞬間に逮捕されるだろうし。
「と、それで思い出した。そういや、いい加減そろそろ終わってるんじゃないか?」
「そうですね、そろそろ戻りましょうか」
今度は転ばないように気をつけながら店の入り口の方に戻ると、メイとシバは未だに交渉を続けていた。
話が盛り上がっているのか、何故かお互いのほっぺたを引っ張り合っている。
「……盛り上がってるな」
「……ですね」
「いつもああなのか?」
「ええ、ああなると長いですね……」
値段の交渉でほっぺたを引っ張りあうシチュエーションが思い浮かばない。
一体何をどうしたらそんな風になるんだろうか。
ぐぅうぅー。
タイミングよくなったお腹の音に、ユルグはこちらを向いて聞いてくる。
「お昼、まだなんですか?」
「ああ。お昼って言うか、よく考えたら昨日から何も食べてないな」
元の世界の最後の食事がいまいち美味しくない機内食だったっていうのがなんとも哀しい。
「よかったら何か買ってきましょうか?」
「いいのか? ぜひ頼む。お代はあいつ持ちで」
ミケがメイを指さして言うと、ユルグは笑いながら財布を取り出しこう言った。
「あはは、それくらいうちで出しますよ。買ってくるので、奥の部屋で座って待っててください」
パタパタと店から出て行く彼女を見送りながら、ふと疑問に思う。
――こっちの飯って、どんなんだろうな。
とりあえず食えるものなら何でもいいかと考えつつ、ミケは奥の部屋に歩いていった。
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「うーん、なんっつーか、和室だな。」
掛け軸、クマが鮭に噛まれている置物、掘りゴタツ……。
異世界っていうよりは、実家に帰ってきたという感じすらする。
コタツの上にはミカンと急須、茶碗が置いてあった。
布団をめくり、中に猫が居ないことを確認してコタツに入る。
「これで猫が居れば完璧なんだけどな……」
考えていたことを口に出し、ミケはコタツに突っ伏した。
飼い猫は今頃どうしているだろうか……。
遠い元の世界に思いをはせる。
最高級のプランで食事も最高級、一日数回のお遊びまであるはずだから不自由はしていないと思いたい。
――が、猫は部屋に居つくというので高級だからいいというものでもないかもしれないし、自分を恋しがって鳴いているかもしれない。
気にしても仕方がないといえばそうだが、気になるものはやはり気になる。
はぁ……とため息が出るが、沈んでいても仕方ない。
気分を切り替えるために、無理やり別のことを考える。
「案外、和食にありつけるかもな」
純和風なこの部屋を見て呟く。
最近の食事を思い返すと、コンビニで買ったおにぎりやカップ麺ばかり。
別に料理が出来ないわけではないのだが、いかんせん時間がなく買い食いがメインになっていた。
――こっちにもカップ麺、あるのかな……。
考えていると、本当にラーメンの匂いがしてくる気さえする。
思わず匂いのするほうへ顔を向けると、丁度ユルグが部屋に入ってくるところだった。
手に持ったお盆には、湯気を立てている丼が乗っている。
「お待たせしました~」
「うおっ、なんだこれ。本当にラーメンか!?」
「美味しいですよ~」
言いながらユルグがお盆を机の上におき、こちらに寄せてくる。
お盆にはラーメンのような麺類と、赤い調味料のようなものが乗った小鉢が載っていた。
――ラーメンのことを考えていたら本当に出てくるとは。
「いただきます!」
手を合わせて、食前の挨拶をする。
異世界で箸を使っていることに感動しつつ、ミケは麺の上にのっているものを確認していく。
鶏肉、香草、揚げ餃子、それにこれは――。
「焦がしたニンニク?」
鶏肉、麺と一緒に食べると、香ばしい香りが口の中を満たした。
麺とスープはあっさりとしていて、若干物足りないその味を焦がしニンニクがいい感じに補強している。
「うん、これは旨いな」
勢いよく麺をすすっていくミケ。
麺もいい感じに歯ごたえがあり、歯ざわりがとてもいい。
「もし味が足りなかったら。こっちのチリに鶏肉をつけて一緒に食べるといいですよ」
小鉢を指していうユルグ。
ふむ、あんまり辛いのは苦手なんだが……少しだけそのチリを鶏肉につけて食べてみる。
あっさりとしていて物足りなかった鶏肉だったが、チリにつけて食べると程よくスパイシーになって美味しさが増した。
「ほぐっ――。」
「大丈夫ですか?」
勢いよく食べすぎ、鶏肉につけたチリが変なところに入ったかむせてしまうミケ。
ユルグがこちらに回り、背中を擦ってくれる。
「ああ、大丈夫だ。
いや、しかし本当に美味しいな、これ。
これはアレか、フォーってやつか?」
「フォー? これはフー・トゥー・ガーっていうんですよ。私も大好きなんです、これ」
初めて聞く名前にミケは首をかしげる。
ベトナムの麺類=フォーというイメージだったが、他にも種類があるんだろうか。
――あるいはフォーだけど異世界で名前が違っているとか?
ともあれ……。
「後でお店教えてくれるか?
もう、毎日通うくらいの勢いで行こうかと」
「いいですよ。後でご案内しますね。よかったら他のお店も紹介しますよ~。この辺にはまだまだ美味しいお店がたくさんありますからね」
「そいつは楽しみだな」
ズズっとスープまで飲み干して空になった器を見て思う。
――お腹が減っていたというのもあるだろうが、それを抜いてもかなりのクオリティとみた!
ミケの食いっぷりが嬉しかったのか、彼女は笑顔を浮かべる。
彼女は壁にかかった時計を見ると立ち上がって言った。
「さて、さすがにそろそろ終わってるでしょうし。戻りましょうか」