0.プロローグ
――暗い夜道に男が一人と少女が一人。
石畳の道の上で寝ている男と、その上でズボンをまさぐる少女。
スーツ姿の男は倒れたまま、まるで死んでいるかのように動かない。
少女はしばらく男のズボンをカチャカチャとさせていたが、やがて目当てのものを見つけたのか、その固いモノをつかみズボンの外に引っ張り出そうとする。
辺りには誰もおらず、薄っすらとした月明かりだけがその光景をおぼろげに照らしていた。
少女はソレを掴み引っぱるが、何か引っかかっているのか、中々それを外に出すことができずにいた。
もどかしくなったのか、少女が力任せにソレを引っ張り出そうとした瞬間、目を開けた男とズボンの中のモノを掴んでいる少女の目があった。少女が首から下げたペンダントが揺れる。
少女と男は数瞬の間、顔を合わせていたが、少女が何かを言う前に男が叫んだ。
「痴女よー!!」
「なんでよ!!」
少女の振り下したこぶしが、男のみぞおちにクリーンヒットした。
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「痛っつー。殴ることはないだろ、殴ることは」
「道端でいきなりあんなこと言うからよ!」
ちなみに今は、先ほどの路地から少し離れた場所にある家に場所を移していた。
――痴女だって?
――どこだ、探せ!
――俺にもいいことしてくれよ!
外のほうが騒がしいが、それは置いておいて。
「で、何してたんだ? 人のズボンをまさぐるなんて、痴女か泥棒くらいなもんだと思うが」
年の頃は14、5歳くらいだろうか。わかりやすくそっぽを向いたせいで、ひとつにまとめた髪が肩にかかる。
ちなみに家はあまり広くないようだった。ドアから入るとすぐにキッチンらしき部屋があり、その奥に寝室がある。近くにある扉はトイレだろうか。
「まず先にいっておくと、痴女じゃないわよ。痴女じゃ」
彼女は髪をいじる癖があるのか、先っぽがくるんとした髪をいじりながらこちらと目を合わせずに言う。
「別に何か盗もうとしてたわけじゃなくて、あんたが道端で倒れてたから介抱してあげてたのよ」
「いや、何で介抱でズボンをまさぐるのかよく分からんが……。まあいいや。道端で倒れてた俺にも非があるし。ありがとな」
「な、お礼なんて……」
「で、返してくれるか?」
「な、何のことよ!」
「あくまでしらばっくれるなら、俺も不本意だが調べなきゃいけないなぁ……」
そう言うと、彼は手をわきょわきょとさせながら少女に近づいていく。
おびえたように後ずさりしながら、それでも彼女は認めない。
「知らないって言ってるでしょ!」
「そうか……。それじゃあくまで不本意だが、やるしかないな。」
手を動かしながら近づく男と後ずさる少女。
はたから見ると、変質者に襲われる少女といった感じである――もっとも、さっきまで逆だったが。
とすっ、と少女の背中が壁に着く。
もとより狭い家の中である。彼女は逃げ場がないことを悟ったのか、男をにらみつつはき捨てた。
「分かったわよ、返すわよ、返せばいいんでしょ!」
少女は男に向かって小さな箱を差し出した。
月の光を受けて、きらりと光る。
「最初から素直にそうすりゃいいんだよ」
彼はそれを受け取るとポケットにしまいながらいい放つ。
少女はふて腐れたのか頬を膨らませつつ男を両手で押し出そうとする。
「これでいいんでしょ。ほら、さっさとあたしの家から出てってよ」
「その前に一つ、聞きたいことがあるんだけどよ」
「何よ」
見慣れぬ格好をした少女、荒れた石畳の路地に、石造りの家々。なんだか微妙にスパイシーな空気。
さらにいえば電気ではなくロウソクで明かりを灯しているこの部屋。
男は辺りを見渡しながら、言葉を捜すように少しの間沈黙し、聞いた。
「ここ、何処?」