猫探し (1)
起伏の激しい大地に一本の線が通っていた。巨人が引いたような草原を南北に分けた茶色の横線、その線上を二人の純粋な人間が歩いていた。
一人は不愛想な表情をした金属製の胸当てをした青年。白と黒が混ざった頭髪は長さが不均一で、火が消えた後の焚火の炭の様だった。
背中には子供くらいなら入りそうなバックパックと紐で固定した旅道具を背負い、抜き身の長剣を一本腰に携えていた。
もう一人は青年とは対照的に好奇心で目を輝かせたいた。年の頃は十二、三。簡素だが丈夫な作りのワンピース。宝石のような瑠璃色の瞳を輝かせて、金色の髪を風に踊らせて青年の周りを駆け回っていた。
「鳥だよ、鳥!」
珍しい物を見つけたかのように少女は笑ってそう言った。
彼女の視線の先へと青年が目を向けると、確かに空に昇る日と同じ色をした小鳥が宙でさえずり回っていた。少女も二羽の真似をしてくるくるとその場で踊り出す。それはさながら三羽の家族の様。
青年は空中を必死に泳ぐ二羽を観察して、自分が手を伸ばせば簡単に握りつぶせそうだ、と内心で呟く。
「鳥なんてどこにでもいるだろう」
「そうでもないよ。こんなちっちゃな子は初めてだよ」
……確かに、この大きさじゃあ食べれる部分は少なそうだ。
そう思い、掴むために上げかけた腕を降ろす。
「お父さんとお母さんからはぐれちゃったの……? ねえ、カロル!」
カロルと呼ばれた青年は彼女の質問を先回りして淡々と答える。
「やめておけ。たった二羽じゃあ腹の足しにもならん」
辛辣な言葉に少女は肩をいからせて言った。
「違うもん! この子たちってどうなるの?」
「身を守るすべがないなら、より大きな動物に食われるだけだ」
自然とはそういうものだろう、と付け足すカロルに少女は苦々しく同意した。
彼の言っていることが正しいのはなんとなく分かっている。旅を通して彼女も自然の厳しさを学んでいるからだ。それでも納得はできなかった。
「この子たちを一緒に連れていくことはできないの?」
カロルはくだらないと溜息一つ。
「何のためだ」
「何の……?」
「そうだ」
口数が少ないカロルの言葉に、少女は頭を悩ませた。
何のって、何が何のなのだろう。何が……何? あれ? ……あれれ?
少女がその場でうずくまってうんうんと唸り、小鳥が彼女を止まり木にして数十秒。
遠ざかる足音にふと顔を上げると、隣を歩いていた青年ははるか前を進んでいたことに気付いて、
「ちょ、ちょっと待ってよう」
慌てて立ち上がって彼の後ろを追いかけた。
はっ、はっ、はっ──
ひぃ、ひぃ、はあ~……わふっ。
小さな体がカロルのバックパックに抱き着くころには、先ほどまで元気に駆け回っていた彼女もさすがに息が上がっていた。
「ミリア」
背中に張り付く異物へと、カロルは短く声をかけた。
「ついてくるなら自分の力で歩け」
その言葉は鋭く、冷たかった。横顔から少女を覗く眼もまた同様。少なくともまともな人間が子供に話しかける口調ではないだろう。
腰の直剣をそのまま口から吐き出したような言葉に、しかしミリアと呼ばれた少女はひるまなかった。
「べーっだ」
舌を出してあっかんべー。体力はなくても負け惜しみに侮蔑を送るだけの肝は据わっていた。彼女にとってこれくらいは日常茶飯事で、もうさっきまでのやり取りがなかったみたく何食わぬ顔でカロルの横に並んで歩き出していた。
ミリアは、ねえと口を開く。
「何のためなら、いいの?」
「お前と一緒だ」
言いながら、荒んだ目をミリアの頭にじっと向けて、頭でも撫でるかのようにそっと腕を上げて、
「俺と利害が一致して、俺の邪魔にならなければいい」
少女の頭にとまる一羽を掴もうと素早く伸ばした手が空を切ったことに舌打ち。
「今日の晩御飯になるとか?」
「そうだ。だがまともに食える大きさになるのはずっと先の話だろうな」
「じゃあ、そのずっと先まで育てて、いつかの晩御飯にするのは?」
「誰が面倒を見るんだ」
「わ、わたしが見る」
「誰の飯を分けるんだ」
「うっ……わたしのをちょっとだけ分ければいいんでしょ」
自分の食事を分ける以外に選択肢がないことに一瞬たじろぐも、それでも強引に押し切った。
「じゃあ好きにしろ」
「えっ、いいの?」
驚きに目を見開くミリアにカロルは小さく頷いた。ミリアは頬を緩ませて喜びの声と共に飛び上がった。
「やったあ! いい? 分けてあげるのはちょっとだけだからね。ほんとにちょっとよ?」
目を弓なりにして小鳥に話しかけるミリアを尻目に、カロルは表情を変えず青空を仰いだ。
食べるのが楽しみだ、と。
◆
なだらかな道を上っては、下りを歩き。
坂を上って、更に上って、上り切るとまた下り坂。
二人の道のりはその繰り返しだった。
だが朝から遠くに見えていた最も高い丘を目指して幾度も上下する大地を延々と歩き続けると──
「見ろ」
カロルはふらふらと後ろを付いてくる少女へ端的にそういうと、彼女は間抜けな声を漏らして顔を上げた。
「うわあ──」
二人が見下ろす先には、
「町だあ……!」
足元から続く道は左右へ揺れながら緩やかに下っていき、一二K先に建物と畑が集まった円形の町がそこにあった。大人なら端から端まで容易に駆け抜けれる程度の小さな町だ。
細い川が中央を横断して、一部が隣接する広大な森に覆われているのが特徴的だった。
「そうだ。日が真上に上る頃にはつくだろう」
「もう足が棒みたいだよ……」
「好きにしろ。俺は勝手に行く」
「うう……」
「付いてこないのなら置いていくだけだ」
「待ってよお、今行くから……」
ミリアが小走りに彼の横に並ぶと、大地にさえぎられていた冷風がタイミングよく丘の上を吹き抜けた。
「ふあ……いい風……くんくん……うん?」
ふとミリアは鼻につく匂いに気付いた。甘酸っぱい、熟れた果実の匂いだ。
疲れが色濃い顔に元気を取り戻すミリア。
「あの森は果物が豊富なのか?」
なら名産の果実酒の一つでもあるかもしれない、と一人呟いていると、
「カロル、早く町に行こう!」
ついさっきまで歩けないと言っていたのが嘘のようにミリアは先行して急かし始めた。
カロルは鼻で笑って言った。
「ふん、まだ歩けるじゃないか」
「こんなのへっちゃらだよ」
「どうだか。町に着く前に音を上げるに一ソール」
「じゃあ私のほうが早く着くに二ソール」
「お前は無一文だろうが。なんなら掛け金に晩飯でも使うか?」
「むっ……じゃあ今日のおやつを」
「そんなものは最初からないだろう」
「なによカロルのけちー」
夕食を人質に取られてそれ以上何も言えなかったミリアは、結局町までの道半ばで力尽きたのだった。
彼女はその後、追いついたカロルに見て見ぬ振りをされ、昼を過ぎて通りかかった行商に発見されて遅れて町に到着した。
◆
目を覚ましたミリアが最初に行ったのは、カロルへの抗議でも、カロルに一ソール払うことでもなく──
「おじさん、甘いの一つ」
匂いにつられて入った店で好物を食べることだった。
「あ、ああ。丁度今朝いいのが焼きあがった所だ」
「やったあ!」
受け答えしているのは禿頭に日に焼けた肌の男。彼が朗報を告げるとミリアは無邪気に喜んで両足をぶらぶらと揺らして感情を現した。
一方で勢いよく店内に飛び込んだ奇妙な少女に店主は若干の動揺を見せつつも、注文を受けた料理を取りに恰幅のいい体を店の奥へ隠していった。
「何勝手に注文してんだお前」
程なくして追いついたカロルはそう言って木造の室内を見回してから荷物を下ろして少女の隣へと座った。
二人が入ったのはこの町唯一の酒場だった。中には客は誰もおらず、狭い店内にカウンターとテーブルが一つあるだけ。席に着いて触れた台は小さな凹みは無数にあるが、傷らしい傷はどれも磨かれて滑らかになっていて、カウルの手の平に年季を感じさせた。
奥の調理場からは今朝のものと同じ甘い香りが漂っていた。
「いいじゃん、わたしのお昼はこれでいいからさ」
「飯を食う元気があるなら、まあいい」
「というかなんで私びしょ濡れなの」
「知ったことか。そのうち乾くだろう」
「ふーん」
彼女の言う通り、快晴にもかかわらずミリアは彼女は頭から水を被ってずぶ濡れだった。実際には伸びていた彼女をたたき起こすために川で汲んだ水をカロルが豪快にぶっかけたのだった。だが料理が待ちきれない彼女にとっては些細な問題だったらしく、カロルへの追及はそれ以上なかった。
店主はさぞかし困惑しただろうとカロルは他人事のように眺めていると、
「はいお待たせ。ベリージャムのケーキとホットミルクだ。ただしこっちが先だな」
手に持つ料理はあえて少女の前ではなく隣席の前へ。代わりに腕にかけていたタオルを少女の頭にかぶせた。肩で休んでいた小鳥は突然のことに驚いて床へ飛び降り、ミリアもまた小さく驚いた。だが優しく頭を拭く男の厚意が心地よくて目を閉じてそのまま身を任せた。
「えっと、あんたは──」
「そいつの付き添いだ。俺には何か酒と、腹に入る物を頼む」
カロルの発言を受けて初老は鋭い目つきでつま先から頭のてっぺんまで品定めするようにたっぷり観察すると、
「何だ? 何か問題でも」
「大ありだとも」
太腕を組んで鼻息荒く答えた。
「ガキに酒なんか出せるかっ。……料理は出すがそいつと同じミルクで我慢しときな」
ぴしゃりと言い切られてカロルは思わず開いた口がふさがらなかった。
「十七か十八って所か。ちょうど宿屋の倅と同じくらいだ。ガキのうちにアルコールに手ぇ出すと、早く馬鹿になるか早く死ぬかのどっちかだぜ」
久方ぶりの説教を懐かしく感じる自分にカロルは自嘲気味に軽く笑いをこぼす。そしてそれ以上は何も言わずに店の奥へ進む店主を見送った。
その様子を珍しい鳥でも見つけた方のようにじっと見つめるミリア。
「なんだ」
「えっ、あっ……と。カロルでもそんな表情するんだなあって」
そういって微笑むミリアにカロルはなんだか腹立たしく思い、片手で彼女の頭を鷲掴みして荒っぽく彼女の頭を拭きはじめた。
「あっちょっと、やめて、やめてよもうっ」
笑いながら両手を振り回して暴れる少女を無視して、カロルは料理が届くまで無言でそれを続けるのだった。
◆
店主が食事を終えた皿を片づけてカウンターに戻ると、先程からいる奇妙な二人の客がまだそこにいた。
おや、と疑問が浮かぶ。
普段なら自分が調理場へ引っ込んでいる間に、何も言わずとも客は支払いを置いて帰っていくのだ。
「まだいたのか、あんたら」
「勘定がまだだ」
もっともな理由を聞いて店主は豪快に笑った。
「そうかそうか、すまんな。いつも常連ばかり相手しているもんで気づかなんだ。五ソールでいいよ」
「安いな」
「あいにく金額は設定しておらんのでな。儲けるためにやってる訳でもないし、店に来るのはこの小さな町の友人だけさ」
「理由はいい。出費は少ないに越したことはない」
カロルは皮袋から日の光が描かれた銅貨を五枚抜いて机の上へ。
「っは、愛想のないガキだ。一人寂しく生きる老い先短い男の世間話にくらい付き合ってくれてもいいだろうに」
「それよりも──」
カロルは身を乗り出してそう切り出すと、
「一人でここに住んでるの?」
タイミング悪く、ぴょんと跳ねた髪を好奇心で揺れさせながら聞いたミリアの言葉が被さった。じろりと睨むと慌てて身振りで発言権を返されて、ため息とともにカロルはもう一度口を開く。
「俺はカロル、こいつはミリア。旅をしている」
「冒険者って奴か。わしは《エストヒューゲル》の名も無き酒場のコルヴィム」
握手を求めて手を差し出すコルヴィムにカロルは渋々応じた。青年よりも一回り大きく歪んだ岩のような手はカロルの右手を力強く握り返す。
……この爺、元・戦士か。老体のくせに腕力だけは一人前だ。
カロルが負けじと更に強く握り返すとコルヴィムは笑って手を放した。
「なるほど、そこらの大人よりかは腕が立ちそうだな」
「ここらでクエストを扱ってる所はあるか」
「クエストだあ? そんなものはここいらにはないさ」
「ない……?」
怪訝な顔をして聞き返すカロル。
「ああ。大抵のことは町の皆で協力して解決しちまうからな」
「ないという事はないだろう。町の裏の森林、あの規模なら二、三種類のモンスターの巣くらいはあるだろう」
大地ある所にクエストあり、というのは冒険者にとっての共通認識だとカロルは考えていた。
森、草原、荒地、砂漠。どこであれ広い大地があればそういった自然を得意とするモンスターは住処を求めてやってくる。やがてそこに巣ができればモンスターは数を増やし、足りない食料を探しに付近の人里を襲う。力を持たない人間はクエストを発行して冒険者に助けを求め、金銭を対価に冒険者はモンスターを狩り尽くし、町と周囲の大地には一時の平和が戻る。
故に当然クエストの一つや二つあるだろう、と。
だが、
「けれどよ。それこそ腕が立つ人間が一人いれば、冒険者の手はいらねえよなあ?」
なるほど、とカロルは息を吐いて座りなおす。
「要するに、コルヴィム。あんたは商売敵だったって訳だ」
「そういうことだ、すまんな若造。現役退いたあ身だが、たまにワーウルフをぶっ飛ばしにいくらいは余裕よ」
横で聞いていたミリアは目をぱちくりさせた。
「お爺さん、強いの?」
「おうよ。三十年間鍛えたこの体は微塵も衰えちゃあいないさ」
拳で胸板を打って笑いながら、カウンター裏からティーポットを取り出した。同じように三つのカップを取り出して中身を注ぐと周囲にふわっと爽やかな香りが広がった。コルヴィムはそのうちの二つを二人の前に差し出した。
「なんだこれは」
「ハーブティさ」
「見れば分かる」
「世間話に付き合ってくれただろう。カロルといったか。クエストなんて大層なもんはこの町にはないが、あんたとの話はそれなりに楽しかった。そのささやかなお礼だよ」
さっきまでとは打って変わってコルヴィムは柔和な笑みを見せた。カロルは退屈そうに腕を軽く組み、カップには手を付けない。
「大した話はしてない」
「ならこれから聞かせてくれよ。どうせクエストがなけりゃあ暇だろう」
「ここにないならないで町で聞き回るだけだ」
「そのカップ一杯分、付き合ってくれるだけで構わないとも。いつくたばるか分からん老いぼれに情けをかけておくれよ」
「そのがたいでよく言うよ」
「ああ、こりゃあ一本取られたなあ。さてどう口説けばいいものやら」
そういいながらコルヴィムは熊のような手で起用に小さなカップを持って一口飲む。
「カロル」
呼ばれたカロルは声の主へ視線を向けた。ミリアは椅子から飛び降りて青年へと詰め寄った。
「ちょっとくらいいいじゃない! 依頼主を探すヒントにもなるかもしれないし……」
大義名分はある、と主張する少女。
珍しく彼女の言い分にも一理あるとカロルは素直に感心しながら思案した。
……仮にクエストがあっても、こんな小さな町じゃあ銀貨一枚にもならないだろう。それなら歩き回るだけ損だ。
何より、彼の話に付き合ったせいで少し喉が渇いていた。
「こんな安い報酬でよく言うよ」
そういうとカロルはカップを手に一気にあおった。甘い香りが口から鼻を抜け、口内で感じる温度以上に冷たい液体が喉を通り抜けた。
「二倍の報酬でなら、そのクエストを受けよう」
その手の中身を飲み干してからぬけぬけと店主へそういうのだった。
◆
空に浮かぶ太陽が傾き、降り注ぐ日差しを弱める頃。
田舎町の広場の一角にある酒場からは珍しく笑い声が聞こえていた。とはいえ別段満員の客で賑わっている様子はない。客はわずか二人。それは単に店主の声が外にまで響いているだけだった。だが男は他人が見ればよく息が続くものだと感心するほどに、二人の話を聞いては大口を開けて笑っていた。
「カロル、あんた中々面白い男じゃあねえか」
「そういうあんたは、それを何度言えば気が済むんだ」
「そりゃあ気が済むまでさ」
自分で言って含み笑いしながら自らのカップに口を付けた。
「そういえばコルヴィムさん」
カップから漂う匂いに頬を緩ませながら、ミリアは店主へ話し掛ける。一杯目を空にしてからサービスだと新たに注がれたそれは、質のいいジャムを連想させる甘い香りを周囲に漂わせていた。
「ここには一人で住んでるの?」
聞かれて視線だけを少女へと向けた。どう答えようか考えつつ中身の減ったカップをカウンターに置く。
「そうとも。ここに移り住み、店を立て、もう二十年になるな」
「奥さんや、お子さんは……?」
「あいにく結婚はしとらん。ガキが一丁前に冒険にあこがれて町を出て、野盗を殴り飛ばすかモンスターをなぎ倒すかしか能がなかった男だ。この歳で女の口説き方一つしらねえさ」
そういってコルヴィムは自嘲した。
「そんなわしにもこの町の皆は歓迎してくれたよ。一人で生きてきた俺には居心地が良くて、つい長く滞在しちまった。ここに住むって言ったらな、力での解決しか知らねえ役立たずも温かく迎えてくれた。まあ、わしに惚れる女は結局おらんかったがな。そんで気付いたらもう爺よ」
けれどよ、と壁際を指さして言う。
「連れ添った相棒も一緒だ」
見ればカウンターの内側、壁に一本の鉄斧が立てかけられていた。刃が人の顔ほどもあり重厚なそれを一目見て、彼が歴戦の戦士だった事をカロルは確信する。
「おかげで一人でも寂しかねえ。あいつは今まで一緒に戦ってくれた友よ。……とはいえお互いにそろそろ限界だがよ。ぼちぼちどっちかがくたばりそうだ。まあその時はあいつと一緒に死ねれば……戦士としては本懐よ」
「コルヴィムさん……」
そう語る彼の声には物悲しい哀愁を感じさせた。
「死ぬなんて、そんな事言わないでよ……」
ミリアは声を絞り出していう。
「もしもその斧が壊れても……また新しい武器を買って、戦えば……」
「嬢ちゃん、悪いがこれはわしの生き様だ。相手が客だろうが友だろうが関係ねえ。こればっかりは誰にも口を挟ませねえし、挟んじゃいけねえもんなんだ」
あんたなら分かるだろう、とカロルへ顎をしゃくる。
「悪いが、俺はコルヴィムじゃあない」
「お前も戦士だろうが」
「そう言うあんたは、戦士じゃないだろう」
カロルの発言に、コルヴィムはカップを持ち上げた手を止めた。だが込められた力に耐えきれず取っ手が粉砕し、カップはそのまま自由落下して床の上で粉々になった。
「何が言いてえ。言葉次第じゃあいくら客でも──」
「あんたは用心棒だ」
短い言葉に意味が見いだせずコルヴィムはその場で立ちつくした。言いたいことは行ったと言わんばかりに黙るカロルに代わって、ミリアが身を乗り出して言う。
「わたしも、そう思う。コルヴィムさんはそうじゃないの? 誰かが困ったらみんなで協力して解決するって言った……。ワーウルフが襲ってきてもコルヴィムさんが居るって言ったもん……!。もうコルヴィムさんは、一人ぼっちの戦士じゃなくて……この町の用心棒なんじゃないのかな?」
ミリアは真剣な目でそう訴えかけた。
「は、は、は……」
彼女の言葉に身体が後ろによろけた。巨体が棚にもたれかかると大きく揺れ、いくつかのカップが崩れ落ちた。
分厚い胸をさらに膨らませて、長くため息を吐いた。戦士として肩肘張り続けた、その張り詰めた気を緩めるために。
「違いねえ……わしは何を勘違いしてたんだか。この町に住んだ時には、もう戦士は卒業しておったわ」
「ボケたかと思ったよ」
「もう! ひやひやさせないでよカロル、ただでさえ口数が少ないんだから」
「はっはっは。それも違いねえ。お前はわしぐらい饒舌になった方がいいな。その不愛想な面と相まって余計に誤解されるタチだろう。それにしてもすまなかったな、お詫びに何かサービスしよう」
そう言いながらコルヴィムはでかい図体を奥へ引っ込める。
「わ、悪いよそんな!」
「貰おう」
「カロル!」
まったくの真逆の反応に破顔しつつ、どれにしようかと銘柄がバラバラの瓶を選別し始める。
「いやいや。憑き物が落ちたようにこんな清々しい気分は初めてだ。礼の一つもせんと気が済まん。なにせ四日前に猫にも逃げられてちょっと気が動転しておってな」
「猫……?」
「ああ、ちっこい子供だ。耳から尻尾の先まで真っ白な臆病な奴さ。一年くらい前にふらっと現れて、そん時は縄張り争いに負けたのかボロボロだった。手当てしてやったら勝手に住み着きおった」
コルヴィムは饒舌に語りながらも手は止めず、棚の手前の瓶をどけて奥に並んでいる法を調べる。
「コルヴィムさんが強そうだから、守って貰えると思ったのかな?」
「本能的にそう思ったのかもしれねえな。実際あいつはこの一年、この店から離れようとしなかった。けれど町中探してどこにもいねえんだ。さすがにもうどっかで……おっと、こいつがいいな」
そう言って持ち出した瓶と、グラスを三つカウンターへ並べた。
「さあこいつで乾杯しようじゃねえか!」
「……コルヴィム」
「おうよ、お前が望んだ酒だよ。構いやしねえ、お前は十分大人だよカロル。めでたい時はいい酒で乾杯するもんだ」
「えっ、あ、あたしはお酒は──」
突然のことに戸惑うミリア。
それに対して既に飲んでいるんじゃあないのかと思うくらいに上機嫌なコルヴィムは、
「こんな日だ、ちょっとくらいいいだろう? なんならほんの一口でいい。味は保証するよ」
「コルヴィム」
「ああ? ……ああ、悪かったよ。じゃあミリアちゃんにはミルクだな」
「あんた、その猫の命にならいくら払える?」
「……変なことを聞くな。あいつは……家族みたいなもんだ。金で家族の価値ははかれんよ」
冷えたミルクを注ぎに裏に戻ろうとするコルヴィムへ、カロルはもう一度問う。
「なら、報酬は弾むと思っていいんだな?」
「……ん?」
「あっ!」
コルヴィムが真意を測りかねて振り返ると、明るい笑みを咲かせた少女とシニカルに口元をゆがめた青年が目に映った。
「そのクエストを俺に依頼しろ。礼がしたいならそれで十分だ」
彼の粋な計らいに歯をむき出して拳で机を叩いた。
いいだろう、と。
絶賛後編作成中。前編に負けない量にしたいです(切実)




