【3.5 宙花転校前夜の夜】(武琉サイド)
叔父謙夜から彼女が自分と同じ学園に転校してくる事を聞かされた夜、武琉は眠ることが出来なかった。
(彼女、俺の事覚えているだろうか?)
寮の自分の部屋のベッドで、武琉は何度も寝返りをうちながら、彼女…自分と血の繋がったイトコの事を考えた。
昔、まだ記憶をとどめる事が出来るか出来ないか定かではない、幼少の頃。
武琉は、母方の双子のイトコに一度だけ会ったことがあった。
その時の印象は、
『何て似てない双子なんだろう』
……だった。
薄ぼんやりとしか脳に留まらなかったその二人の残像が、脳裏から消えかかった頃。
武琉が小学2年生、彼らが3年生の時。
武琉と彼ら双子の三人は、曽祖父の葬式の時、2度目の再会を果たす事となる。
武琉の母はよく、
「ウチのお祖父様…貴方のひいお祖父様はね、ほんとーーに頑固で融通が効かない、横暴なじじいだったのよ」
とため息交じりにグチを零していた。
曽祖父と言っても、孫がこのような評価を下す人間を、ひ孫の自分が好きになるはずがなく。
おまけに、武琉は曽祖父に2,3度しか会った記憶がなかった。
国内で様々な事業展開を果たし、戦後の高度成長期をひたすら自分の会社を大きくする事にだけ心力を注いだ曽祖父。
企業人としては尊敬に値する部分があるかもしれないが、親族にとって果たしてよい父、祖父、曽祖父だったかどうか。
そんな人間が亡くなっても悲しい感情は湧くことなく、普段着ることのない、子供用の黒のスーツがやけに動きにくかった事と、梅雨真っ只中に咲いている薄紫と水色の紫陽花の花が綺麗だった事を、武琉は覚えていた。
「あのジジイさえいなきゃ、蓮夜も勘当されずにすんだのに」
これも、母が叔父謙夜とよく口にするセリフであり、よく聞く名前だった。
だが、その蓮夜という人間が、誰なのかはまだ武琉は把握していなかった。
蓮夜というのが、謙夜の双子の兄で、この成宮家の事実上の長男であると言う事を知ったのは、この曽祖父の葬式でだった。
「小さい頃、祖父さんの目を盗んで一回会った事あるんだが…やっぱり忘れてるか…」
そう言った後、謙夜とよく似た顔をした、しかし、和の雰囲気を持つ落ち着いた男性が、残念そうに笑って武琉の頭を優しくなでてくれた。
「おい、宇斗に宙花。お前のイトコだぞ」
紹介されたその双子は、やはりまったく似ても似つかない双子の姉弟だった。
「子供たちは、あっちの部屋で仲良く遊んでなさい」
母にそう言われ、武琉とその双子は、使われていない和室に押し込まれた。
ほとんど初対面の自分達に、どうしろと言うんだと武琉は子供ながらに、自分の母を恨めしく思った。
(初対面の子供の相手なんて、僕に出来るわけないじゃないか!まったく時間の無駄だよ)
普通の子供ならば、初対面でもすぐ打ち解け仲良くなれるかもしれないが、武琉は父から受け継いだ優秀な遺伝子のせいで知能がずば抜けてよく、そこら辺の子供より大人びていた。
そんな優秀な科学者だった父は、自分の妻と息子を捨て、自分の研究をする為にアメリカへと渡って行ってしまった。
その為か、物事を冷めた目でしか見れず、感情を表に出さない、無感動無関心な性格になってしまった。
「武琉クン…だっけ?一緒に何して遊ぶ?」
双子の弟が屈託のない笑顔で武琉に話しかけてきた。
子供ながら他人に対して興味が一切なかった武琉は、冷めた目を少年に向ける。
「僕に構わなくていいから。勝手にキミ達で遊んで」
フイっと顔を背けて、武琉は持っていた本を開きそれに没頭…
しかけたその時。
「”うちゅう”…好きなの?」
「え?」
思いがけない声に顔をあげたら、不思議そうに武琉が手にしている本を覗き込む、双子の平凡顔の少女。
「あたしも宇宙好きなんだ」
「…あっそ」
視線を本に向けたまま、そっけなく言ってやる。
これだけあからさまな拒絶を見せれば、子供と言えどさすがに怒って近寄ってこないだろう…
と思ったのが間違いだった。
「あたしの名前と弟の名前、二人あわせると宇宙になるんだ。あ、あたしの名前は宇宙の宙とお花をあわせて『宇宙』
で、弟は宇宙の宇と北斗七星の斗で『宇斗』て言うの」
ベラベラと聞きたくもないどうでもいい話をしゃべり続ける、双子姉。
そのずうずうしさに少しムッとした武琉は、
「うるさいんだけど」
と一言冷たく言ってやった。
すると、武琉のその態度に彼女は一瞬あっけに取られ、そして、あろう事か、
「うわ、信じられない。こんなにイケメンなのに、性格ちょー悪いんだ」
ズケズケとそんな事を抜かし、しまいには、あっかんベーと舌まで出してきた。
(な、何だ…このクソ生意気な女は!!)
いつもは冷静沈着な武琉が、ナゼかこの時はカッと怒りで体が熱くなり、思わず、
「うるせぇんだよ、さっきから!俺は本が見たいんだ!わかったら静かにしろよ、バカひろか!!」
と叫んでから…
しまったと思った武琉。
唖然とした表情で彼女を見つめていたら、その少女は一瞬、キョトンとして首を傾げ…
…それから、ニッコリと微笑んだ。
その微笑みは、よく言う花が綻んだようなと比喩するに相応しい笑顔で……
(この平凡な顔の少女が、笑うだけでこうも変わるだなんて)
武琉はそんな事を思いながらも、その笑顔に目を奪われてしまっていた。
「フフ、なぁ~んだ。人形みたいに無表情だから、怒んないのかと思ったけど、そんな表情も出来るんだ。て言うか、何気に名前呼んでくれて、すっごい嬉しい~♪」
コロコロと変わるその表情に、武琉は驚きながらも、ナゼか不快感は湧かなかった。
「『たける』って名前カッコいいよね?どう言う字を書くの?」
物怖じせず、人の心にするりと入り込んできたその不思議な魅力を持つ少女は、たったこの一瞬で武琉の心を開き、掴んでしまった。
それを認めたくない武琉は、それでも無視する事は出来なくて、無表情ながらも彼女の質問に答えてやった。
けれども、そんな穏やかな時間も終わりを告げる時が来る。
彼女はジッと武琉を見て、
「じゃ、またね、武琉クン!」
そう言って自分の前から去って行ってしまった。
その去り際の彼女の表情が忘れられずに、今日までそれを脳裏に焼きつけ生きてきた。
数時間しか一緒の空間に居られなかったにもかかわらず、武琉が唯一興味を抱き、鮮烈な印象を植え付けたまま忘れられずに居たその双子のカタワレの少女。
こんな場所でまた会えるとは夢にも思わなかった武琉。
だが、謙夜の話を聞くうちに、成長した何年かぶりに会う彼女との再会を嬉しく思う反面、自分の想いを封印しなければならない、苦痛と切なさに胸が軋むような痛みを感じた。
父親に捨てられた時から、自分の存在理由をいつも心の中で問いかけてきた。
人を愛する、愛されるという意味を、知りたいと切実に、けれど誰にも知られる事なく願っていた。
そして、突然現れた、その答えをすべて持っている少女。
叔父達の策略が果たして彼女の為になるのか、武琉にはわからない。
ただ、一つ言える事は、自分は彼女の幸せの為にのみ、行動したい。
その為には、自分のこの想いを封印してもかまわない…
だが、そうでない時は……
(こんな俺でも、手を伸ばしていいのだろうか?)
ふとそんな事を考えて自嘲気味に嗤うと、武琉は、彼女との再会を密かに胸ときめかせ、ジッとその時を待った。