12.ゴブリン、そんでもって罠
「うどぅぉあえ!?」
ブチュッ。
叫びながら振り下ろしたメイスが、クモの頭を叩き潰す!
「びびりすぎよ、こっちまでびっくりしたじゃない!」
「いや、誰だってびびるだろこんなん……」
スーツにくっ付いたクモの糸を剥がしながらミケがつぶやく。
小型犬ほどもあるクモがいきなり襲い掛かってきたのだ。
誰だって死ぬほどびびると思う。
むしろそこでちゃんと攻撃できた自分を誉めて欲しい。
2人は2Fもさっさと抜けると、3Fに到着していた。
3Fではコウモリに加え、大きなクモやネズミといったモンスターがでるようになっていた。
クモもネズミも戦ってみれば楽勝だったが、ビジュアル的な恐怖が強かった……。
剣と魔法のファンタジーというよりは、ホラー映画の主人公にでもなった気分だ。
「うえっ……一張羅なんだけどな」
「洗えば落ちるわよ、きっと」
「つかお前も少しは戦えよな」
「いいじゃない、減るもんじゃないし。魔法使うと魔力が減るのよ」
「俺の体力も減るんだがな」
言い合いながら歩いていると、急に視界が開けた。
「これは――」
「驚いた?」
何故か自慢げなメイ。
ところどころ、少しではあるが草木が生えており、小さなテントが1つポツンと立っているのが見える。
そこに住んでいるのか、人影が動いてガサガサと音を立てた。
「ここ、ダンジョンの中だよな」
「ええ。ダンジョンは下に行くほど広くなっていくし、時々こういう大きな空洞があるのよ」
「んで、中に住んでる人が居るってか?」
ミケはそう言って人影の方を指で指す。
彼らはまだこちらに気づいていないのか、あたりを見渡しながら歩いている。
「それもあるけど、あいつらは――ちょっと!」
無警戒で近寄っていくミケの背をメイが思い切り叩く。
「いてっ、なにする……ん、だ?」
ミケの声でこちらに気づいたのか、人影はこちらに振り向くと武器を構えて警戒の声を上げた。
彼ら――いや、そいつらは大きさは人間の子供ほどだろうか。
だが、醜い顔や髪の毛一本ない頭、よじれた長い耳。
そしてなにより、敵意むき出しで手にした棍棒や槍を構える姿は、それが人間でないことを明らかにしていた。
「あー、いや、ほら。なんだ?」
両手をあげながらゆっくりと後ろに下がるミケ。
そんな彼をゴブリンは犬歯をむき出しにして唸り、睨んでくる。
「なによ、ゴブリンごときに情けないわね」
「んなこといったってな……」
すでに誰かを殺った後なのか、ゴブリンが手にしている棍棒は血で赤く塗られている。
ゴブリン――ゲームなんかだとやられ役の雑魚というイメージだが、こうして実際に相対してみると全身の毛が逆立つような迫力があった。
睨みあって固まっている彼らを無視し、メイが戦火を切った!
「ほら、やるわよ。
『火炎の一撃』!!」
メイが放った呪文がゴブリンのうち一体を直撃し、ゴブリンは悲鳴を上げるまもなく黒こげになる。
怯えたのかゴブリンのうち一体は後ずさりするが、もう一体がメイ目掛けて襲い掛かってきた!
「ぎゃぎゃっ!」
「くそっ!?」
とっさにメイとゴブリンの間に割り込み棍棒の一撃を左手の盾で弾くと、そのままの勢いでゴブリンを思い切りぶん殴る!
路地裏のときと同様にゴブリンは勢いよく宙を舞い――そのまま壁に激突して動かなくなる。
「ほら、あいつも!」
「せいやっ!」
メイが指さしたほうを見ると最後の一匹が背を向けて逃げ出すところだった。
ミケは軽く助走をつけると、メイスをゴブリンに向かって思い切り投げつける。
「ぎゅ」
直撃。
ゴブリンは変な声を上げると、飛んできたメイスと地面にはさまれてぷちっと潰された。
「おー、よく飛ぶわね」
「意外といけるもんなんだな……」
ミケは吹っ飛んでいったメイスを拾いに行きながらつぶやいた。
棍棒の一撃をガードしたときも、覚悟していたよりも衝撃は小さかった。
――この世界に来て物理的に強化されているのはチンピラのときに感じていたが、俺ってかなり強い?
勝利に浮かれているミケをみて、メイが水を差してくる。
「そりゃゴブリンだしね。油断しなきゃ駆け出しの冒険者でも余裕の相手だし。
ほら、さっさと先進むわよ。」
「あ、おい。ちょっと待てって」
既に歩き始めているメイを追って、ミケもダンジョンの奥に消えていった。
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「どりゃぁ!」
「ギュイィィ!?」
『火炎の一撃!!』
ミケのメイスがゴブリンの集団をまとめてぶっ飛ばす!
逃げようとして背を向けたゴブリンをメイの放った炎が焼き尽くす。
最初の戦闘で勢いづいたミケ達は、ゴブリンを蹴散らし4Fに到達していた。
「しかしあれだな。
この調子ならダンジョン攻略も夢じゃないんじゃないか」
「あんたね、調子に乗ってると痛い目見るわよ」
「で、いくらになったんだ?」
前と同じ質問をする。
ここに来るまでにゴブリン含めモンスターを大量に倒している。
回収したコアを入れた袋は、まるで金でも入っているかのようにじゃらじゃらと音を立てていた。
「ざっと銅貨150枚分くらいかしらね」
コウモリが一体銅貨一枚だったのに対し、ゴブリン一体が銅貨5枚。
入場料が銀貨1枚だったので、このペースならある程度利益も出そうだ。
「んじゃこのペースでサクサクいくぞ」
言って走り出すミケ。
その先には、1体のゴブリンがいた。
「往生せいやぁ!」
走ってきた勢いそのままでメイスを振り下ろそうとするミケ。
だがそのメイスがゴブリンに命中する前に、彼は何かにつまづき勢いよく転んでいた。
「うおっ!?」
転んだ先には、大きく開いた穴が待ち受けていた。
とっさに端に手を付いて落ちるのはまぬがれるが――
「ちょっと、大丈夫――っきゃあ!?」
「ぐぺっ」
ミケが転んだのと同じ場所でメイがつまづき、既に倒れているミケの上に倒れこんでくる!
奇妙な声を上げて潰れるミケ。
ずるり、と体が下に滑っていく。
彼の視線の先では、鈍く光を放つ槍がそそり立っていた。
その槍にはすでに先客がおり、大きなイノシシがその動かなくなった体を貫かれている。
コアがないところを見ると、野性のイノシシなのだろうか――。
じわり、じわりと手がすべり、槍が目に刺さりそうになる。
「重い……どけ、早く」
「重いって何よ、失礼ね!これでも標準よりは軽いわよ!」
よく分からないキレ方をしながら、メイは身を起こした。
わざとか無意識か、しれっとミケの手を踏んでいくのを忘れない。
「てめぇ……わざとだろ」
「あら、何のことかしら?」
何とか穴に落ちないように穴の横に転がり、仰向けになったまま唸るミケに、手をほほに当ててしらばっくれるメイ。
これで高笑いでもしたら立派な悪の幹部っていう感じだ。
「まあそれはそれとして」
「いや、勝手にどっかに置くなよ。まだ話は終わってない――」
「そんなことより!」
メイは強引に話をさえぎると穴の方に話題を変えてくる。
「これ、誰がやったのか不思議じゃない?」
「まあ、確かに不思議っちゃ不思議だけど……。ダンジョンだから罠くらいあるんじゃないか?」
ゲームやアニメのダンジョンでも、罠はよく見かけるので、特に疑問に思わない。
落とし穴や槍ぶすま、大きな岩が落ちてきたり転がってきたりと色々なパターンを思い浮かべる。
……もっとも、実際に味わってみたいとは思わないが。
「でも……2年前はなかったわよ、こんなの」
「たまたまじゃないか?」
「うーん……なのかしらね」
考え込むメイ。
と、離れたところで毛の生えたゴブリン数匹が集まっているのが目に入った。