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4.初めての戦闘

逃げる男あれば追う男女あり。

 路地裏を駆ける三人を、陽の光はただ照らし出すのみだった。


「うおっ!?」

 飛んできたゴミをかわしてそのまま走り続けるミケ。

 おっさんの足は早いほうではなかったが、馬車のダメージもあり追いつけずにいた。

 メイはというと、息が切れたのか走るペースが徐々に落ちてきている。

 このままだと追いつく前にメイが力尽きかねない。


「こうなりゃヤケだっ……!」

「きゃあっ!?」


 いきなり持ち上げられ悲鳴を上げるメイ。

 そんな彼女を小脇に抱え、ミケは全力で駆け出す!


「逃がさねぇぞコラ!」


 逃げる男に追う男。

 その差は徐々に縮まっていったのだった。


/**********/


「はぁ、はぁ、やっと、観念、した、のね――」


 メイが言うが、ほとんど声になっていない。

 おっさんは少し開けた場所に出ると、その足を止めていた。

 メイの声に、おっさんは口角をあげてニヤリと笑うと振り返って言った。


「はぁ、はぁ、誰が……」


 ――おっさんもやはり息も絶え絶えだった。

 どうでもいいけど体力ないなこいつら。


「なあ、盗ったもん返してくれないか。

 そしたら今回は見逃してやるよ」


 唯一まともにミケが言う。

 エンジニアは体力が勝負だ! という新人研修の金言を忘れずに体力つけてたのが、まさかこんなところで役立つとは。

 そんな彼らの様子を、食事中だったのか一匹の子猫が少し離れて眺めていた。


「はぁ、はぁ、観念、するのは、お前、のほうだ・・・・・・」


 男が息を切らせながら言うと男が二人、路地の奥から出てきておっさんの横に並んだ。


「へっへっへ」

「まぁ、そういうこった」

「悪いな、兄さん。そういうことなんで、持ってるもの全部出して貰おうか」

「くっ、3対1とは卑怯な!」

「あれ? あたしは?」


 戦力外通告にメイが抗議の声を上げてくるが、それは無視して考える。

 一応体を鍛えてはいるが、何か格闘技をやっているわけでもない。

 相手は3人……戦って勝てるとは思えなかった。

 逃げるにしても、メイがいたのではすぐに追いつかれてしまう。

 せめてこいつだけでも先に逃がせれば……。

 ミケはメイを庇うように前に出ると、男たちに言った。


「わかった。

 だが、まずはこいつを先に帰らせてくれ」

「せめて女はってか? 大した騎士道精神だな」


 下衆な笑いを上げる男たち。

 その中の一人がニタニタと笑いながらメイを見て言う。


「だが、駄目だな。

 よく見りゃ結構かわいいじゃねぇか。

 おじさんがたっぷり可愛がってやるよ」

「うわきしょっ!?」


 メイが思わず叫ぶ。

 男を見ると、心なしか鼻の下が伸びている気がする。

 うわ、こいつマジモンのロリコンだ。

 さすがに気持ち悪いのか、メイがぶつぶつ言っているのが聞こえる。

 声をかけようとしてメイの方を見ると、何故か丁度ニヤリと笑うところだった。


重力の楔よ(グラビティ・バインド)!』

「ぐがっ!?」


 彼女が叫ぶと同時にロリコン野郎が勢いよく地に伏せる。

 頭を地面に打ち付けられたのか、男はそれっきり動かなくなった。

 なんだ!? 一体何が起きた!?


「てめぇ、魔法使いか!?」


 同じく驚いた男達が叫び、そのままこちらに襲いかかってきた!

 一人目が殴りかかってくるのを何とか避けるが、体勢が崩れたところに二人目の男が殴りかかってくる。

 (避けきれないっ!?)

 ミケは何とかかわそうと身をよじるが、不自然な体制になったところに男の拳が突き刺さる!


「ぐはっ――くない?」


 不思議そうに殴られた腹を見るミケ。

 男の拳は確かに彼の腹を叩いていたが、その痛みは予想していたよりははるかに鈍かった。

 男はその反応を見て、慌てて懐から何かを取り出そうとするが――


「どりゃぁ!!」


 その顔面をミケの拳が殴り飛ばす。

 男は冗談のようにきりもみしながら吹っ飛び、顔面から着地するとそのまま動かなくなった。


 (なんだこりゃ……!?)

 男を吹っ飛ばした自分の拳を、目を丸くして見つめるミケ。

 そのまま動かなくなった男と自分の拳を交互に見比べる。

 確かに思い切りぶん殴ったが、常識的に考えてこんなにぶっ飛ぶはずがない。

 考えられるのは二つ。

 相手が特別弱いか、あるいは自分が特別強くなったかだ。

 ――しかし、そこまで考えたところで考えは中断された。


「そこまでだっ!」

「ごめん、捕まっちゃった……」


 声のした方を見ると、メイが男に捕まり首にナイフを突きつけられていた。

 ペロっと舌を出して言ってくるあたり危機感が感じられない。

 (なんっつーベタな……)

 考えるが、展開はベタでも打開策が思い浮かばない。


「お前、その力、異世界の人(アンヴァリッド)か!?」

「だったらなんだってんだよ」

「とまれ、こっちに寄るな!」


 男は怯えたように叫ぶと、メイを捕まえたまま一歩後ろに下がった。

 男の足が、猫の皿にあたってカランと音を立てる。


「いいか、お前の持ってるものを全部おいて下がれ。

 もし抵抗したり、金目の物を出さなかったりしたらこいつの命はないと思え!」

「悩んだって変わらないんだから、さっさとしてよ!」


 何故か一緒になって言い放つメイ。

 ひょっとしてこいつグルなんじゃねぇか……とすら思う。

 男はそれに調子付いて、メイの顔にナイフを向けると脅しの言葉をかけてくる。


「おうよ、さっさとしないとこいつの顔に傷をつけていくぜ!」

「いや、まあいいんじゃねぇか。多少傷がついたって。

 貫禄が出ていいだろ」


 半眼で言うミケ。

 その様子をみたメイは慌てて言葉を重ねてきた。


「ちょっと、なんてこと言うのよ!

 あんたみたいなハゲと違って、私の顔は価値があるのよ!」

「うっせー! ていうか誰がハゲメガネだコラ! ハゲてねーだろ、まだハゲてねーよ!」


 何か心当たりでもあるのか、額のあたりを手で押さえながら叫ぶミケ。

 そんな彼らのやり取りに、男は苛立った声を上げてナイフを振り回す。


「お前ら、いい加減にしろや! 状況わかってんのか、おい!」

「いたっ!?」


 振り回されたナイフがかすったのか、メイの首筋から一筋の血が垂れる。

 何かとむかつくやつだが、彼女には泊めてもらった恩もある。

 見捨てるわけにはいかないか……。

 ミケは嫌々ながらもポケットから財布を出し放り投げる。


「わかったよ。置けばいいんだろ、置けば」

「全部だ、全部!」


 男に言われてジャケットを脱ぎ捨てるミケ。

 ズボンのポケットの中身も次々と放り投げていく。


「くそっ……コレで全部だ」

「ひひっ、悪いな」


 男はそれらを拾おうと半腰になるが、途中でその動きを止める。

 その手の先では、子猫が財布の上に片足を乗せ興味深げに匂いを嗅いでいた。


「邪魔だ!」

「ブニャッ!?」


 おっさんは子猫を勢いよく殴り飛ばすと、ミケの財布や充電器を拾って立ち上がった。

 そんなおっさんをミケが怒りの形相で睨みつける。


「んだぁ? 盗られたのがそんなに悔しいかぁ?

 ママに言いつけまちゅよーってか?」


 完全に舐めきった態度で言い放つ男。

 ミケはその挑発を完全に無視して男の方へ歩き始める。


「おいおい、忘れちゃいないだろうな。

 こっちには人質が――おい、聞いてんのか、おい!」


 警告を無視し、距離を縮めていくミケ。

 男は慌ててナイフをこちらへ向けてくるが、その隙を突いてメイが腕をほどき逃げ出した。


「あ、おい!」

「てめぇ、今何をした。」

「何って――」

「猫ってのは繊細な生き物なんだよ。

 殴られた痛みは人間の5倍にも6倍にも感じるんだ。

 だから一度人間に殴られた猫は、もう二度と人間に近づくことはない。

 てめぇみたいな奴がいるから猫が逃げてくんだろうがっ!」


 ミケは言い放ち、男の肩を思い切り殴りつける。

 男は勢いよく宙を舞うとそのまま壁に激突し、ずるずると地面に落下した。


「ひっ……」


 歩み寄ってくるミケを見て、男は情けない声を上げる。

 そんな男をミケは胸倉を掴んで無理やり立たせた。


「なあ、悪かったよ。返す、全部返すから――」

「ああ、許してやるよ」


 ミケの言葉に男は安堵の表情を浮かべる。

 が、その表情はすぐに恐怖に塗り替えられるのだった。


「後5発、耐えられたらな」


 拳を振りかぶり、にこやかに微笑むミケ。

 なぜ顔を殴られなかったのか――その理由を悟ると同時に、男は再び宙を舞ったのだった。

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