#01-01 魔法の無かった世界
「姉さん、じゃあ、行ってきます」
「あ、まってよ!お姉ちゃん!私も行くって!」
「今日は、私少し遅くなるから夕飯よろしくね」
「うん、わかった」
「行ってきまーす!」
音羽と共に家を出る。
静音の方が朝は余裕があるためゆっくりと家を出る。そのため、静音に見送られて家を出るというのが新しい生活。
入学式から一週間近く経過し、音羽も随分と高校に慣れてきたように感じる。
「あ、瑠衣!おはよ!」
「おはよう、音羽。奏先輩もおはようございます」
「うん、おはよ」
音羽は1年2組。瑠衣は3組と別々になってしまったが、2組には大郎が、3組には萌愛がいるらしく特に困ることはなかったようだ。学区の中ではレベルが高い高校なので中学の時仲が良かった友人たちがあまりいないとも言っていたが、多少タロウが気の毒な以外は音羽の性格的に問題はないだろう。
「今日から委員会に配属になるんだよね?」
「正式には今日の放課後からねー」
「私も瑠衣も萌愛も風紀委員になれたよ。次期副委員長目指して頑張らないと!」
「いや、頑張らなくてもなれると思うよ……」
「そういえば左藤君も無理やり入れたんでしょ?」
「うん」
「かわいそうに……」
「なんで!?」
そうこうしているうちに校門に到着。
奏は音羽達と別れて教室に向かう。
「おはよ、尋」
「おはよう。聞いて聞いて、百々ちゃん今度黒田とデートするんだって」
「そうなんだー、おめでとう?」
「良かったですね、飯田さん」
「これもすべて奏さんのおかげです」
尋、楓音そして飯田百々。これがこのクラスでの奏のグループ。
3年1組は進学クラスなので、かなり高いレベルの進路を目指しているメンバーが集まっている。飯田は黒田に合わせて志望校のレベルを上げたためにこのクラスになったようだ。
このクラスからの風紀委員は相変わらず飯田と黒田。3年生は半期だけだが、受験に集中したい人間からすれば委員会の存在はやや邪魔だ。しかし、今年の風紀委員の倍率は異常に高かった。
音羽が入ってきたせいでややこしくなるから、と名前で呼ぶように言われた飯田は委員会の中でもちょっとした位にいると言ってもいい。その彼氏の黒田もだ。
この二人の関係は中々に不可思議で、お互い好き合っているのに優先されるのは奏という外から見ればよくわからない関係だが、本人たちが納得してるので良しとしよう。
現在奏へ接触するためには飯田・黒田の防御をくぐり抜け、紫苑の監視を逃れる必要がある。実質不可能に近い。
「とりあえず、私のおかげっていうのは違うと思うけど……」
「二人がそう言ってるんだからいいじゃん」
「はい、私たちにとって奏さんは女神ですから」
「そんな大げさな」
楓音は奏と目を合わせないようにしながら笑っている。
「……そういえば、今週の金曜日勉強会?するんだっけ?どこでするの?」
「教室でいいんじゃない?」
「本当にいいんですか?教えてもらっても。奏さんの負担になりませんか?」
「大丈夫大丈夫、奏ってばA判定でてるし。推薦獲れるかもしれないし」
「さすがですねぇ……」
「まだ、4月だしわかんないよ?それより先生来たよ」
3年生となると、授業内容はより受験向きの物へと変化する。
それを粛々とこなしながら、いつも通り授業を終える。
「今日は委員会?」
「うん、1年生に腕章配る日だね」
「そっかー。私は部活行って帰ろうかなー」
教室で尋と別れ、飯田、黒田を伴って職員室へ。
会議室の鍵を借りると、同じ階の会議室へと向かう。
「さて、と。黒田君、配布物の準備は?」
「できてます」
「ごめんね。全部任せて」
「いいんですよ。百々、机に配るの手伝って」
「うん」
2人の邪魔をするのもなんなので奏は一番前の席に座り、黒田が作ってきた資料に目を通す。
「失礼します」
「あ、紫苑」
「奏さん――それと飯田先輩と黒田先輩もお疲れ様です」
「あー、出遅れたかー。池内さん、響委員長お疲れ様です」
「河田君、一年生ってもうSHR終わったかな?」
「どうでしょう。とりあえず、オレ、部屋の前に居ますね。誰もいないと一年生が入りにくいだろうし」
「お願いね」
「ええ、お任せください」
河田がカバンを置いて出て行く。
紫苑も鞄をおろし、奏の隣の席につく。
「メンバー見る限り、2年と3年はほぼ――というか完全に同じだね」
「そうでしょうね。まあ、その方が仕事を説明する手間も省けるのでいいかと」
「そうだね」
そこから少し時間が立つと2年と3年の席はほとんど埋まる。
驚異の速さなのだが、これが基準の奏は特に不思議に思っていない。
黒田たちや紫苑と話をしているとぽつぽつ一年生が入ってきはじめる。
「え、あれ、遅れてましたか?」
「奏さん、カッコいいなぁ……あ、失礼します!」
先輩たちが河田を除いて全員居るという異様な光景に、遅刻したのかと困惑する瑠衣と真ん中に堂々と座り視線を集める奏に一瞬見惚れる萌愛。
「1年3組だね。じゃあ、そこの席に座って待ってて」
「はい」「わかりました」
黒田の誘導で席につく。
次にやってきたのは音羽とそれに引きずられてきた大郎。
「あれ?終わってから走ってきたのになー?」
「まて、一回落ち着かせ、ろ」
「ねえ、お姉ちゃん。私たちが遅いのか、先輩たちが速いのかどっちだと思う?」
「後者ですね」
音羽の問いに紫苑が答える。
やっぱりかー、とつぶやきながら2組の席に座る。
その後の一年生たちも恐る恐る入室し、会議が始まった。
「じゃあ、手早く終わらせるよ。自己紹介は後でしてもらうとして、まず、私は委員長の響奏「副委員長の池内です」えっと、手元にある資料を見てもらえれば大体の仕事はわかると思うから各自読んでくださいね。で、大まかな内容についてはこの後、「僕、黒田が」。そして、1年生のみんなは追加で説明を「河田が」します。その後、男子と女子とで服装検査なんかの時の勝手が違うから女子は「飯田です。私が」。男子の方は引き続き「黒田と河田でやります」ので。全部終わった後に質問を受け付けるので、まずは1年生自己紹介を軽くいってみよっか」
一気にしゃべり終えた奏。
だが驚くべきは、阿吽の呼吸でその話の間に自然に割り込んで補足している一部の委員。
音羽などはおおー、と音を立てずに拍手しているが別に芸ではないし、練習したわけでもない。
緊張した面持ちの一年生たちに自己紹介をさせた後、2年・3年が続く。
その後黒田が前に出て、説明。
河田が一年生用の説明を行い、男女別の指示を行う。
「じゃあ、何か質問のある人――――は、なさそうだね」
「何かあれば河田か、百々――じゃなくて飯田、それか僕のとこに気軽に聞きに来てくださいね」
「うん、ありがと。黒田君。じゃあ、解散」
解散と言いつつも帰る気配のない先輩たちに困惑する1年生。
それもそのはず、奏や紫苑と話をできるのは貴重な機会なのだ。簡単に帰るようなことはしない。
「お姉ちゃん、私部活行って帰るから晩御飯お任せしてもいい?」
「うん、いいよ。瑠衣、音羽よろしくね」
「わかりましたー」
「あ、私もいくよー」
萌愛も音羽と共に外へと出ていく。
それに続いて、1年生たちも外へと向かう。
「奏さん、今日はすぐ帰りますか?」
「うん。駅前で夕飯の買い物もしないとダメだし」
鞄を持って立ち上がろうとした瞬間、突然謎の警報が鳴り響いた。
「え?何これ」
「地震とか火事とかですかね」
『校舎外にいる生徒に緊急連絡。今すぐ校舎内へと避難してください!これは訓練ではありません!繰り返します―――』
「何だかよくわからないけど、私たちも動いた方がいいのかな?」
「とりあえず、避難誘導ぐらいはしましょうか」
「そうだね。ごめん、みんな手伝ってくれる?あ、外には出ないようにね。危ないらしいから」
「「「「「「「「「「「「「「「「わかりました」」」」」」」」」」」」」」」」
日常の崩壊がここから始まる。




