【3.ヘタレ親父二号との対面】
通された部屋に入り、すぐ目に付いたのは真正面の大きくガンジョウな作りの机と、それと同じくらいゴージャスな黒皮の椅子。
その机の前には、たぶん来客を迎える為の低いローテーブルが机と垂直に置かれ、そのローテーブルを挟んで平行に、これまた黒皮の3人掛けのソファーが二つ、向かい合って置かれていた。
全体的に派手ではない落ち着いた部屋の作りだが、置いてある物すべてが高そうなモノだと素人目にもわかった。
さすが、金持ち学校の理事長室!!
と、半ば感心し、半ば呆然としつつ、部屋の中を見回していたら、あたしから見て部屋の右側のドアが唐突に開けられ、そこから一人の人間が現れた。
その人物を見て、あたしは驚き、思わず声を上げた。
「と、とと父さんーーーっ!?」
何と、その扉から出てきた人物は、自分の父、廉夜だった…
が、しかし。
ん?
待てよ。
あのヘタレ男、あんなに髪長かったっけ?
つうか、茶髪じゃなかったよね、確か……
顔は確かに自分の父親なのに、髪型やら服装、そして、なにより雰囲気がまるで違っていて、あたしは狐に包まれたようなとんと間抜けな顔でその人物を見つめていた。
…んだけれど。
「ひろかちゃ~~~んッ!!」
甘えるような声で名を呼ばれ
「あれ、やっぱりバカ親父か?」
と思っていたら、いきなりあたしにむかって両手を広げ、その男は突進してきた。
うわ、マジ、勘弁してちょうだい!
投げ飛ばそうとする為に体が勝手に動いて、あたしがとっさに構えをとった瞬間。
あたしがその男を投げ飛ばす前に、あたしの隣にいたあの無表情な男子生徒が、突進してきた男を回し蹴りでその父親もどきをぶっ飛ばした。
おおぉ、すげー綺麗に決まったわぁ。
その鮮やかな技にしばし見とれていたら、その蹴り飛ばされた男が
「いてぇ~」と頭を振りながら身体を起こした。
あれだけの見事な回し蹴りをくらいながら、そんなにダメージを受けていないこの男。蹴りを決められる前に、受身をとって飛ばされる方へ体重を移動させたのだろう。
まさか、こんな所で好敵手に出会えるとは、古武道を習得中のあたしにとっては、かなりラッキーな事だ。
この瞬間の出来事を、そんな風な感動で身を震わせているあたしを見て、蹴り飛ばされた男は、何を勘違いしたのか嬉しそうな顔であたしを見つめていた。
「ひろかちゃん、叔父さんの事覚えていてくれたのか?」
「へ?叔父さん?」
「そうだよ~て、まさか、俺の事覚えてないの?」
「え…と、あ、もしかして…」
一つ思い当たる人物を思い出して口にしてみた。
「父の双子の弟…さん?」
「うわ、何その他人行儀な言い方は!君とバッチり血が繋がってる、謙夜叔父さんだよ~」
ニコニコ顔でそう言いながら、その謙夜叔父さんとやらは、近づいてきてあたしの前に立った。
双子と言うだけあって、父と瓜二つの顔。
しかし、それ以外はまったく正反対だった。
父は和風の物を好み、実際、家でも和服を好んで着ていたが、目の前の叔父とやらは、高そうなチャコールグレイのスーツに身を包み、レイヤーにカットされた長めの髪はライトブラウン。おまけに両耳にジャラジャラピアスをつけ、何だかどっかのホストのような身なりだった。
つうか、ゼンゼン教育者の格好じゃないじゃん、その格好。
突っ込みどころ満載な彼は、けれど、あたしの呆れた視線をまったく無視して、心底嬉しそうにあたしに視線を向けたまま口を開いた。
「ひろかちゃん、大きくなったなぁ。俺が最後に会ったの、確か小学校の低学年だったし、ちょっとしか顔見れなかったもんなぁ」
懐かしそうにそう口にした彼は、あたしの顔を見ながら、でも、あたしの後ろに違う誰かを見ているような気がした。
たぶん、それは。
「母に、似てますか?」
思わずそう聞くと、謙夜叔父さんは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに眉尻を下げ、それは何だか今にも泣きそうな顔だった。
「ああ、ごめんね。うん、似てるかな?帆乃香…義姉さんの、高校の時にそっくりで、正直、彼女が来たんじゃないかと錯覚しちゃったよ」
そんな事ある訳ないのにねぇ…
と頭をがしがしとかきながら、彼は苦笑してみせた。
その彼の表情であたしはすぐに気が付いた。
きっとこの人…
母さんの事好きだったんだ。
父が言っていたあのセリフを思い出す。
父と同じ高校の友達数人が同時に母に恋をしたことを。
父と双子と言うことは、父と同じ高校の出身でもおかしくない。
…ん?
まてよ。
確か、ここって父の母校って言ってたよね?
その理事長…が、この叔父さん?
「あの、謙夜叔父さん?」
ほとんど初対面といって差し支えないその相手に、遠慮がちに声をかけたら。
「ひろかちゃ~ん、そんな遠慮がちに呼ばないで?それに、俺の事は、『けんちゃん』って呼んでほしいな」
セリフの後ろにハートマークが見えたような気がした。
おまけに、言った後、パチンとウインクまでしやがった、このおっさん。
……あの親父と血が繋がっているだけあるわ。
寒い、寒すぎるぞ、この兄弟は!
その呪われた血(?)に泣きそうになっているあたしに、今まで事の成り行きを見守っていたもう一人の人物が口を開いた。
「俺、もう帰っていい?」
そのそっけない言い方。
理事長というこの学園で一番偉い人物にも有効らしい。
「あ、悪い、お前の存在忘れてたわ」
とか言いながら、謙夜叔父さんはちっとも悪いと思ってない様子。
「まだ学園の説明してないから、まだここに居ろ。つうか、お前、彼女に自分の事紹介したのか?」
という問いかけに、
「いえ、全然、ちっとも。この人誰ですか?」
とあたしが答えてやった。
あたしのそのセリフに、少しだけ表情を動かし不機嫌そうな顔をした彼を見て、あたしは内心ほくそ笑んだ。
今まであたしに冷たい態度取った仕返しだい!
「あ、宙花ちゃん、覚えてないかぁ…まぁ、小さい頃二回しか会った事ないもんね」
その叔父のセリフに、あたしが今度驚いた。
「え、あたし、彼と会ったことあるの?」
「うん。コイツ、キミの従弟」
「は?マジで」
「そう、マジで。俺たち兄弟に姉が一人いるんだけど、その息子が彼。名前は大神武琉」
その新事実に、衝撃が走った。
ちなみに、母親は一人っ子な為、今まで”イトコ”というモノが存在しなかったあたしたち姉弟。
小さい頃から密かに憧れていた、その”イトコ”という存在を諦めていたあたしは、今、実際にその存在を目の前にして、少しばかりテンションが上がってしまった。
この、綺麗な顔をした男の子が、あたしの”イトコ”?
つうか、本当に血が繋がってるの?
信じられない…
けど、めちゃくちゃ嬉しい~!
「まぁ、知らないのも当然と言うか…兄貴はウチの家から縁を切られた男だからね。でも、ウチも代替わりして頭の固かった爺さんも大分前に死んじまったし、父親は元々どうでもいい性格だから、今こうして俺たち皆顔合わせられたんだけどね」
しみじみとそう言った謙夜叔父さんのセリフに、あたしはまたもや驚かされた。
「爺さんって…あたしの、ひいおじいちゃん?」
「そう。で、キミのお祖父さんは、残念ながら生きてるんだなぁこれが」
自分の父親の事をそんな風に言っていいのかよ!
と突っ込みそうになったけど、そう言えばあたしも自分の父親にヒドイ事言ってたわ、と思い至って、あたしはその口を閉じた。
「親父はまぁどうでもいいとして、俺の姉さん…つまり、武琉のお母さんでありキミの伯母さんがキミに会いたいそうだから、今度みんなで食事でもしようね」
謙夜叔父さんはニッコリと微笑んで、
「まぁその話は後でゆっくりするとして。これからキミの学校生活の事説明するから、そこのソファーに座って」
言いながら、謙夜叔父さんはあたしの肩にそっと手を置いて、ソファーに座るよう促した。
三人がけの座り心地のいいそのソファーに、あたしと武琉という少年は、端と端に分かれて座り、その向かいのソファーの真ん中に、謙夜叔父さんがデンと腰を下ろした。
「さて、説明を始めようか」
あたしと武琉の交互に目くばせしてから、彼は話始めた。