#01-06 戦線拡大<エクスペンション>
4月の第3日曜日。間もなく5月でかなり気温も高くなってきた昼過ぎ。奏は昨日焼いたクッキーを御茶請けにリビングでアイスティーを飲んでいた。
静音は今月何度目かのデートに出かけ、音羽は部活の仲間と遊びに出ている。
特に外に出る用事もないため、こうして姉の部屋から拝借した雑誌をめくりながらゆったりと過ごしていたのだが、テーブルの上の携帯電話が震え、遥人の名前が表示されたことによって奏の休日は終わりを告げた。
「はい、奏ですが」
『ごめん、何かしてた?』
「いえ、特には。それで、どうかしましたか?」
『悪いけど、部隊の指揮を頼みたいんだ。こっちも今戦闘中で―――おわ!?』
『遥人!ぼけっとするな!』
『いや、今電話中!ごめん、詳しいことは鈴音からっ、瑛大!突っ込め!』
一度音が途切れ、鈴音の声に変わる。
『すいません、奏さん』
「いいんですけど、私は何をすれば?」
『現在、クーゲルが陸上自衛隊滝ヶ原駐屯地付近で交戦中です。奏さんには自衛隊と部隊の総指揮をお願いしたいのですが』
「それ、私にできますかね……」
『できます。3分後に車が行きます。その後はヘリです』
「りょーかいしました。着替えて待ってます」
『すいません。無理を言って。クーゲルは神奈川、静岡在住のメンバーで構成した部隊です。隊長は……あ、ツバサさんですね』
「それなら少しやりやすいかもですね。一応データ貰えますか?」
『車に積んでいる装備にデータを送っておきます』
急いで部屋に戻ると、渡されていた制服を引っ張り出し、着替えを鞄に詰め込み、階下へ降りる。他にもっていくものはインカム型の装置のみ。
リビングのテーブルの上に出かける旨を書いたメモを残し、外に出る。
ちょうど鍵を掛けたタイミングで家の前に車が止まり、急いでそれに乗り込む。
運転手は口数の少ない黒いサングラスが異様に似合う人物。ごん近所の人に目撃された通報必死な状態だが、その辺は遥人に全て丸投げするとして、シートの上に置かれたトランクを開ける。
「何これ、サングラス?」
とりあえず、サングラスは置いておいて、一緒に入っていた紙を開くと、そこにはドイツ語でびっしりと説明が書かれている、のだろうか。とりあえず読めないのでスルーしてフィリーネに電話を掛ける。
「フィリーネさん、今大丈夫ですか?」
『奏さん、新型のデバイス受けとってもらえましたか?』
「ああ、これがそうなんですね。どうやって使うんですか?」
『え?説明書きを入れさせたはずですが……』
「あの、専門用語だらけのドイツ語の文章を辞書もなしで訳すのはさすがに無理です」
『あああ、すいません!後でキクロには説教しておきますから!えっと、まずそのグラスを装着してください。あ、一応かなり強い素材で作ってますから簡単には壊れませんよ。つけたら、右の弦の付け根辺りにあるボタンを押してください』
言われた通りにすると、視界に色々なウィンドウが浮かび上がる。
『生体認証で自動ログインするので少し待ってくださいね。奏さんのものは出力制限がかかってますから魔法や武器スキルは使えませんが、体術系の補助はつくようなので逃げる時に活用してくださいね』
「ありがとうございます。わざわざすいません」
『いえ、それでは少しお説教してきます。あ、今日のデータはこっちで解析して早めに制限外せるようにしますから!では、』
フィリーネとの通話が切れ、それとほぼ同時に車も止まる。
車を出るとすぐ近くにヘリが準備を整えていて、それに乗り込む。
「しかし、これを付けてると、ほとんど向こうと変わらないわね……」
視界の隅に浮かぶウィンドウ。
ふと気になって自分のステータスを表示させる。
「あれ?」
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響 奏
Lv.1
最大体力 4894
最大魔力 5037
物理攻撃 2204
物理耐久 1890
魔法攻撃 2420
魔法耐久 2081
敏捷 1645
器用 1764
運 985
―――――――――――
「……なんか全体的に違うような……」
表示されたスタータスに違和感を覚えていると謀ったかのようにハルトから通信が入る。
『ああ、そうだ。言い忘れてけど、こないだのアップデートでステータスとかスキルとかいろいろ変更したから』
『おい!そういうのは先に言えよ!』
『オレの運300って高いの?』
『はぁ!?運50のオレに対する当て付けか?タロー』
『大丈夫だよ瑛大、運は大体みんな100のはず』
『おい、遥人。魔物より先にお前が死ぬか?』
色々混線しているようなので奏は通信を切る。
鈴音とだけ通信出来るように設定し、自分のステータスを改めて確認する。
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《4S+》“神格III”(Lv.999/999)
《SSS+》“龍覇気”(Lv.999/999)
《SSS+》“感覚操作”(Lv.999/999)
《4S+》“剣仙”(Lv.999/999)
《SSS》“剣の舞”(Lv.999/999)
《SSS+》“魔導師”(Lv.999/999)
《5S》“魔導才能 醒”(Lv.999/999)
《SS++》“開眼”(Lv.999/999)
《4S》“鬼力招来”(Lv.999/999)
《SSS+》“生命管理 甲”(Lv.999/999)
《SSS》“夢幻錬成”(Lv.999/999)
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自分のことながら、あまりのぶっ飛びぶりに軽く引いた。
大量にあったスキルは複合されてよくわからない異常なスキルへと変貌を遂げている。使える技も若干変わっている。戦闘ができるようになったとしても相当慣れるのに時間がかかるのではないだろうか。
現状、魔力が使えないため魔力を大きく消費する“魔導師”や“夢幻錬成”などのスキルは使えないだろう。他のスキルもある程度試してみたいとわからないが、“剣の舞”に複合されている“武闘術”や“剣仙”に複合されている“仙術”なんかはおそらく使える。
“感覚操作”や“開眼”もある程度は使えるようなので、自衛ぐらいはできるだろう。
『奏さん、目標地点の上空に入りました』
「えっと、どうすればいいですか?」
『可能ならば飛んでください』
「パラシュートとかは?」
『今、着陸可能な場所がなくてですね――物理耐久の数値は?』
「1890です」
『大丈夫です。行けます。500もあれば落ちても無傷です。下が片付き次第着陸させるので荷物などは置いて言って構いません』
「私の恐怖心も考慮してくださいよ」
と言いつつ、奏は扉を開け、飛んだ。
パイロットが悲鳴を上げた以外は特に問題なく、魔物と交戦している陣営の後方に落下した。
『自衛隊との無線接続完了。アカウント“大塩一尉”との通信を開いてください』
「了解。開きました」
『それではあとはお任せします』
「可能な限りは」
戦況は思ったよりも悪く、クーゲル隊も思うように動けていない模様。
「じゃあ、さくっと片付けようかな」
“神眼”の効果によってマップを把握し、敵味方のユニットの位置を把握する。
「ずいぶん多いね。しかもアイアンアントか。なつかしいなぁ……じゃなくて、これまともにやっても減らせないでしょうに……」
通信リストの「柵木 翼」「芳野 海翔」「稲本 美咲」「谺 弥生子」「桂 美星」をアクティブにし、通信可能状態にする。
「久々だね、こういうの」
口元に笑みを浮かべながら奏が戦場に向かう。




