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ユナヘル  作者: かなへび
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第四章


 オルトロスを封印できるようになると、スコロペンドラという魔物を指定されるようになった。

 百足に似た魔物で、つがいで活動し、年を経るごとに巨体になり、胴の節の数は増え、甲殻は硬くなっていくという。


 ユナヘルは、オルトロスを封印して高くなった鼻はぽっきりと折られるほどに苦戦した。

 特に厄介だったのはスコロペンドラの持つ毒だった。

 体からいくつも生えている脚で引っかかれると、たとえ小さな傷でも体が動かなくなる。

 そうなればスヴェがやってきて、訓練は終了してしまう。

 いかに無傷で封印するかが大きな課題だった。


 スコロペンドラの次は、コカトリスという、雄鶏の体に蛇の尾を持つ魔物だった。

 口から吐く息には石化の魔法がかかっており、体の一部が徐々に石になっていくという恐ろしい体験を味わった。


 その次のドリュアスは木の魔物だった。

 一見すると何の変哲もないただの古木だが、魔法具を近づけると、無数に別れた枝や根を突き出して攻撃してくる。


 地下から迫る攻撃を見切れるようになり、そろそろ封印できるだろうと予想をつけたころに、スヴェから「きみが訓練するには、大森林に住む魔物では力不足だ」という言葉をもらった。






 集落の中央にある広場では、炎が煌々と明かりを放ち、その周囲で踊る亜人種たちを照らしている。

 動きに合わせて影が歪むさまを、ユナヘルはぼんやりと眺めていた。


 踊っているのは、猫の亜人種たち。

 頭部から猫の耳を生やしており、腰の辺りから伸びるふさふさの尾は自由に動くようだった。

 男女一組になって踊る亜人種たちが、隣で踊る相手と尾を絡めて遊んでいる様子が良く見えた。


 離れた場所で、木の器の中の白濁した液体をぐるぐると回していると、先ほど戦った魔物――ライカンが、液面で走り回る光景が目に浮かんだ。

 奴らの武器は連携だ。

 ライカンたちは一頭の長の下に完璧に統率されている。

 右から来たのは囮。

 正解は背後、と見せかけて、本命は頭上だった。

 前衛と後衛できっちりと役割が分かれており、動きを強化する補助の魔法から、遠距離から飛んで来る直接攻撃用の魔法など、その行動は多岐に渡る。


 ユナヘルは人差し指で地面に絵を描き始めた。

 覚えている地形や敵の位置を記していく。

 敵の土俵で戦ってはいけない。

 一頭一頭順番に対処する必要がある。


 ユナヘルの腰には、<篝火>のほかに、<双牙>も差されていた。

 セドナの大森林を抜ける途中、片手間で封印したものだった。

 オルトロスと戦うのも慣れたもので、今ではセドナの大森林に入れば、オルトロスがどの辺りにいるのか、漠然と分かるようになってきた。


 旅路が長くなり、課題となる魔物が強くなるにつれて、ユナヘルはスヴェから封印具を一つ貰い、装備を充実させることにしていた。

 さすがに低位の魔法具である<篝火>だけで戦い続けるのは――<篝火>の扱いに慣れ、封じられているイグニスの魔法の力を最大限まで引き出せる実力を得た現状でも――無理があったのだ。


 この二つの魔法具で挑戦するのは数度目だった。

 あと三回試して無理そうなら、別の魔法具で戦おう、と考えていると、スヴェが近寄ってきた。

 いつものスヴェは、この時間、この集落の族長と話をしているはずだ。

 ユナヘルは慌てて砂の絵を消した。


「飲めなかった?」

「お酒はちょっとね」


 ユナヘルはいつも通りの答えを返した。

 スヴェは魔物領を経由しながら、北へ北へと旅を続けていった。

 セドナの大森林を抜け、ゴートの湿地帯、巨人の丘、ウェナザン山峡――。

 ウルドの高階梯の兵士でも尻込みするような名立たる魔物領を慣れた様子で渡り歩くスヴェを見るたびに、彼女はこれまでどんな人生を送ってきたのかと疑問に思った。


 途中で立ち寄る亜人種の集落では、スヴェは歓迎されていた。

 村人からは旅の話をせがまれ、無償で宿を提供され、出発時には持ちきれないほどの食料を渡された。

 スヴェにくっついて歩くユナヘルにも、亜人種たちは注目した。

 どこから来たのか、一体誰なのか。

 そのたびにスヴェは「私の弟だ」と紹介した。

 その言葉だけで、ユナヘルはあっさりと集落に馴染めてしまった。


 最初は亜人たちとも言葉を交わしていたが、何度も何度も通い、同じ話を繰り返すうちに気が滅入ってしまい、今では口数が少ない人物だとそれとなく主張することで、人を寄せ付けないようにしていた。


「きみ、本当は、ずっと魔物と戦ってた」スヴェはユナヘルの横に腰掛けてそう言った。「『訓練で少しだけ』なんて、うそでしょ?」

「まあね」ユナヘルは小声で答えた。


 最近、この類の質問をされるようになった。


 一度、馬鹿正直に現在の状況を説明したことがあった。

 時間を繰り返し、何度もスヴェに会い、魔物と戦っているのだと。

 当然ながらまるで信用されず、そのときは一緒についていくことすら拒まれたため、二度と言わないようにしようと決めていた。


 ユナヘルは自分に実力がついていることを自覚しつつも、決してうぬぼれることは無かった。

 魔物と戦えるようになればなるほど、スヴェとの実力差を理解できるようになっていったからだ。

 スヴェは複数の魔法具を完璧に使いこなしている。

 ユナヘル自身も複数持つようになったから良く分かるが、一つのときよりも格段に扱いが難しくなる。

 まるで自分の体が二つに分裂してしまうかのような感覚は、何時まで経っても慣れることは無い。

 まして、スヴェのように別の魔法具で別の魔法を同時に使うことなど到底無理だ。


 また、スヴェの魔法は恐ろしく静かだった。

 引き起こされた現象を見なければ魔法が使われたかどうか分からないほどに、その発動の気配が読めない。

 スヴェを見習って、少しでも近づけるように努力しているが、ユナヘルの魔法は相変わらず魔物たちには丸分かりのようだった。


 まずは、魔法具を手で持たず、鞘に収めたままの状態――「無手」で魔法を使う訓練をしているが、スヴェの足元に及ぶには、まだまだ時間が必要だった。

 このまま魔物と戦いを続けていけば、スヴェのようになれるのだろうか。


「本当に、ここで別れるの?」

「うん。ここまでありがとう」ユナヘルははっきりと答えた。


 ユナヘルは、ある二つの制約を自分自身に課していた。


 一つは、王都襲撃後の二十日目の昼を迎える前に、どんな状況だろうと必ず「やり直す」というもの。

 二十日目の昼とはつまり、メィレ姫の処刑が行われる時間帯。

 たとえ時間が巻き戻り、全てがなかったことになるとしても、メィレ姫が殺され自分だけが生き残るなどという現実を認めるわけにはいかなかった。


 もう一つは、スヴェの指定した魔物を封印できなければ、そこでスヴェと別れる、というもの。

 この「やり直し」の力は、メィレ姫を助けるためのもので、それ以外の目的に利用してはならない。

 ユナヘルの心には、いつの間にかそのような考えが染み付いていた。

 もしもそれをしてしまえば、取り返しがつかない事態になるような、一番大切なものを駄目にしてしまうような、そんな漠然とした不安と、確信があったのだ。


 スヴェと別れたら、来た道を戻り、一人でライカンに挑むつもりだった。

 今はまだ「十日目」だから、じっくりと戦う時間がある。

 倒せれば進歩に繋がるし、負けても「やり直し」の手間が省けるだけだ。


「きみの故郷、本当にこの辺りなの?」


 ユナヘルは曖昧に返事をした。

 スヴェには嘘や誤魔化しばかり言っている気がする。

 こんなに世話になっているというのに、申し訳なく感じた。


「それより」ユナヘルは立ち上がった。「時間空いてるなら、付き合ってほしいんだけど」

「またやるの?」

「今夜で最後だし。だめかな?」

「しょうがない」


 スヴェは少し上機嫌だった。

 最近になってようやく、スヴェの感情が読めるようになってきた。

 相変わらず表情の変化は乏しいが、機嫌が良いのか悪いのかくらいは判別できるようになった。


 スヴェは立ち上がり、ユナヘルから距離を取って向かい合った。

 ユナヘルは腰の<篝火>へ意識を向けた。

 狙いはスヴェと自分の間の空間。

 そこへ、特大の炎を出現させようと、魔力を集中する。


 だが、できない。

 <篝火>は一切応えず、わずかな熱も発生しない。

 スヴェの干渉が強すぎるのだ。

 <篝火>の支配権は、完全にスヴェへ移っている。


「魔法具抜いて」スヴェが両手を広げて言った。「無手でやろうなんて、甘いよ」


 ユナヘルは素直に<篝火>の柄をしっかりと握り、鞘から引き抜いた。

 赤く燃えるような刀身が姿を現す。

 魔法具の切っ先に小指の爪ほどの火が灯った。

 せいぜい枯れ草を燃やすのが精一杯の、僅かな魔法だった。


 スヴェの干渉下では、これが限界だった。

 魔法具の柄を握るユナヘルの額には汗が滲み、呼吸は徐々に乱れていく。


 これは魔法具の支配権を奪い合う訓練だった。

 旅の途中、こうして亜人種の村に立ち寄ったときや、移動中の僅かな休憩時間にもスヴェに頼み込み、これまで何度も訓練を行ってきた。

 このスヴェとは、確か八回目だったはずだ。


 スヴェの干渉を受けると、底の抜けた桶で水をすくっているような気分になる。

 いくら力を入れても、入れた端から抜けていく。

 疲労感だけ増していき、まるで手ごたえを感じられない。

 スヴェは離れた場所からこちらを見ている。


「それじゃだめだよ」


 ユナヘルは必死の思いで抵抗する。

 この魔法具は自分のものだと強く念じ、スヴェの干渉を振り払おうとする。

 ユナヘルは、ぎゅっと目を閉じた。


 そう、スヴェは「手」を伸ばしている。

 現実には存在しない、見えない手だ。

 ユナヘルはそれをはっきりと感じた。

 スヴェの「手」は、ユナヘルの持つ<篝火>に辿りつくと、中に封じられている魔物に、その魂に触れている。

 「見えない手」は、「見えない手」でしか触れない。


 ユナヘルはスヴェの「手」を掴んだ。

 魔法具の先の火が、少し大きくなる。


「お」スヴェが声を上げた。「やるじゃない」


 スヴェの「手」を遠ざけていくと、さらに火が強くなった。

 <篝火>がユナヘルに応えようとしているのが分かる。


「そうそう」

「……こう?」か細い声でユナヘルは聞いた。

「合ってる」スヴェは頷いた。「はい、じゃあ、もうちょっと頑張ってみよう」


 突然、スヴェの「手」が増えた。

 悪寒が走る。

 ユナヘルの「手」では数が足りない。

 たちまち<篝火>は絡め取られ、奪われてしまう。


 ユナヘルが目を開けると、魔法具の火は完全に消えていた。

 大きく溜息をつき、額の汗を拭う。

 息は絶え絶えだ。


「ここまでだね。でも良かった。うん」

「ちょっとは、進歩、したかな」

「今までで一番良かった」


 ユナヘルにとっても、これまでで一番良かった。

 もちろん最後は支配権を奪われてしまったが、進歩が感じられて、ユナヘルの表情は自分でも気付かないうちに明るくなっていた。


 そして、スヴェの顔を見て、呼吸が止まった。

 ほんの一瞬だったが、確かに見た。

 スヴェが嬉しそうに綻んだ笑顔を浮かべているところを。


 その瞬間に、鋭い針がユナヘルの胸を突いた。

 心臓の鼓動に合わせて痛みが脈打つ。

 脳裏に浮かぶのは、処刑台の上の姫。


「どうしたの?」スヴェは首を傾げた。


 ユナヘルは首を振った。






 長い旅だった。

 王都で得た情報を元に、メィレ姫を救出する計画を立てながら、スヴェの元で魔物との戦いを続けていった。


 また、ユナヘルは訓練の中で、作戦で使用する魔法具の選定も行っていた。

 実際にメィレ姫を救出しようと思ったら、何人もの敵と戦う必要がある。

 例え「やり直し」の情報収集によって、戦いを極力避け、物事を有利に運ぶことが出来たとしても、どこかで必ず高位の階梯の兵士と正面衝突しなければならなくなる。

 その際にはこちらも強力な魔法具で武装する必要があるが、ユナヘルは既にウルド国内の多くの魔物の知識を持ち、その魔物を封印した魔法具の使用感を知っている。


 あとは組み合わせの総当りである。


 兵士と遭遇しない潜入方法、メィレ姫を救出したあとの脱出経路を調べ、そのときにどうしても避けられない敵と、それを相手にして有利に戦える相性の良い魔法具を考える。

 その魔法具を手に入れるには、どの魔物領へ行き、どの魔物を封印すればいい?

 その魔物領から王都まではどれほどある?

 有利な魔法具を手に入れ、「やり直し」をしても勝てそうに無いなら、別の日時と潜入方法を考え直す必要がある。


 自分の実力が上がったと感じるたびに、ユナヘルは作戦を決行した。

 路地裏で目覚め、スヴェと共に王都を出て、魔物領で魔法具を造り、一人で王都へ帰る。

 返り討ちにあい、捕まりそうになるたびにやり直しては、作戦を練り直す。


 様々な魔法具を使う中で、王都で兵士が持つ魔法具を奪うという作戦を考えたことがあった。

 だが自分で封じた魔法具の方が強力な魔法を使えるということが大きく影響してくることが分かったため、一度王都を出て装備を整えるという方針に変化は無かった。


「それは当たり前」


 このことについて聞いたとき、スヴェは当然といった顔で頷いた。


「魔物と戦って、その魔物に勝利して、封印する。それは、その魔物が封印者に屈服したということ。支配されることを受け入れた、ということ」

「だから、人が封印した魔法具を使うよりも強い魔法が使える?」

「私の持つ魔法具は、全て私が造った。だれかが私の魔法具から支配権を奪おうと干渉してきても、そう簡単にはいかない」


 ユナヘルはスヴェの表情の下から自慢げな感情を読み取った。

 スヴェの実力なら、どんな魔法具だろうと支配権を奪うのはたやすいことではないと思ったが、ユナヘルは口にしなかった。




 永い旅だった。

 ユナヘルの実力の向上に伴って、選択肢が増えていく。

 それまで不可能だったことが可能になる。

 勝てなかった敵が倒せるようになる。

 封印できなかった魔物が封印できるようになる。


 そうなれば、試さないわけにはいかない。

 また一から作戦を考え直し、それを試していく。

 一つ一つ可能性を潰し、そうしてまた実力がつき、可能性が増える。


 永い、永い旅だった。

 だがユナヘルは少しも苦痛に感じなかった。

 笑われ、軽んじられてきた自分が、戦う力を手に入れている。

 メィレ姫までの距離が、徐々に狭まっている。


 それに、ユナヘルにはスヴェがいた。

 いつのまにかユナヘルは、スヴェの変化の無い表情を見て、彼女の感情を読み取ることが得意になっていた。

 彼女は機嫌が良いときに、自分のことをぽつりぽつりと話す傾向があった。

 ユナヘルは、スヴェの秘密が旅の中で少しずつ明かされるのを楽しみにしていた。


 ――レムレースという蛇の亜人種の一族に拾われ、そこで育てられた。


 ――本当の親は分からない。興味も無い。


 ――村は「紅蓮竜の山」の麓にある沼地で、いつもじめじめしている。


 ――凶悪な魔物たちから村を守るため、戦い続けて、いつの間にか強くなっていた。


 ――当然血は繋がってないが、「妹」のような存在の女の子がおり、可愛くて可愛くて仕方ない。


 スヴェが自分のことを話すのは本当に稀だった。

 同じ話をすることもある。

 新しい情報を得られたときは、まるで収集家にでもなったかのような気分を味わった。


 ユナヘルはいつも新しいスヴェと出会った。

 ときどき、それが重荷になることがあった。

 共に歩いた森も、川のほとりで休んだことも、一緒に戦った魔物のことも、ユナヘルだけが知っていた。

 スヴェは常に、何も知らないのだ。

 ユナヘルはスヴェに自分の名前を告げるたびに、心の底に澱のようなものが溜まっていくのを意識した。


 仕方の無いことだ、と言い聞かせる。

 得られた力を思えば、この程度の対価など、どうということはないのだと。




 そうして、スヴェの態度がおかしくなり始めたのは、いつからだったろう。


 「セドナの大森林」で数多くの魔物相手に戦っているときは気付かなかった。

 「ゴートの湿地帯」でゴブリンの群れを追い回し、グリフォンの群れに追い回されたときも、「巨人の丘」でキュクロプスの封印に成功したときも、分からなかった。


 ユナヘルが魔物との戦いで危機に陥っても、スヴェの助けが入らなくなってきたあたりが、きっと転機だったのだろう。


 スヴェからぴりぴりとした空気が伝わってきて、それが警戒心だと分かっても、ユナヘルは何も言わなかった。

 会話が必要最低限のものになっても、歩くときの二人の距離が離れていっても、ユナヘルは目をつぶっていた。


 今思えば、あの頃からスヴェはユナヘルの強さを認めていたのだ。

 ユナヘルは、ずっと、気付かない振りをしていた。






 スヴェは安い寝台の上で身を起こし、即座に戦闘態勢に入った。

 室内は真っ暗だったが、異常はないことがスヴェには分かった

 異常事態が起きているのは室外――宿から遠く離れた王宮のあたりだ。

 大規模な攻撃魔法が使われている。


 一体、王都で今何が起こっているのか。

 外に出て状況を調べるべきかもしれなかったが、わざわざ面倒ごとに巻き込まれることもないだろう。


 どのみち朝になれば王都を発つつもりだった。

 朝を待って王都を出よう。

 スヴェはそう考えて、何が起きても動けるように身支度を済ませた。


 しばらくすると、宿の近くまで戦いの波が近付いていることが分かった。

 騒ぎに気付いたのか、他の部屋の客が目を覚ます様子が分かった。


 スヴェは、所持している魔法具の一つ、<月影>に意識を向けた。

 スヴェの腰に差されているそれは、美しい刀身を持つ短剣で、握り手と刀身の境は金色の毛皮で覆われている。


 スヴェほどの実力になると、魔法具を手に取る必要は無く、傍にあるだけで魔法を使えるようになる。

 もちろん、魔法具との距離は近ければ近いほど良いし、強敵と戦うときは実際に手で持つこともある。

 「無手」で魔法具を扱うときは、今のように簡単な魔法を使いたいときだけだ。


 相手の魔法に干渉する技術もこの応用だ。

 相手が持つ魔法具に意識を向け、自分が「所有者」であると魔法具に教え込み、支配権を奪う。

 そうすれば相手の魔法具から放たれる魔法は害を成さなくなる。

 火を放つ魔法具で術者が火傷をしないのと同じことだ。

 無論、高等技術であり、誰にでも出来ることではない。


 封じられている妖狐フーシェンの力が身に宿り、元々鋭敏だった感覚が更に研ぎ澄まされた。


 宿に近付いてくるのは三人。

 魔法具を持つ二人が、一人を追い回している。

 逃げているのは、歩幅から考えてまだ子供のようだ。

 紙一重で攻撃を避けているが、運よく当たっていないというだけだ。

 追手が手練れだというのはすぐに分かる。

 放っておけば時を待たずして殺される。


 悩んだのは一瞬で、スヴェは部屋を飛び出していた。

 これを見逃して、胸を張って村へ帰ることなど出来ない。

 スヴェの脳裏には、愛しい妹の姿があった。




 魔法具使い同士での戦いは、魔法具の熟練度によって決まる。

 いかに強力な魔法具を持っていても使いこなせなければ意味が無いし、逆に貧弱な魔物が封じられた魔法具だったとしても十全に力を引き出せればそれなりに戦える。


 ウルドの兵士は強敵だった。

 各国を巡り、様々な戦いを繰り広げてきたスヴェには、その強さが良く分かった。

 なにより、魔法の発動を直前まで完璧に隠していることが兵士の熟練度を示していた。


 それでもスヴェの敵ではない。

 たった一人で魔物領を駆け巡り、凶悪な魔物たちを相手に戦い抜い続けたスヴェは、ウルドの兵士以上の力を備えていた。


「怪我は無い?」


 スヴェは動かなくなった兵士を見下ろしながら少年に言った。


「はい」少年は落ち着いた声で答えた。「ありがとうございます」

「きみたち同じウルドの兵士だよね。どうして仲間同士で――」スヴェは言葉を切った。「見られてるね。魔法で監視されてる。私はもう街から出るけど、きみはどうする?」

「連れてってもらえますか?」

「……いいよ」スヴェは違和感を感じながらも言った。「ちょっと待ってて」


 スヴェは宿の中へ駆け戻り、旅の荷物を取って少年の下へ戻った。




 それからスヴェは、少年を連れて王都を出た。


 王都の周りに広がる平原を走り続け、北にある小さな森の中に入り、<月影>の魔法を解いた。

 <月影>が肉体強化の魔法に特化しているわけではないこともあり、自分だけならまだしも、もう一人余計に魔法をかけた状態を維持するのは苦しい。

 少し休憩する必要があった。


 森の中を歩きながら、スヴェは少年から事情を聞いた。

 王都で何が起こっていたのか、何故兵士同士で殺し合っていたのか。

 実に淀みなく、過不足無く説明するその少年の様子に、スヴェは異様さを感じていた。

 命を狙われ、殺されかけた直後だというのに、こうも冷静でいられるものだろうか。

 スヴェは表情に出さないように気をつけながら、少年の動向を注視していた。


 少年は鍛え上げられた刃のようだった。

 その小さな体と幼い顔立ちに似合わず、幾千もの戦いを潜り抜けてきたかのような雰囲気がある。

 少年からは、目に見えない「手」が伸ばされていた。

 それはスヴェの魔法具を探るように漂い、常に様子を伺っている。

 これからのことについて話をしながら、スヴェは決して少年の前を歩かず、横に並んで森を進んでいた。


 スヴェが「私は自分の村に帰る」と言うと、少年は「村に帰るまでで良いから、魔法具の使い方を教えて欲しい」と言った。


 スヴェは足を止めて距離を取った。


「誰が、誰に、何だって?」

「――え?」


 少年は初めて年相応の顔をした。

 言われたことが理解できないと、少年の表情はそう語っていた。

 スヴェはもう止まらなかった。


「あのとき、なんで自分でやらなかったの?」スヴェは眉をひそめて言った。「きみほどの実力なら、あれくらいの兵士、わけないでしょ」


 この少年がその気になれば、相手の魔法具の「支配権」を奪い、反撃することすらも可能だったはずだ。

 どうしてそれをしなかった?

 どうして自分に助けを求めてきた?

 どうして、そんな、裏切られたような顔をする?


「それ以上近付かないで」


 スヴェは腰から<捩れ骨>を抜き、螺旋状の刀身の切っ先を少年へ向けた。

 懐の<銀鏡>による緊急避難も視野に入れる。


 こちらの魔法具に働きかけてくる気配があれば、人間なら一呼吸も持たず絶命する毒の魔法を直接体内へ叩き込むつもりだった。


 少年の腰にある魔法具からはいまだ何の魔法の気配もしない。

 だがスヴェは警戒を解かなかった。

 この少年とは、正面からまともにやりあって無傷で済ませる自信がなかった。


 少年は何かを言おうとしているのか、口を数度開閉し、そしてゆっくりと頭を下げた。


「助けてくれてありがとう」


 少年はくるりと反転すると、スヴェに背を向け走り出した。

 まるで、スヴェから逃げ出すかのようだった。




 王都の路地裏はいつも通りだった。

 石畳の冷たさも、通り抜ける風の現実感の無さも、何もかも変わらない。


 ユナヘルは足を止めた。

 胸が痛いほど鼓動している。

 「このユナヘル」は、王宮からここまで走り続けていたからだ。

 何度やり直しても貧弱な体は変わらない。

 ユナヘルは忌々しさに歯噛みした。


「お、諦めたみたいだぜ」兵士二人は、ユナヘルの姿を認めて足を止めた。


 やり直しを続け、魔物たちと戦い続け、変化したのは中身だ。

 ベロートが<雲切り箒>を振り上げる。

 魔法具に封じられたグリフォンの魔力が瞬き、風を切る音と共に不可視の刃が生成される。


 ユナヘルには、その様子が手に取るように分かった。

 何もかも遅い。

 実際に戦ったグリフォンはもっと速く、静かだった。


 へたくそ。


 ユナヘルは声も無く呟いて、<雲切り箒>に干渉する。

 まるで鍵のかかっていない扉を開く気分だった。

 収束していた風が、何の抵抗も無く即座に霧散した。

 ベロートは間抜けな顔をしていた。


 驚くほど上手くいったが、増長する感情を即座に否定する。

 スヴェならもっと上手くやるだろう。

 自分はまだまだだ。


 フォグンが状況に気付き、戦慄した表情で魔法具を構え、距離を取ろうとする。

 ユナヘルは腰の<篝火>に意識を向けた。

 凝縮された炎を想像する。

 大きくなくていい。

 一粒の砂程度の火の塊を、ユナヘルは二人の兵士に向かって発射する。


 ぱん、と乾いた音がして、フォグンとベロートの頭がはじけた。

 細かな肉片になった頭部は、その破片を周囲へ撒き散らした。

 糸が切れた人形のように、頭を失った二人の男がその場に倒れた。


 ユナヘルは二つの死体に近付き、<尖塔>と<雲切り箒>を奪い取った。

 封じられた魔物の魂を強く感じる。

 だが駄目だった。

 自分で造った魔法具でないと、本当の力は発揮できない。

 これから戦おうとしているのは、小手先でどうにかなる相手ではないのだ。

 やはり魔法具を造るために、一度王都を離れなければならない。


 ユナヘルは王都にある封印士の店の場所を思い浮かべた。

 回り道をして、封印具をいくつかくすねていく必要がある。

 封印具が無ければ魔物の封印は出来ない。


 一瞬、スヴェのことを思い浮かべたが、首を振って頭の中から追い出した。

 スヴェのあんな顔、見たくなかった。

 旅が楽しくて、引き際を見誤ってしまったのだ。


 考えてみれば当たり前のことだ。

 相当の実力を持った人間が近付いてきて、魔法具の使い方を教えてくれ、だなんて。


 ユナヘルは少しの間、別の切り口でスヴェに接近する方法を考えた。

 自分の実力に見合う設定はなにか、いっそ正直に話をするか……。

 だがユナヘルはそうしなかった。

 苦笑して、今のくだらない思考を打ち切った。


 スヴェとの旅は終わったのだ。


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