1.ここはどこ? 俺はミケ
「ああ、自己紹介がまだだったな。
俺は長谷見圭介、27歳。
略してミケって呼んでくれ」
自己紹介をするミケ。
彼は今、勝手にそこらへんにあった椅子に腰掛けている。
全く出て行く気配のないミケに、少女も諦めたのかベットに腰かけて言った。
「あたしはメイ。
って、自己紹介されてもすぐお別れするんだから意味ないと思うんだけど……」
少女――メイは言いながらベットに腰掛ける。
ぼふん、という音を立ててホコリが宙を舞った。
彼女は昨日と違ってチャイナドレスのような服を着ていた。
ただし、チャイナドレスと違って下にズボンをはいている。
……これはアオザイか?
アオザイはベトナムの民族衣装で、世界一綺麗な民族衣装とも言われている。
ベトナム出張が決まった際に、ある程度ベトナムのガイドブックなどを読んで知っていた。
大体誰が着ても似合うのは、目の前のこいつで証明ずみだ。
ということは……。
「ここは、ベトナムなのか?」
確か短期出張でベトナム行きの飛行機に乗ってたはずだが……。
寝てる間に何があったんだろうか。
不時着なら海に落ちてるだろうし、町のど真ん中に倒れてた理由が分からない。
「つかお前、日本語ペラペラなんだな。」
「にほんご? べとなむ? なにそれ。
聞いたことないけど」
まじでか。
予想外の回答に固まるミケ。
「ここは王都のはずれにある町。
そんなことも分からないなんて、やっぱりあんた、異世界の人ね」
「異世界の人?」
聞きなれない単語に首をかしげる。
「異世界から来た人のことを異世界の人って呼んでるのよ。時々来るのよねー、なんでかは知らないけど」
「異世界!?」
少女の口から飛び出たまさかの言葉に、衝撃を受けよろめく。
「異世界っていうとアレか?モンスターとかいて、魔法とかあって、銃の作り方とか教えるとハーレムが築けるアレか!?」
「いや、確かにダンジョンにモンスターはいるし、魔法もあるけど……。銃くらいそこらへんの兵士がいくらでも持ってるわよ。馬鹿にしてる?ていうかちょっと、こっち寄らないで」
少女は興奮して詰め寄ってくる彼を手で押しのけると、そのまま少し後ろに下がり距離をとった。
ミケはそんな少女に構わず話を続ける。
異世界――剣と魔法のファンタジー、転移ときたら……
「てことは、何かチート能力――特別な力とかあるのか? 例えば強力な魔法が使えるとか!」
「いや、聞いたことないけど。強いていうなら何かちょっと頑丈らしいわよ、異世界の人って。」
「しょぼっ!?」
ちょいちょい読んでいる異世界モノの小説だと大抵何か能力を授けられているのに、ちょっと頑丈なだけって……。
何の能力もなしに異世界で生きていけるのか?
この世界の神は一体何をしてるんだ!
そもそもペットホテルには一ヶ月の約束で愛猫を預けてある。一泊二万の最高級ホテルだ。
おかげで貯金だけでは足りなくて、しばらくの間パンの耳生活を強いられたが――それはともかく。
期日を過ぎても飼い主が帰ってこなければどうなるか。
……よくて保護団体、最悪の場合は保健所もあり得る。
いずれにしても、二度と自分のもとへ戻ってくることはないだろう。
――何としてでも、それだけは避けなければいけない。
「なあ、どうやったら元の世界に戻れるんだ?」
「さー、そもそもまともに異世界の人と話すのってこれが初めてだし。戻ったっていう話も聞いたことないし……」
それを聞いて、ミケはその表情を暗くする。
彼はスマートフォンを取り出すと電源をつけたが、当然というべきか圏外だった。
「くそっ、これだからsocomoは……っ!」
彼は苛立ちを隠さずにスマホを振ったり叩いたりしていたが、相変わらず圏外のままだ。
せめて知り合いに連絡が取れればと思ったが、それすら叶わない。
「なあ、本当に戻る方法ないのか? 何でもいい、頼む!」
「頼むって言われても……」
うなだれるミケに戸惑う少女。
彼女はしばらくの間くちびるに指を当てて考えていたが、ふとその指を離して言った。
「そうよ! モノリスにお願いすれば戻れるんじゃないかしら! なんでも願いを叶えてくれるっていうし」
「モノリス?」
反応して顔を上げるミケ。
少女はそんな彼の顔を手で押しのけながら言った。
「そう。なんでも願いを叶えてくれるモノリス。この街の地下にはダンジョンがあるんだけど、その最下層にモノリスがあるっていう言い伝えがあるのよ」
なんっつーベタな。
つかこいつ、さっきモンスターがいるって言ってたよな。
願いを叶えてもらうには当然、そいつらを倒して進まないといけないわけで。
俺には特別な能力とかは与えられてないわけで。
でも他に戻る方法はないわけで……。
悶々と考えて、出た答えはこれだった。
「まあ、死なない程度にダンジョン潜ってみるか。途中で他に戻る方法が見つかるかもしれないし」
「がんばー」
どうでも良さそうに返事を返すメイ。
ミケはそんな彼女の手を握ると――友好というよりは逃がさないためという感じだったが。
「ところで頼みが一つあるんだけどよ」
「何よ」
怪訝な顔で問い返すメイ。
ミケはそんな彼女を気にせず言った。
「泊めてくんない? いや、この世界で知り合いってお前さんくらいしか居ないし」
「はぁ!? 女の家に泊まろうっていうの!? ダメに決まってるじゃない!!」
さっきのやり取りを思い出したのか、両手で体を庇いながらいうメイ。
ちょっと脅しが効きすぎたか……。
「タダとはいわないさ。ちゃんとお金なら払うって」
――ただし、俺が持ってるのは日本円だけどな。
ポケットの中の財布を手でまさぐる。
彼女は彼のことを上から下まで値踏みするように見ていたが、軽くため息をつくとこう言った。
「まあ、しょうがないわね、今晩だけよ。ただし……」
メイは床を指差して言った。
「あんたが寝るのはそこ。いいわね?」
勿論、異論はなかった。