6.異世界品の専門店
チリンチリン。
「やっほー」
メイが涼しい鈴の音を立てて開いたドアをくぐって店の中に声をかけた。
後ろから店の中をのぞくと、そこには前掛けをしたでかい、でっぷりとした猫の置物が鎮座していた。
店の中には、剣や盾といった武具からよく分からない小物まで雑然とならんでいる。
流行っていないのか、単に時間が悪いだけなのか、客はミケ達だけのようだった。
「おう、ユルグなら奥だ。」
「うおっ、置物がしゃべった!?」
置物だと思っていたでかい猫が起き上がり、こちらにその丸い目を向けてきた。
そいつはどっこいせ、という声が聞こえてきそうな動作で起き上がると、メイに話しかけてきた。
「なんだそいつは。
今日は一人じゃないのか?」
「あー、ちょっとね。
今日はモノを売りにきたのよ」
平然とやりとりをするメイ。
この世界では猫も喋るのか……。
しかし――ごくり。
思わず喉が鳴る。
もふもふとした毛、でっぷりとしたお腹、なんとも撫で応えがありそうだ……。
そういえば昨日から一度も猫を撫でていない。
猫分を補充しなくては――。
「なあ。」
「なんだ?」
「いきなりで失礼かもしれないが――撫でてもいいか?」
「あん?」
いきなりといえばいきなりな質問に、怪訝な顔をする巨大猫。
メイが呆れつつもフォローに入る。
「こいつ、猫が好きなんだそうよ。んでシバ、あんた猫じゃない? 猫であるあんたを撫でたいってことみたいよ」
「まあ、別にいいが……」
「やった!」
ミケは喜び巨大猫――シバの元へ駆け寄ると、まずは彼の鼻先へ人差し指を差し出した。
くんくんと匂いを嗅ぐシバ。
巨大になっても猫は猫らしい。
匂いを嗅ぎ終わったのを見計らって、まずは眉間の間をゆっくりと撫でていく。
そして次は額、耳の付け根へと移動していった。
「ぉぉぅ、兄ちゃん、上手いな……」
「そりゃな」
ゴロゴロと気持ち良さそうに喉を鳴らすシバ。
ミケはその手をさらに、背中やでっぷりとしたお腹へと伸ばしていく――。
結局、それは待ちくたびれたメイがミケを蹴り飛ばすまで続いたのだった。
「で、今日は何の用なんだ?」
「モノを売りにきたのよ」
撫でくり回されて若干毛が乱れているシバに、メイが答える。
ミケは彼のでっぷりとしたお腹を名残惜しげに見ていたが―― せめて最後に顔をうずめたかった――、メイに足を踏まれてようやく本来の目的を思い出した。
「ミケだ、こいつん家に居候してる。よろしくな」
「シバだ。この店の店主をしている。後はあっちに俺の娘のユルグ、まあ小さい店だがゆっくりしてけや」
シバは言うと、そのふさふさした腕を突き出してくる。
握手、ということだろうか。
「まあ、よろしくな」
「ああ、よろしく頼む」
慎重にその手を握ると、握手をしたぷにぷにした肉球が気持ちいい。
そのまままた撫でたくなってくる。
メイは勝手にミケのポケットを漁ると音楽プレイヤーを取り出した。
「で、今日は何を売ってくれるんだ?」
「ふふん、コレよ!」
「なんだこりゃ」
「ほら、説明して!」
「ああ、これはな……」
メイにつつかれてミケはようやくシバの手を離すと説明を始めた。
彼は音楽プレイヤーの使い方を軽く説明すると、実際に音楽を流し始める。
人間用のイヤホンはシバの耳には小さすぎたが、何とか音は聞こえているようだった。
「ほう、こりゃ凄いな」
「でしょー?」
丸い目をさらに丸くするシバに、誇らしげにメイが言う。
……別にお前は何もしてないだろうにと心の中で突っ込む。
「んむ、金貨10枚でどうだ?」
「冗談、ちゃんと動いてるのよ。金貨100枚は貰わないと」
「でも音楽が聴けるだけだろう?これから光線がでてドラゴンを倒せるわけでもなさそうだし……」
そんな危険なもんが市販されててたまるか。
銃かミサイルでも持っていればよかったのかもしれないが、残念ながら平和の国の住人だったのでんなもん持ち歩いていない。
そんなやり取りを少しの間眺めていると、腰の辺りを何かに引っ張られた。
後ろを振り向くと、そこには猫耳の可愛い少女がこちらを見上げていた。
可愛い――が、シバほどじゃないな。
猫耳と尻尾が生えてるだけで、基本人間だし。
やっぱり本物の猫の魅力にはかなわない。
「ああなると長いですから、よかったらお店の中をご案内しますよ」
「ああ、ありがとう。 君は……」
さっきシバが言っていた娘さんだろう。
黒い髪のショートカットに若干丸い感じの猫耳、丸っこい眼鏡。和服に、前掛けを掛けている。
ハタキを持っているのは、掃除中だったからだろうか。
名前は……なんだっけかな。シバのインパクトがでかすぎて忘れてしまっていた。
「ユルグです。 メイちゃんとは幼馴染で、よく遊んでたんですよ」
「あいつと幼馴染ねぇ」
「まあ、そんなに広い店じゃないので案内って言うほどでもないですけど……。 こちらへどうぞ」
そう言うとユルグはゆっくりと歩き始めたのだった。
/**********/
「うちはこの町で唯一の異世界のモノ専門店なんですよ~。」
「なあ、気になってたんだけどよ。 結構、その、異世界から人が来るのって多いのか?」
「んー、珍しいといえば珍しいですし、多いといえば多いですよ」
ユルグは答えになっていない答えを返す。
珍しいけど多いってなんだ?
ミケが疑問に思っていると、それを察してかユルグが言葉を続ける。
「このお店のものは全部、異世界のモノなんですよ」
「マジでか!?」
店はそこまで広くないとはいえ、見える範囲だけで数十の剣や鎧が置かれている。
一人一個だとしても数十人は来ているということか?
みんな異世界に来すぎだろう……。
「でも、実際に生きてる異世界の人に会うのって、わたし初めてなんですよ」
「生きてるって――」
「ええ、ミケさんは幸運にもこの町でメイちゃんと会えましたけど、不幸な人は悲惨らしいですよ。出会い頭でいきなり身包みはがされて殺されたり、山の中に来ちゃってそのまま餓死しちゃったり。たまに死体ごと売りに来る人とか居るんですよね~」
「怖ぇよ!?」
なんだよ死体ごと売りに来るって。
ていうか笑顔でそんなことを言うこの娘も怖い。
寒気が全身を走り、思わず一歩後ずさりをする。
「あと、この町は大丈夫ですど、王都は異世界の人に厳しいから気をつけてくださいね」
「厳しいって?」
殺されて身包みはがされる以上に厳しいことがあるだろうか。
いや、ない!……と思いたい。
彼女はあくまで噂ですけど、と前置きをして続けた。
「憲兵に捕まって身包みはがされた挙句に実験台にされるとか、解剖されるとか。騎士団が洗脳した異世界の人を特攻兵にしてるなんて噂もありますね」
「……わかった、とりあえず王都とやらには行かないようにする」
まだ死にたくないし、死ぬわけにもいかない。
とりあえず、異世界から来たっていうことは基本隠しておいたほうが良さそうだ、ということは十分過ぎるほどに伝わった。
つーか何でこんなに異世界の人に厳しいんだよ、この世界。
どうせ異世界にいくならもっと優しいゆるい世界が良かった――。
「それじゃ案内しますね!」
「ああ、頼む……」
明るく言った少女に手を引かれ、ミケは暗い表情のまま店を歩き始めたのだった。
/**********/
「こっちは、ある程度実用性のある異世界のモノのコーナーになります。実用性はあるとはいえ、この世界の同じ武器と比べると大分重いので、今一売れないんですよねぇ。ひたすら頑丈なだけで切れ味が良い訳でも特殊な効果があるわけでもないですし」
「おー、凄いな!
本物の剣触るの初めてだ!」
凛として冷たい手触り、青く光る刀身。
初めて触る剣を手にして、暗い気分はすっかり吹き飛んでいた。
剣や鎧は乱雑に置かれており、中には刀身がむき出しのものもある。
「あいてっ……っうぉぁ!?」
プレートメイルにつまづき、転びそうになった先に、むき出しの剣先がこちらを向いていた。
危ねぇっ……。
完全に転んでたら頭に刺さってたぞこれ。
「危ないので足元気をつけてくださいね」
「いや、先に言って欲しかった……」
上がっていたテンションが血の気と共に一気に引くのが分かった。
ミケは立ち上がると、今度は慎重に歩き始めた。
「しかし、色々あるんだな」
「そりゃそうですよ~。この店も長いですからね」
落ち着いて見渡すと、一言で剣といっても色々な種類があることに驚きを覚える。
片手で扱えそうな小さなものから、自分の身長よりも大きく肉厚な剣。
形も、普通のまっすぐな剣以外に、思いっきりカーブを描いている剣、海賊が使うような変わった形の剣など様々なものがある。
剣だけでなく、槍やハンマー、メイス、果ては大砲など様々な武器が置かれていた。
「これなんかいいんじゃないですか?」
「ん?」
言って彼女は武具コーナーの端っこへとミケを連れて行く。
そこには巨大なメイスや巨大な盾、果ては彼の身長よりもはるかにでかい剣などが置かれていた。
「いや、これはいくらなんでも無理だろ」
「そこをなんとか。ほら、わたし力持ちの男性って憧れるんですよね~」
おだてられても無理なものは無理だと思う。
確かに浪漫はあるが――試しに巨大剣を持ち上げてみる。
「ふんぬっ!」
「おお!」
剣は一瞬持ち上がって――ズシンッ――。
音を立てて再び床に倒れた。
「これはもう買うしかないですね!」
「いや要らん。なんか不用品処分しようとしてないか?」
やたらと巨大武器シリーズを勧めてくるユルグに、半眼で問いかけるミケ。
彼女はふっと視線を店の奥へ向けると、わざとらしく言って歩き始めた。
「さて、次行きましょう!」