#00-04 人混みの中で
翌朝。1月2日。
白い息を吐きながら、奏は姉と妹、そして父と母とともに神社へと歩いていた。
奏にしてみれば初詣は二回目なのだが、半ば強制的に母親に振袖を着せられたため、こうして参道を歩いている。
音羽などは上機嫌で出店を見ているが、静音は人混みと視線にうんざりと言った表情で歩いている。
こういう時に意外と頼りになるのが父親で、奥に闇を秘めた笑顔で自分の娘たちによって来ようとする虫を圧殺していた。
「さっむい。私もう一回来てるんだから来なくていいのに」
「といっても奏も私もいつの間にか振袖着せられてたし」
「音羽は元気だね」
「初詣なんかもう少し人が空いてからでもいいのに」
そう言いつつ二人で参道を歩く。
母は音羽と一緒にどこかへ消えたのでもう放っておくことにした。
「あ、そうだ。お父さん」
「ん?どうしたのかな、奏」
娘にかまってもらえたのでうれしくてたまらない父が笑顔で振り向く。
「あとで写真撮ってくれる?」
「勿論構わないとも。2人とも律さんに似て綺麗だからとても絵になるね!うん、お父さんポスターにして部屋に貼ろうかな」
「ポスターはやめて」
「じゃあ写真たてに入れて会社の机に置きたい」
「それぐらいなら良いけど、お父さん机があるような会社に所属してるの?」
娘からの疑問に目を逸らす父親。
それをじっと見つめる娘二人。
「ああ、2人とも甘酒とかいるかい?お父さん買って来るけど。うん、行ってくるけど!」
そう言いながら人混みの中に消えていく父親。
「逃げたわね」
「お父さん、ほんとに何の仕事してるんだろう」
「今度書斎に入って調べてみよっか」
静音と二人だけになるとすぐにナンパが寄ってくるようになったが、静音は無視を決め込み、奏はそもそも他人事だと思っているためにスルーしていった。
「というか神聖な神社でナンパって、向こう百年祟られればいいのよ」
「あはは、すごかったね、姉さん」
「あなたの分もだいぶあったのよ?気づいてなかったみたいだけど」
「ええ?ウソでしょ?」
無事参拝を終えた二人は、両親と妹を探しつつ、父の車が止まる駐車場へと歩いていた。
「どこ行ったのかしら……」
「あ、いた」
「ほんとに?」
「紫苑と漸苑さん」
「え?ほんとに!?」
奏が指差す先にはこちらも振袖に着替えた紫苑が居て、その前に立った漸苑が先ほど奏と静音が声をかけられたナンパ男たちを追い払おうとしているところだった。
そんな男たちの事など眼中にない奏は真っ直ぐ紫苑に向かっていき、声をかけた。
「紫苑!」
「か、奏さん!」
「ああ、偶然だね。2人とも」
男共を完全に視界の外に追いやって二人がこちらに向かってくる。
紫苑は勢い余ってカナデに抱き着いているが。
「漸苑。あなたの所も初詣?」
「うん。父と母もいるんだが、はぐれてね」
「そうだったの。まあ、うちもなんだけど」
「静音が中学に上がったぐらいから家に行ってもご両親ともに見た記憶がないのだけど……」
「タイミングが悪かったのもあるけど、基本的に親がいる時はあんまり友達呼ばなかったから……」
「そうなんだ」
「奏さん。綺麗ですね!振袖」
「そう?紫苑も可愛いよ」
「ありがとうございます!」
「……あなたたちほんとに付き合ってないの?」
「え?」
「!?」
きょとんとする奏と、顔を赤く染める紫苑。
その反応はどっちだと迷う静音。その時人混みの向こうから音羽がこちらに手を振りながらやって来るが見えた。
「おねーちゃん!見て見て!面白いもの捕まえたよ!」
「痛ぇ!放せって!」
「音羽、どこ行ってたの?というかお母さんは?」
「……お母さんは射的で店潰す勢いで景品取ってたから置いて来ました」
「そうなの。それで……」
「ああ、そうそう。これ、捕まえたの」
そういうと半ば強引に引っ張ってきた男の子を前に突きだす。
「あ、えっと、ご無沙汰してます」
「ああ、大郎か」
「え?ああ、ほんとだ。こっちでは初めましてだね」
「あけましておめでとうございます」
割り込みがたい二人の世界を作っていた奏と紫苑も振り向きこちらを見る。
「あ、そうだ。どうせなら写真撮って送ってよ、シルヴィアに。どうせアドレス交換してんでしょ?」
「いいけどさ、さっきから視線が痛いんだよ!お前、というかお前の姉さんたちと一緒にいると!」
「そりゃお姉ちゃんたちみんな可愛いから仕方ないよ。でも静音お姉ちゃんには燕真がいるし、他の3人も男の人には興味ないし……」
「いや、音羽、ちょっと待って」
「え?あるの?」
「……今のところないけど」
「ええっと……じゃあ写真撮らせてもらいますね」
「私真ん中ね!」
音羽を真ん中に5人が並ぶ。
かなり花のある光景に、その場にいた男性たちがざわめき始めるがそれに耐えながら大郎はシャッターを押す。
そしてすぐにシルヴィアに写真を添付したメールを送信する。
「これでいいのか?」
「返事帰ってきた?」
「さすがにまだだよ。というかもういいか?」
「えー……返事帰ってきたら教えてね」
「シルヴィアにお前のアドレス教えとくから直接やり取りしろよ……あれ、返信きた」
「見せて見せて!」
音羽が大郎の携帯を覗き込む。
「この写真、奏お姉ちゃん、紫苑さん見て見て!」
「え、なに?」
「なんですか?」
奏と紫苑も大郎の持つ携帯を覗き込む。
「これ、イーリス?」
「そうみたいですね」
「えっと……“こちらは街のショッピングモールで偶然イーリスさんと出会いました。近所ではありませんでしたが案外近くに住んでいて驚いています”だってさ」
「オレより先にオレに来たメールを読むな!」
「大郎君。ごめん、イーリスに私のアドレス教えてもらっていい?もちろんシルヴィアにも」
「私のもお願いします」
「え、ええっと。お二人のアドレスをまずお聞きしていいですか?」
「私のも私もの!」
「お前のは知ってるからいいんだよ!」
妹たちを遠くで見守っていた姉二人。
そこへ響家の父が合流する。
「なんだか賑やかだねぇ。はい甘酒」
「ほんとに買ってきたんだ……お母さんは?」
「なんか向こうの屋台で金魚か何か掬ってたよ。たぶん全部掬ってからリリースするんじゃないかな」
「……いや、止めてよ。というか真冬に金魚掬いの屋台なんか出てるわけないでしょう。見間違いよ、きっと」
「あはは、豪快なお母さんだね?」
「気を遣わなくてもいいのよ。変なのはわかってるから。それで、2人のお父さんとお母さんは?」
「もうすぐ来ると思うけど……ほら来た」
やってきたのは二人とは違い外見に大きく日本人との違いが現れた夫婦だった。
「初めてじゃないと思うけど、なんでこの親からこうなるのかしら……」
「よくわからないけど両親の髪の色は受け継がれなかったんだよね」
父親は濃い茶色。母親は金髪というかなり目立つ容姿。
「それじゃあ、また。これから祖父の所に顔を出しに行かないと、いくよ、紫苑」
「はい。それではまた」
そういうと去っていく2人を見送る。
大郎も解放され、その場を去っていく。
「えっと、じゃあお母さん拾って帰ろうか」
「お昼ご飯は何が食べたい?どこかに食べに行こうか?」
「えっとね、お父さん。とりあえず帰って着替えたいかな」