【5.波乱尽くめの転校初日】
あたしの編入するクラスはSクラスと呼ばれる特進クラス。
何でも、頭も容姿も家柄もずば抜けてすんばらしい、選ばれた人間しか入れない特別クラス……
だそうで、3学年のSクラスが同じ階に集まり、一般クラスと少し離れた場所にあるそうだ。
ちなみに、今それを説明している我がイトコの武琉くんもそのSクラス。
今朝、あたしと宇斗が玄関先で、
「写メ撮らせて!」
「イヤだ!」
「一生のお願いだから!」
「馬鹿親父と同じ事言うな、変態!」
と、実にくだらない攻防戦を繰り広げている所に、武琉くんはあたしたちを迎えにやって来た。
来て早々、あたし達を見て、
「くだらない事やってないで、早く行くぞ」
と、冷めた目を寄越してくれた武琉クン。
本当にこの男とあたしには同じ血が流れてるんだろうか?と心底疑ってしまった。
寮から学園へと続くわずかな距離を、あたしと宇斗は肩を並べ、少し先を武琉クンが歩いて向かう。
SHRが始まる8時15分に十分余裕で間に合うこの時間、あたし達は、他の生徒とほとんどすれ違う事がなかった。
「そのSクラスって何人いるの?」
あたしの隣にいた宇斗が少し前を歩いている武琉くんに尋ねる。
「…20人」
す、少な!
他のクラスは確か35人って言ってたよね?
「そのクラスって、やっぱ授業とか他のクラスと違って進んでたりしてるの?」
宇斗が大して興味もなさそうに言った。
成績優秀な宇斗だけに、やはり気になるのかな?
自分の弟を少し尊敬の目で見れば、
「俺じゃなくて、ひろちゃんを心配してんの、俺は」と意外なセリフが。
「え、あ、あたし?」
「そう。ひろちゃんさ、英語と国語はいいとして、数学と理科系全然ダメじゃん」
ギクッ!!
そんな擬音語が聞こえそうなほど、あたしの顔は引きつった。
「それでなくても、ひろちゃん勉強苦手で好きじゃないのに、大丈夫かなぁ…て、弟の俺としては心配な訳さ」
わかる?と目で問われてコクンとうなずき、そして、肩を落として俯いた。
違うところにばっかり気がいってて、そこまで気が回らなかった。
選ばれた特別な人間……
じゃないあたしは、容姿がゼンゼンイけてない上に、頭も悪いのにSクラス編入だなんて…
何て救いようがない…じゃなくて、絶対周りの生徒達に変に思われるじゃん!!
やばい、やばすぎるよ、あたし。
あの公立の高校だって実はギリギリの成績で、運よく受かったもんなのに。
それも死ぬほど勉強して合格して……
やっとそれから開放されたっていうのに、また勉強漬けの日々が続くの?
涙目で遠くを見つめたあたしに、前を歩いていた武琉クンが振り返ってこう言った。
「アンタの事は叔父から頼まれてるから、そんな心配しなくていい」
「え、それどういう意味?」
「アンタの勉強は俺が面倒をみるから、アンタは自分の仕事をきちんとまっとうしろって事」
武琉クンが今言った『あたしの仕事』……――
――それは、バカ親父の親友の息子のボディーガードをする事だった。
先日、理事長室で、謙夜叔父さんからこのボディーガードの件を聞かされたときは、もう心底驚いた…つうか寝耳に水?
そして、あたしが男子生徒として転校する理由は、ここにもあった。
女としてこの学校に転校すると、女子クラスに入れられ、そのお守りをする相手がいるSクラスとはかなり離れてしまうらしいのだ。
馬鹿親父の奴…
肝心な部分を一つもあたしに言わないで、こんな所に放り込みやがって!
怒り爆発のあたしだったけど、謙夜叔父さんや武琉くんに文句を言っても埒が明かない。
とりあえず、それも父と父の親友との約束事の内に入っているそうだから、あたしは渋々承知した。
けれども。
あたし自身の怒りの炎は、体の中でメラメラと静かにまだ燃焼中!
その怒りの矛先は、まだ見ぬその相手へと向けられていた。
男のくせに自分の身も守れないの?
ったく、あたしの高校生活を、青春を!
返しやがれ、バカやローーーッ!!
と心の中で叫んでいるうちに、あたしたちは職員室に着き、そこで武琉くんと別れた。
担任だと紹介された人物は、実に温厚そうな縦も横も大きな、ふくよかなおじさんだった。
「安堂です。これからよろしくお願いしますね」
言った後、白髪頭の彼は、ふぉふぉふぉと笑ってから目を細めて柔和な笑みを浮かべた。
やばい、この人、誰かに似てる…
誰、誰なの?
そんなあたしの心の叫びが聞こえたのか、隣に立っていた宇斗があたしの耳元でぼそりと呟いた。
「髭のないカー○ル・サ○ダース」
そうだ、そうそう!
その人にそっくりだよ!
ぱぁ~と視界が明るく広がり、すっきり爽快なあたしは、一人うんうん頷いていた。
安堂先生は、よっこいしょと椅子から立ち上がり、
「さ、そろそろ教室に行きましょうか」
そう言ってまたニコリと微笑むと、着いてきてくださいとあたし達を見てから先に歩き出し、あたし達3人は職員室を後にした。
「ここがキミたちのクラスだよ」と言って示されたドア。
目を上げれば「1-S」と書かれたプレート。
ちらっと顔を動かして横並びの他の教室を見やれば「2-S」「3-S」と書かれたプレートが並んでいた。
横に一列、物の見事にSクラスしか並んでいない。
「さ、入りましょうか。緊張しなくていいからね、皆イイ子たちだから」
そりゃ、貴方から見たら、皆イイ子だろうに。
と心の中で呟いて、あたしは安堂先生の後ろにくっ付いてその教室の中へと入っていった。
人数にしては広い空間に、清潔感溢れたアイボリーの壁と天井。大きな窓からは、初夏の日差しを遮る為か、真っ白なカーテンが少しだけ引かれていた。
後はとくに変わった様子は見られない事に、ホッと一安心して、生徒の方に視線を向けたら……
げ、全然普通じゃねぇ!!
こちらを向いて並んでいる机に、行儀よく……
とまではいかないが、席に付いている生徒たちは、言わずとも全員男。
そして、皆、一様に整った顔立ちで、どことなく気品を漂わせている人間ばかりだった。
彼ら一人一人の周りが、キラキラと煌びやかに光り輝いて見えるのは、あたしの目の錯覚だろうか。
うわぁ~、ま、眩しすぎる!
目が、目がやられてしまう~誰かサングラスをプリーズ!!
と本気で思ったり思わなかったり。
さすが、セレブ学園…
普通の高校生とレベルが違うわ。
眩しさに目を細めながら、あたし達は安堂先生について行き、真正面を向かされた。
よくドラマや漫画でよく見る、『転校生を紹介する図』と言う奴だ。
教卓の前に安堂先生は立ち、その脇にあたしと宇斗が並んで立った。目の前には男子ばかりが、こちらを見定めるような視線であたしたちを値踏みしていた。
「今日からこのクラスの一員となる、星野ひろか君と星野宇斗君です。二人は双子の兄弟です。皆さん、仲良くしてやってください」
と、安堂先生が言っているにもかかわらず、教室に響く驚きの声……
と言うか、悲鳴?
「双子?ウソだろ?」とか。
「あっちの背の高い方、かっけぇな」とか。
「あの背がちっこいの、何だあれ?」とか。
色々な騒音が聞こえてきたけれど、そんな聞きなれた言葉は、いつもの様にスルーさせてもらう。
一々こんな事で傷ついてたら、宇斗と双子なんてやってられない。
そんな状況の中、あたしと宇斗がそれぞれ一言挨拶をした後、一人だけやけに大きな声が耳に入った。
「うわ、マジ、全然似てねぇじゃん…アイツ、めっちゃ平凡じゃね」
そう言ってあたしを見てニヤニヤしている、廊下側の一番前の席の短髪を金に染めてる、なんちゃってヤンキーを、あたしはギロリと睨んでやった。
なんだ、コイツ。
一人だけ、ヘンチクリンな奴がまぎれてるじゃん。
てか、アンタ浮きまくりだよ、あたしと同じくらい。
「それじゃ、キミたちはこっちとあっちの席に着いてくれるかな?」
安堂先生は言いながら指で空席を示した。
「離れて悪いけど、大丈夫かい?」
そんな心配そうな目を向けられたら…
「はい、大丈夫です」
と答えるしかないでしょうが。
あたしがそう返事すると、「え、俺ヤなんだけど」と宇斗。
アンタは~~!
この空気を読みやがれ、こんちきしょう!
ギロリとその空気の読めないバカな弟を黙らせ、あたしは先生に言われた席に着いた。
……―――あの、むかつくセリフを吐いた、金短髪のヤンキーの後ろに。
宇斗は何か言いたそうな、捨てられた子犬のような目をあたしに向けながら、窓際から二番目の一番後ろの席へと歩いていった。
その窓際側の隣の席に武琉クンを見つけ、あたしが小さく手を振ったら、一瞬目を大きく開いて驚き、そして、フイっとソッポを向かれてしまった。
あ、あの無表情男め~イトコのあたしの事無視しやがったなッ!
恨めしい目で睨んでいたら、
「よぉ、平凡ちゃん」
と声をかけられ、その声にハッとして顔を向けたら、前の席の金短髪の男だった。
ニヤリと人を小馬鹿にしたその笑いに、カチンときた。
「どうも、なんちゃってヤンキーさん」
お返しとばかりに、ニヤリと笑って見せた。
それプラス、心の中でばーかばーかと10回ぐらい言ってやった。
そのあたし達の様子を見ていたらしい、あたしの隣の男子生徒が、耐え切れずにプッと噴出し、クククと腹を抱えて笑い出した。
「な、なんちゃってヤンキーだって…ぷぷ、剛志の第一印象ってやっぱりそれなんだ」
実に楽しそうに言いながら、笑い転げているその少年……
て、この子、男なの?
緩いパーマをあてた、襟足まで伸びているライトブラウンの髪。二重の大きな瞳は憂いを帯びていて実に色っぽく、形のいい鼻梁の下の薄めの小さな唇は、グロスを付けていないのにもかかわらず艶やかな紅色をしていた。
キラキラと彼の周りだけピンク色に輝き、あたしはその眩しさに思わず目を細めた。
なになに、この子!
そこら辺の女の子なんか目じゃないくらい、めっちゃ、綺麗で可愛いんだけど~(ハート)
なんて、ついミーハー気分でその彼を見つめていたら、前の席のなんちゃってヤンキーが、
「おい、コイツに惚れても、平凡代表みたいなお前なんか相手にされねぇぞ」
と呆れたような視線と共に言われた。
コイツに惚れるって……一応今あたし、男の格好してるんだけど。
つうかさ。
「その平凡代表って何?何か世界大会でもあるのかよ。なら、アンタはなんちゃってヤンキーの代表だな」
「は?お前言ってる意味わかんねぇぞ」
「そっちこそ言ってる意味わかんねぇよ、さっきから。初対面の相手に失礼なんだよ、こんちきしょうが」
「はぁ?てめぇ、誰に向かってそんな口きいてんだぁ?」
そう言って金髪の男は席から立ち上がり、あたしの真ん前に立つと、メンチを切ってこちらを睨んできた。
今まで色々あってストレスが溜まりまくりのあたしは、その目の前の男の態度に、カチンときて、プチッと何かが切れてしまった。
「目の前の、アホヤンキーに決まってんだろうが、アンタは口と態度が悪い上に、目も悪いのかよ」
「何だと、てめぇ…やる気か、こらぁ」
「ああ、やってやるさ。てめぇのその根性叩き潰してやるよ」
お互い譲らずに睨みあってるあたし達に、至極のんびりした声が。
「藤沢君と星野君、放課後残って反省文5枚ね」
「「え?」」
その声と内容に驚いて二人同時に声を上げ、振り向いたその先に、あの温厚そうな安堂先生が、ニコリと笑ってこちらを見ていた。
しかし、彼から何か禍々しい黒いオーラが立ち昇り、はっきり言って大きな声で怒鳴られるより恐怖を感じた。
「わかりましたね?」
有無を言わせないその声に、
「「は、はい!!」」
とあたしとその藤沢という男は直立不動で返事したのだった。