#03-09 西の戦場
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ハンザー隊を率いる豊川七海は今日も激務に追われていた。
七海と同レベルに戦えるのは、副部隊長以下4名だけであり、急遽組織された第20部隊:モニターはどこか現実とゲームの境が把握できていない、“死ぬかもしれない”という事を理解していない者たちばかりだ。
指揮と訓練は割と頑張っている方だが、これならまだ少なくとも“覚悟”を持っている自衛隊の面々の方がましである。
「で、何ですかコレ」
七海はモニター隊の隊長、大塚へと尋ねた。
彼の後ろにはたくさんの撮影部隊が控えている。
「せっかくのデビュー戦ですし、僕らの雄姿を撮ってもらわないと」
「あのね、控えめに言うけどあなたやっぱりバカでしょ」
「な、なにを!?」
「まあまあ、隊長さん。ギャラの方は出しますし、顔は隠しますから」
「バカはあなたもです。そのカメラで撮影開始したが最後、テレビ局ごと消えてもらいますから。国家機密の意味わかってますか?」
「いや、でも、大塚君から許可を」
「何で指揮権もないバカに許可が出せると思ったんですか。政府と、黄金本社に問い合わせてから出直してください。あと、戦闘中民間は立ち入り禁止ですから」
「いやいや、そこを何とか。ねえ、いいじゃん?ナナちゃん」
「はぁ……文香ちゃん、中川君、この人たち片付けてきて。邪魔だから」
「了解です、隊長」「まったく、そろそろこの阿呆解任した方がいいんじゃないですか」
「大丈夫よ。もう鈴音さんに話はしてる。全員、戦闘準備。菜採子、敵の数は」
「それがですね、大型が50超えました」
「じゃあ――文香ちゃん、中川君。もういいや、現時点で、“不法侵入者”の保護を破棄。記録媒体すべてを強制執行で破壊」
ナナミがそういった瞬間、強烈なスパークが散り、カメラなどの機材はおろかポケットの中の携帯電話まで完全に破壊された。
「鈴音さん、事後承諾ですけど」
『問題ありません。彼らは局の機材を盗んだ窃盗犯という事になっていますから』
「うわぁ……まあ、いいか。じゃあ、モニター隊。一人当たりノルマ5体ね。できなきゃクビ」
「はぁ!?」
「無理に決まってるだろ!?」
「全部フィールドボス級じゃねーか!」
「大塚!何とかしろよ!」
「落ち着け、お前たち。この女隊長が無理難題を言うのはいつものことだろ」
「無理難題じゃないわ。最低限の能力。あーあ、この雑魚たちの面倒見るのマジで嫌になってきた」
「七海ちゃん、もうちょっと頑張って」
「そうだぜ、豊川隊長。オレだったらもう叩き斬ってるけど」
ぐったりする七海とそれを慰める副隊長山上文香と隊員中川麻人。
現れた敵はトロールである。
体力が高く、基本的にダメージが通りにくいのが特徴の魔物。
通常であれば、5人程度のパーティーで倒すのが基本だが、帰還者のステータスなら一人でサクサク狩れる程度。
なお、七海が以前楽な倒し方を奏に聞いたところ、首落とせば大抵の敵は死ぬよね?とのことで全く参考にならなかった。
そうこうしているうちに前方、前衛部隊が接敵し、集団でトロールに殴りかかっている。
「よし!僕に続け!」
弱ってきたトロールをやっと一体切り伏せた大塚が次の獲物への戦闘を開始する。背後では魔法部隊がそう強くもない威力の魔法をトロールの群れに打ち込んでいる。
とある魔法使いが火属性の魔法を放ったが、それは後ろに控える日角菜採子に即キャンセルされる。
「バカ!こんなところで火魔法なんて使うな!」
「じゃあ、何しろっていうんだよ!」
「火以外で戦いなさいよ」
「無茶言うなよ!火魔法全振りなんだぞ!?」
「あっそ、七海。こいつ除隊で。延焼の可能性のある火魔法は原則使うことを許可しない、という前提での契約だったのに、なんでそれでサインするかな」
「はい、じゃあ、モニター5は除隊。アカウントロックと後で周囲の人間の記憶消しに周るからお楽しみに、っと」
その魔法使いのKグラスが強制停止し、その場に捕縛される。
「土師君、調子はどう?」
『調子も何も、酷いとしか。エレクトロンのひとたちはもっとまともに動けてましたよね?』
「でもあれは瑛大とか、なにより奏さんがコーチしてるし」
『あー、じゃあ、仕方ないか。モチベ的にも厳しさ的にも仕方ない』
「鈴音さん、悪いんですけど、全員不合格で」
『了解しました。5秒後、全員ロックします』
「了解。全員カバーに入って」
奮戦しているつもりの元モニター隊のメンバーたちは、自分の力が一瞬で解除されるのを感じた。その直後、割り込んできた銀閃が、背後から到来する凄まじい量の氷の槍がトロールたちを一撃で肉塊に変えるのを見た。
飛び散る血と肉変に呆然とする一同。
「所詮はトロールか」
「まあ、回避する知能もないしな、こいつら」
刃の血を払いながら土師と中川が会話をする。
「お前らもうクビだそうだ。関連する記憶は消す。拒否権はない」
「もうちょっと真面目に訓練してくれりゃよかったんだけどな」
「あ、その機械全員返せよ。それ一つで一軒家より高いぐらいの値段するんだから」
そんな話をしていると、背後から再び魔力が高まる感覚が起こる。
「ん?」
「やばいな、ボスが出るか?」
「七海、45秒後、トロルキングがでるよ!」
「まあ、キングだけならなんとかなるか……」
「それが、そうもいかなそうだぞ」
魔物の数は急激に増加し、再びフィールドを埋め尽くした。
「やばいわね。全員一旦撤退。結界張って増援待ち」
「了解。ほら、お前ら早く逃げろ」
元モニター隊のメンバーたちは我先にと作戦範囲を脱出する。
「七海、どうする気!?」
「どうしよう。鈴音さん、救援出せますか?」
『奏さんがいれば転移で救援が送れるんですけど……今、奏さん失踪してまして』
「えええ!?奏さんがいないと神儀典装つかえないんですが……」
『そういわれましても……とりあえず、一帯に避難勧告を出しましたが』
「どうするの?七海ちゃん」
「神儀典装が使えれば一掃できるのに、ちょっと無理そう。とりあえず、今は……えっと、何?敵?」
真っ黒なオーラをまとった人型の塊が、しんがりを務めていた土師と中川の後ろに着地した。
「ふう。案外疲れますねこれ。そして、この、何というか、欲望に浸食されている感じが何とも言い難いです」
黒と白の翼を持ったその人型は、紫苑の声でそう言った。
「えっと、紫、苑?」
「たまたま京都に来ていたのですが、大変そうですね、七海さん。救援に来ましたよ」
手に持っていた刀がグネグネとうねりいつか見た大鎌へと変貌した。
「千変万器:大鎌」
押し寄せる肉の大群に向かって紫苑が大鎌を薙ぐ。
「汚らしい目でこちらを見ないでください。私の体は髪の毛の一本まで奏さんのものですので」
前方にいた数十のトロールが両断され、地面に臓物をまき散らしたのち、塵になっていく。
「見ていますか、奏さん。あなたがそばにいてくれる限り、私は比喩ではなく“無敵”です」
そんなことを言いながら紫苑は敵を圧倒言う間に殲滅し、槍状に変形させた華撫でボストロルの脳天を撃ち抜いた。
「終了しました」
「えっと、それ、大丈夫なんですか?」
「大丈夫ではありません。このままだと“穢れ”の状態異常ですさまじいマイナス効果が付きます」
「え?じゃあ、どうすれば」
「こうするの」
紫苑の体を一閃の光が通り抜けた。
その背後には剣を抜いた奏が。
奏の刃が紫苑を切った瞬間、紫苑の纏っていた靄が消滅した。
「か、奏さん!?失踪したって聞きましたけど」
「そうだね。まあ、気にしないで。あ、紫苑、大丈夫?」
「大丈夫ではないです。思ったよりきついですね、性欲が増大するのって……」
「このまま大阪観光でもしようかと思ってたけど、紫苑がこれだし、今日のところホテルかなんかとって休憩しないとダメかな……」
「えっと、奏さん、紫苑、それだとだいぶヤバい意味に聞こえるんで、その……」




