#00-06 前へ進む現実
1月7日、朝。
珍しくまだ両親のいる家から支度を済ませた三姉妹が家を出る。
といっても、静音の方はそれほど授業数も少なく、早めに帰って受験勉強のラストスパートに入るような時間割になっているのだが。
途中逆方向に向かう音羽に手を振ってやってから、2人は高校に向かって歩く。
「あー……まだ寒いね」
「当たり前でしょう」
「その割には姉さん薄着だけど」
「あなたが着すぎなのよ」
白い息を吐きながら、同じ制服がちらほらと見え始めた道を行く。
すると唐突に背後からシズネに抱き着く影があった。
「おっはよー!静音」
「おはよ、杏理。今日も元気ね」
「いや、勉強は嫌いだけど学校は好きなんだよね。奏ちゃんもおはよ」
「おはようございます、杏理さん……いや、杏理先輩?」
「んー……私的にはどっちもありだからどっちでもいいよ!」
「というか離れて、杏理。歩きにくい」
「ああ、そうだった」
静音から離れた杏理は何故か奏と静音の間へと入る。
そして、手を半ば強引につなぐと、
「これぞ両手に花」
「あなた、いつにもましてテンション高いわね」
「そうかな?」
「あの、そろそろ校門なんで放してください……さすがに恥ずかしいんですけど」
「え、あ、そうなの?」
「この歳になって手をつなぐのはちょっとね」
「えー……」
杏理から解放してもらった奏は、校門の横に紫苑が立っているのを見つける。
「あ、紫苑」
「奏さん!おはようございます!」
「その腕章は――紫苑、風紀委員だったんだ」
「はい、そうなんです。今日は新年一度目の服装チェックですね」
「大変だね……。あれ?姉さん、もしかしなくても風紀委員長だったよね?」
「そんなこともあったわね」
「え?仕事は?」
「そんなの年末に引退したわよ」
「そうだったんだ。後任は誰がするの?」
奏が紫苑に視線を戻して問いかける。
「それがですね……静音さんすごい統率力でしたから、その後になると二年生が尻込みしてしまってまだ決まってないんですよね。そもそも3年生が年末までやってること自体異例なんですけど。奏さんは委員会に所属してないんですか?」
「今季はしてないなぁ……」
「あ、そうだ。奏、委員長やりなさいよ」
「え?なんで?嫌だよ?というか私部外者なんだけど」
「えっと、今誰が仕切ってるのかな?」
「今は暫定的に前副会長の河田先輩が」
「おっけ、じゃあ河田に話つけて来る」
「まって、姉さん。私抜きで話を進めないで」
一つ問題が解決したという顔で軽快に掛けていく静音に追いつくこともできず、
「どうしよっかな……」
「まあ、静音も指示する以外は大したことしてなかったから気楽にやればいいよ。通年通りなら夏までには交代できると思うし」
「それならもういっそ1年生に任せるというのは……」
「さすがにそれは……」
杏理に慰められながら校舎へと入っていく。
ちなみに紫苑はまだ仕事があるとのことで校門に残った。
そのまま真っ直ぐ教室へと向かうと、既に半分以上のクラスメイト達が登校しており、各々友人たちと冬休みの思い出などを語り合っていた。
「あ、奏。おはよー」
「おはよ、尋」
自分のひとつの席に座り前で他のクラスメイトと話していた橋上 尋が席に着いたこちらに振り向く。
そして、尋と話をしていた相手にも挨拶をする。
「日向さんも、おはよう」
「おはようございます。あと、楓音でいいですよ」
「え、何?いつの間に仲良くなったの?」
「冬休みの間にちょっとありまして」
「…………………」
「?――カナデどうしたの?」
「え?ああ、なんでもない。気にしないで」
日向 楓音との間には少し説明しにくい事情があったのだが、向こうから切り出されない限りは話しづらいことなのでここでは黙っておくとする。
鞄から課題のノートを取りだし、机の後にしまった後、友人たちの方に向き直る。
「でもなんか疲れてる顔してるように見えるけど」
「うーん……ちょっと姉さんに面倒事を押し付けられそうって以外は特に元気だけど」
「そうなの?――でも言われてみれば、いつもよりも神々しいオーラを纏ってる気がする」
「それはさすがに気のせい」
神々しい、と言われて一瞬どきりとした。彼女の家は初詣にも行った神社で、代々神職を務めているため侮れないところがある。霊感が強いというのも冗談に聞こえない。
「今日って何するんだっけ?」
「えっと、この後全校集会やって、HRして、委員会ある人は委員会だったと思う」
「課題テストは?」
「あ、それがあったね。でも3年生はないんでしょ?ちょっとうらやましい」
「3年生はすぐにセンター試験がありますからね」
「そういえば、静音さん志望校どこなの?」
「皇鍵大学だったと思うよ」
「私も志望校そこの予定だよ。近くだと神道学科があるのがそこしかないんだよね」
「尋は神社を継ぐの?」
「んー……継ぐのはたぶん弟の斎になると思うけど、念のためにね。奏も志望校そこ?」
「多分そうなるかな。たぶん法学か経済学に行くと思う」
「奏は結構余裕ありそうだよね。私はギリギリだけど……日向さんは?」
「私は京都の国立に」
「志高いね……」
「いえいえ、皇鍵も難易度的にはそう変わりないと思いますよ?」
「そうは言っても……あ、先生」
担任が教室に入りSHRが始まる。
そのまま、全校集会へと移動し、長々と話を聞いた後に教室にまた戻る。
HRで課題を提出した後、担任からの諸注意を聞き、昼食を挟んで国・数・英の三科目のテストをこなした。
テストの出来の悪さに死屍累々のクラスメイト達の姿を見ながら奏は伸びをする。
「まあ、こんなものかな」
「奏はもう帰るの?」
「そうだね。部活ももうやめるし」
「そうなんだ……というか部活やってたんだ」
「そういう尋は何かやってるの?」
「弓道部なんだけど知らなかったの?」
「知らなかった」
「えー……結構有名だと思ってたんだけど。去年の成績は全国2位だよ」
「すごいじゃん」
「最後の一矢当ててればなぁ……相手がめちゃくちゃ上手かったのもあるけど」
「……おーい、橋上。先生喋っていいか?」
「え!?ああ、すいません!」
SHRで担任が連絡事項を告げる。
それも特に注意すべきこともなかったためすぐに終わり、生徒たちが立ち上がって帰り始める。奏も荷物を持ちかえる準備をする。
「それで尋も楓音さんも委員会?あ、尋は部活か」
「うん、そう。日向さんは図書委員だったっけ?」
「はい、そうです」
「帰るの私だけかー……」
「ああ、そうだ響。忘れてた、お前風紀委員長になってたぞ。委員会行けよー。じゃ、先生は職員室に戻る」
重要なことをさらっと告げて担任が教室を出ていく。
まだ教室に残っていた生徒からの視線が一気に集まる。
「……あれ?奏って風紀委員だっけ?」
「違うよ。風紀委員には1年生の時いたけど今は全然関係ないよ」
「どうしてこんなことに……?」
「……とりあえず、やるにしてもやらないにしても行った方がいいよね?」
「というか先生の方に通ってるならもうやらないっていう選択肢は取れないと思うよ?」
「姉さん、怨むよ……」
とりあえず、静音に言う文句を考えながら委員会の開かられる教室から調べる奏だった。