壱話 少女、舞います
「やっときたかい。友禅、少し遅いんじゃないのかい?」
友「いやー。ちょいと色々ありまして。」
特に何もなかったのだが、この男、食い意地が凄いのである。四軒も団子屋を通り、そしてたらふく食った後に来たので遅れても文句は言えない。
「んで?その子かい。500両(#現在でいう4500万円)で買ったのは。」
そして少女の顎をくいっと上げたこの女、役職名でいう遣手という言わば客と遊女の仲介役である。
「なかなか綺麗な顔立ちだね。風呂に入れば汚れも取れるだろ。後で入ってきな。あぁ、そうそう。私の名前は照と言うんだ。あんたは?」
『…周』
「そうかい。詳しい事はまた後でね。今上客がきて忙しんだ。あー、と。うみー、海!!ちょっと来な」
海と呼ばれた少女はどこからともなく現れた。
海「なんですー?」
照「この子に色々教えてあげな」
海「わかりましたー!こっちに来て」
コクリと頷いて海の後についていった。それを畳に座りながら見ていた友禅は
「いきなり海をつけるんですか?」
と聞くと、照は
「あの子のあの目はね。本物だよ。私も現役の時にあんな目をした子がいたんだけどね、一気に丈夫(#花魁と同じくらい位が高い)に上りつめたよ。」
「もしかして…」
そう言うと照は少し苦い顔で笑いながら、
「お察しの通り、夕霧丈夫だよ。あの子もあんな目をしてたよ。懐かしいねぇ。ってそれどころじゃないんだよ!!今日はなんてったって毛利重就様が来るんだからね!!」
慌てるのも無理はない。毛利重就とはのちの長州藩7代目藩主なのだから。
一方その頃海と周は今で言う女子トークに花を咲かせていた。いや、海の一方的な会話だったが。
「ねぇねぇ。名前なんてぇの?」
『周』
そう何度も名前を聞かれるとさすがにイラッとするのか少しだけ眉がよっていた。
「じゃあさ、その名、捨てな。源氏名作らないと。何がいいかな」
『…高尾…』
「ん、高尾ね。高尾はさ、もう床は済ましてる?」
首を左右に振る高尾に少し愛嬌が湧いたが、持ちこたえて質問する。
「じゃあ、華道や唄なんかできる?琴や双六でもいいよ」
一般の、いやそれ以上にみすぼらしい生活を送っていた高尾にそんな知識がある筈もなく。首を振るばかりである。
「んー。じゃあ、適当に舞って。1つ、2つ、3つ、はい」
たどたどしいが踊れと言われたのでそれっぽく舞う。だがやはり初心者。下手くそであった。
『なんか、違う。課題、いって』
「じゃあ、紅葉を考えて踊って」
無茶ぶりではあるがさっきよりは舞いやすい。しなり、しなりと言うふうに舞って居たところに、照が入ってきた。だが、舞うのに夢中な高尾が気付かず舞い続ける。
「海。この子…」
「言わないでください。この子。舞をした事無いらしいです。それはわかったんです。でも、何か課題を作るととても美しくなりました。」
この時、照は涙した。もしかしたら、この吉原で名を馳せる女郎になるうるかもしれないのだから。