4.初めての戦闘
逃げる男あれば追う男女あり。
路地裏を駆ける三人を、陽の光はただ照らし出すのみだった。
「うおっ!?」
飛んできたゴミをかわしてそのまま走り続けるミケ。
おっさんの足は早いほうではなかったが、馬車のダメージもあり追いつけずにいた。
メイはというと、息が切れたのか走るペースが徐々に落ちてきている。
このままだと追いつく前にメイが力尽きかねない。
「こうなりゃヤケだっ……!」
「きゃあっ!?」
いきなり持ち上げられ悲鳴を上げるメイ。
そんな彼女を小脇に抱え、ミケは全力で駆け出す!
「逃がさねぇぞコラ!」
逃げる男に追う男。
その差は徐々に縮まっていったのだった。
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「はぁ、はぁ、やっと、観念、した、のね――」
メイが言うが、ほとんど声になっていない。
おっさんは少し開けた場所に出ると、その足を止めていた。
メイの声に、おっさんは口角をあげてニヤリと笑うと振り返って言った。
「はぁ、はぁ、誰が……」
――おっさんもやはり息も絶え絶えだった。
どうでもいいけど体力ないなこいつら。
「なあ、盗ったもん返してくれないか。
そしたら今回は見逃してやるよ」
唯一まともにミケが言う。
エンジニアは体力が勝負だ! という新人研修の金言を忘れずに体力つけてたのが、まさかこんなところで役立つとは。
そんな彼らの様子を、食事中だったのか一匹の子猫が少し離れて眺めていた。
「はぁ、はぁ、観念、するのは、お前、のほうだ・・・・・・」
男が息を切らせながら言うと男が二人、路地の奥から出てきておっさんの横に並んだ。
「へっへっへ」
「まぁ、そういうこった」
「悪いな、兄さん。そういうことなんで、持ってるもの全部出して貰おうか」
「くっ、3対1とは卑怯な!」
「あれ? あたしは?」
戦力外通告にメイが抗議の声を上げてくるが、それは無視して考える。
一応体を鍛えてはいるが、何か格闘技をやっているわけでもない。
相手は3人……戦って勝てるとは思えなかった。
逃げるにしても、メイがいたのではすぐに追いつかれてしまう。
せめてこいつだけでも先に逃がせれば……。
ミケはメイを庇うように前に出ると、男たちに言った。
「わかった。
だが、まずはこいつを先に帰らせてくれ」
「せめて女はってか? 大した騎士道精神だな」
下衆な笑いを上げる男たち。
その中の一人がニタニタと笑いながらメイを見て言う。
「だが、駄目だな。
よく見りゃ結構かわいいじゃねぇか。
おじさんがたっぷり可愛がってやるよ」
「うわきしょっ!?」
メイが思わず叫ぶ。
男を見ると、心なしか鼻の下が伸びている気がする。
うわ、こいつマジモンのロリコンだ。
さすがに気持ち悪いのか、メイがぶつぶつ言っているのが聞こえる。
声をかけようとしてメイの方を見ると、何故か丁度ニヤリと笑うところだった。
『重力の楔よ!』
「ぐがっ!?」
彼女が叫ぶと同時にロリコン野郎が勢いよく地に伏せる。
頭を地面に打ち付けられたのか、男はそれっきり動かなくなった。
なんだ!? 一体何が起きた!?
「てめぇ、魔法使いか!?」
同じく驚いた男達が叫び、そのままこちらに襲いかかってきた!
一人目が殴りかかってくるのを何とか避けるが、体勢が崩れたところに二人目の男が殴りかかってくる。
(避けきれないっ!?)
ミケは何とかかわそうと身をよじるが、不自然な体制になったところに男の拳が突き刺さる!
「ぐはっ――くない?」
不思議そうに殴られた腹を見るミケ。
男の拳は確かに彼の腹を叩いていたが、その痛みは予想していたよりははるかに鈍かった。
男はその反応を見て、慌てて懐から何かを取り出そうとするが――
「どりゃぁ!!」
その顔面をミケの拳が殴り飛ばす。
男は冗談のようにきりもみしながら吹っ飛び、顔面から着地するとそのまま動かなくなった。
(なんだこりゃ……!?)
男を吹っ飛ばした自分の拳を、目を丸くして見つめるミケ。
そのまま動かなくなった男と自分の拳を交互に見比べる。
確かに思い切りぶん殴ったが、常識的に考えてこんなにぶっ飛ぶはずがない。
考えられるのは二つ。
相手が特別弱いか、あるいは自分が特別強くなったかだ。
――しかし、そこまで考えたところで考えは中断された。
「そこまでだっ!」
「ごめん、捕まっちゃった……」
声のした方を見ると、メイが男に捕まり首にナイフを突きつけられていた。
ペロっと舌を出して言ってくるあたり危機感が感じられない。
(なんっつーベタな……)
考えるが、展開はベタでも打開策が思い浮かばない。
「お前、その力、異世界の人か!?」
「だったらなんだってんだよ」
「とまれ、こっちに寄るな!」
男は怯えたように叫ぶと、メイを捕まえたまま一歩後ろに下がった。
男の足が、猫の皿にあたってカランと音を立てる。
「いいか、お前の持ってるものを全部おいて下がれ。
もし抵抗したり、金目の物を出さなかったりしたらこいつの命はないと思え!」
「悩んだって変わらないんだから、さっさとしてよ!」
何故か一緒になって言い放つメイ。
ひょっとしてこいつグルなんじゃねぇか……とすら思う。
男はそれに調子付いて、メイの顔にナイフを向けると脅しの言葉をかけてくる。
「おうよ、さっさとしないとこいつの顔に傷をつけていくぜ!」
「いや、まあいいんじゃねぇか。多少傷がついたって。
貫禄が出ていいだろ」
半眼で言うミケ。
その様子をみたメイは慌てて言葉を重ねてきた。
「ちょっと、なんてこと言うのよ!
あんたみたいなハゲと違って、私の顔は価値があるのよ!」
「うっせー! ていうか誰がハゲメガネだコラ! ハゲてねーだろ、まだハゲてねーよ!」
何か心当たりでもあるのか、額のあたりを手で押さえながら叫ぶミケ。
そんな彼らのやり取りに、男は苛立った声を上げてナイフを振り回す。
「お前ら、いい加減にしろや! 状況わかってんのか、おい!」
「いたっ!?」
振り回されたナイフがかすったのか、メイの首筋から一筋の血が垂れる。
何かとむかつくやつだが、彼女には泊めてもらった恩もある。
見捨てるわけにはいかないか……。
ミケは嫌々ながらもポケットから財布を出し放り投げる。
「わかったよ。置けばいいんだろ、置けば」
「全部だ、全部!」
男に言われてジャケットを脱ぎ捨てるミケ。
ズボンのポケットの中身も次々と放り投げていく。
「くそっ……コレで全部だ」
「ひひっ、悪いな」
男はそれらを拾おうと半腰になるが、途中でその動きを止める。
その手の先では、子猫が財布の上に片足を乗せ興味深げに匂いを嗅いでいた。
「邪魔だ!」
「ブニャッ!?」
おっさんは子猫を勢いよく殴り飛ばすと、ミケの財布や充電器を拾って立ち上がった。
そんなおっさんをミケが怒りの形相で睨みつける。
「んだぁ? 盗られたのがそんなに悔しいかぁ?
ママに言いつけまちゅよーってか?」
完全に舐めきった態度で言い放つ男。
ミケはその挑発を完全に無視して男の方へ歩き始める。
「おいおい、忘れちゃいないだろうな。
こっちには人質が――おい、聞いてんのか、おい!」
警告を無視し、距離を縮めていくミケ。
男は慌ててナイフをこちらへ向けてくるが、その隙を突いてメイが腕をほどき逃げ出した。
「あ、おい!」
「てめぇ、今何をした。」
「何って――」
「猫ってのは繊細な生き物なんだよ。
殴られた痛みは人間の5倍にも6倍にも感じるんだ。
だから一度人間に殴られた猫は、もう二度と人間に近づくことはない。
てめぇみたいな奴がいるから猫が逃げてくんだろうがっ!」
ミケは言い放ち、男の肩を思い切り殴りつける。
男は勢いよく宙を舞うとそのまま壁に激突し、ずるずると地面に落下した。
「ひっ……」
歩み寄ってくるミケを見て、男は情けない声を上げる。
そんな男をミケは胸倉を掴んで無理やり立たせた。
「なあ、悪かったよ。返す、全部返すから――」
「ああ、許してやるよ」
ミケの言葉に男は安堵の表情を浮かべる。
が、その表情はすぐに恐怖に塗り替えられるのだった。
「後5発、耐えられたらな」
拳を振りかぶり、にこやかに微笑むミケ。
なぜ顔を殴られなかったのか――その理由を悟ると同時に、男は再び宙を舞ったのだった。