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【2.第一学園生、発見!】

 周りを見渡せど人っ子一人いない。


 ゴールデン・ウィーク真っ只中という事もあるだろうが、こんな広い敷地で誰とも会わないというのは、かなり心細く不安になってくる。

 女の裸像がツボを肩に担ぎ、そこから水が流れ出ている芸術的な彫刻が中央にある噴水の傍に立ち、あたしは途方に暮れていた。



「何で誰もいないの?…つうか、無駄に広すぎるんだよ、この学園。おまけに所々に意味不明な彫刻とか彫像置いてあるし」



 来る時に目にしたそれらを思い出し、知らず眉間に皺が寄る。

 そして、今現在も人間ではなく、この噴水の女の人に向かってしゃべってる自分に空しさを感じた。


 はぁ…やっぱりあのバカ親父に送ってもらえばよかったかな?


 そんな後悔が頭をよぎったが、あの男と共に来て何もない訳がないし、正直うざい。


 うんうん、アイツとおさらば出来たのだけは、ラッキーだったわ。



 最寄の駅からタクシーを使ってここまで来たあたしは、荷物もスポーツバック一つで済んだし、足りない荷物は自分でまとめて、すぐに送ってもらえるようにしておいた。


 あの後、あの馬鹿親父が余計なモノを送ってこなければいいのだけれど…。



「それにしても、理事長室とやらはどこかな?」



 肩に担いだバックを一旦地面に置いて、あたしは父からもらった学園の案内書を開いた。


『星陽学園高等部』

と書かれたそのパンフレットは、この学園に相応しい綺麗に製本されたモノだった。

 それを捲り、学園案内図というページを開く。


「えーと、ここが正面玄関で…右手奥が体育館で、その奥が講堂。その裏手に学園の寮があって…

て、だからさ、理事長室はどこだっつうの!」



 パンフレットに向かって叫んだら、

「校舎の一番上だよ」

 とパンフレットが答えた…


 訳ないでしょ!



「へ?」


 驚いて声の方を振り返ったら、あたしの後ろに一人の男子生徒が立っていた。


 紺色のブレザーに3つの金ボタン。

 そのブレザーの左胸には金の刺繍であしらった校章のエンブレム。

 白い開襟シャツには、黒とグレーのストライプのネクタイ。

 ライトグレーの生地に紺のチェック模様のズボン。


 そんなお洒落でイケてるこの学園の制服に身を包んだその綺麗な顔の男子生徒は、何を考えているのかわからない表情であたしをジッと見つめていた。



 あれ?この男の子どっかで見たことあるような……

と自分の記憶をかたっぱしから探っていると。



「ボケーとしてないで、さっさと行くぞ」


そっけなく言って、その彼は地面に置いたあたしのカバンを手に取り、さっさと先を歩き始めてしまった。



「ちょ、ちょっと待って!」



 声をかけながら彼の後を追う。



 155センチあるあたしより、確実に20センチ以上高い彼は、物凄く足が長いようで、追いつくのは大変だったし、彼の隣を歩くのは…

 もう諦めて、彼の後ろをちょっとした駆け足で着いて行った。


 ゼイゼイはぁはぁ…息を乱しながらもあたしは彼に問いかける。



「あ、あのさ…キミ、ここの生徒?」



 数秒後、コクンと首を縦に振るその男子生徒。



 彼はズンズン先を歩き、目の前にそびえ立つ大きな宮殿……ではなく、校内へと入っていった。




「え?内履きに履き替えないの?」



 キョロキョロと靴箱らしきものを探していたら、

「そのままでいいから。早く来て」

またそっけなく言われ、あたしは置いていかれた。



 あたしが以前通っていた学校とはまるで異質なその空間。

 玄関を潜り抜けた先のエントランスの天井は、見上げるほど高く、ホテルの入り口のような豪華さ。

 おまけに土足のまま入っているにもかかわらず、廊下にはゴミ一つ落ちていなかった。



 どっかのテーマパークみたい。

と感心しながら、あたしを置いてどんどん先に歩いて行ってしまう薄情な男に、迎えに来てくれた事など忘れて、あたしは段々ムカついてきた。



「えーと、何でキミが迎えに来たの?」


「これに乗って」


 あたしの質問は軽く無視され、彼はエレベーターのドアを開けた。



 は?

 何で高校にエレベーターなんてあるのさ!!



そんなあたしの心の中のセリフが顔に出ていたのか

「ここ、金持ちが集まる学校だから」と淡々とした答えが返って来た。



 な、何だこの男は!!


と内心憤慨しながらも、あたしは彼の言葉に静かに従った。


 例え、あたしと彼のコンパスの長さを無視した歩く速さや、あたしの質問に無視する冷たい性格も、ここは大きな心で許してやろうじゃないかと、あたしは大人しく付いて行ってやることにした。



 ま、ここであたしがブチ切れて彼を怒らしたとして、置いてかれたら、困るのあたしだし。



 エレベーター特有の、フワンとした浮遊感に眉を潜めたあたしは、顔を上げて数字が変わっていくデジタルの表示を見てから、チラリと目を動かして、階のボタンのある場所の前に立っている男を見た。



 さっきから思ったけど、この男、綺麗な顔してるんだよね。


 前髪長めのショートヘアーは、綺麗に染められたアッシュブラウン。

その前髪からのぞく、三白眼の二重の目は何を考えてるかわからない光を放っていた。

形のいい鼻梁の下の薄めの唇は閉じられ、やはり彼の表情を伺える役目を果たしてくれない。


 少し痩せすぎのような気はするが、手足が長くて全体的にスタイルはよく、ストイックな印象を与えるこの男子生徒。



 いったい何者なんだろ?



 ジッと無遠慮に彼の顔を見ていたけれど、次の彼のセリフで我に返った。 


「もうすぐ着く」

と言ったとほぼ同時に鳴った、チンッとエレベーター独特の、目的の階に着いた事を知らせる、高い音。



「降りて」



 その指示にあたしは黙って従い、エレベーターから先に降りる。

 その後、彼が降り、戸惑っているあたしをそのままにまたもや先を歩き出す。



 ああ、イライラする。

 つうか、案内がイヤなら断ればいいじゃん!

 こっちは初めての場所に、超緊張してるっつうのに、その態度、めっちゃムカつくんですけど!!



 前を歩いている男の背中に向かって、心の中で盛大に文句を言って、ついでにあっかんべーと舌を出した瞬間。



 男が立ち止まってこちらを振り返った。




 子供がよくやる、だが、いい年した人間がやったら非常に恥ずかしいその格好で、彼と目が合うこと数秒。  


「ここ、理事長室」


 見事スルーされ、ツッコミもなく、彼は目の前のドアを指差した。



 いや、だからさ…

 あたし、この手と舌、どうすればいいの?



 引っ込みがつかなく、すべった芸人のような心境に陥ってたあたしの耳に聞こえたのは、


「ホント、変わってないな」


とても小さな、彼の呟き。



え?

何それ?



 あたしが聞き返そうとしたら、彼はトントンと目の前の重厚なドアをノックし、中から「どうぞ」と言う返事の後、すぐにそのドアを開けた。



「さ、入って」


 彼に促され、あたしは聞き逃すタイミングを完全に逃したまま、彼の言う通りそのドアをくぐったのだった。


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