#A-03 チョコレート・クライシス
2月14日。
言うまでもないが、事件は起きる。
「奏、おはよう……って何?この大きな荷物」
「んー?チョコレートだけど。あ、尋の分もあるよ」
朝練が終わり教室に入った尋は、いつもの自分の後ろの席で少し眠そうにしている奏に話しかける。
「去年そんなに作ってきてたっけ?」
「材料渡されて、どうかお願いしますって風紀委員の子たちに頼まれて……別に材料とか渡してもらわなくてもいいのにって言ったけど、もう買ってしまったものは仕方ないので貰ってくださいと」
「それで律儀に作ってきたの?というか、男共そこまでするか……」
教室にいた男衆はその手があったか!と叫ぶ者と、奏からチョコレート(ただし、義理のレベルにも達していない)がもらえることが確定している黒田を鬼の形相で追い回すものの2種類に分かれた。
「というかさ、奏。これ作ったの?」
包みを開封して中身を眺めていた尋が戸惑いながら言う。
「作ったけどどうしたの?」
「どう見てもプロの技だよコレ……芸術品じゃん」
「そんなことないよ――ほら、先生来たから片付けて」
「おーい、さっき男子たちが『殺せ!殺せ!』って合唱しながら黒田を追ってたが何かあったのか?というか、アイツら遅刻でいいよな?」
担任の無慈悲な裁定によって男子10数名が遅刻扱いになる。
結局黒田は1限が始まって少ししてから古文の教師に謝罪しながら教室に入り、その後雪崩込んでで来た男子共は古文の教師に締め上げられていた。
その後の授業も、黒田と男子たちの戦いは水面下で続いていたが、割愛する。
そしてあっという間に時間は流れ、昼休み。
「それでさ、これ何人分作ったの?」
「えっと、風紀委員の男子2年が7人、1年が6人と、あとはお世話になってるから飯田さんたちと、尋と楓音と」
「え、私の分もですか?」
「うん、お昼の後にでも食べて」
そういうと楓音にも手渡す。
「ありがとうございます」
「開けてみたら驚くよ。それで、他は?」
「えっと、姉さんと音羽と、あと紫苑と漸苑さんと姉さんの彼氏と、その妹と……」
「とりあえず、ちょっと待って、一番驚いたところにツッコませてね。静音さん彼氏いたの?」
「うん。少し前から付き合ってたみたい」
「びっくりだわー……」
「今日も会ってると思うけど……あ、ほら。メール来てる」
「静音さんから?」
「いや、彼氏の方から……『奏からのチョコレートを受け取るオレに焼きもちを焼かれた』って」
「そっちなんだ……静音さん過保護だなぁ。わかる気もするけど」
「それで、風紀委員の皆さんにはいつお渡しになるんですか?」
「昼休みに取りに来てって伝えてあると思うんだけど、ねえ、黒田君」
「あ、大丈夫です。既に廊下で待機してます」
「何故廊下で……」
「あ、はい。通行の邪魔にならないように整列させてます」
「もうなんか哀れだわ……あ、奏。今日は持ち合わせないからホワイトデーにはなんかお返しするね」
「いいよー、別に。それより、廊下も邪魔だろうから先に渡してくるね。はい、黒田君の分、あと飯田さんにも」
「ありがとうございます」
「ありがと。響さん」
奏が紙袋を持って廊下へと出る。
その背後では、黒田のチョコレートを巡ってオークションが発生していたが、肝心の黒田がチョコレートを持ったまま途中で逃走したためすぐに捜索へと移行された。
「別にそんな全員きちっと並ばなくても……」
「いえ、つまらないことをお願いしてしまって、すいません」
「いいよ別に。ここまで大量に作ったのは久々だったし、ちょっと楽しかった」
「よーし、お前ら押すなよ、1人ずつ受け取っていけ」
行儀よく一人ずつ受け取っていく。
宗教じみている光景に、周囲の女子も奏自身も少しひいている。
全員に渡るころには、何事かと遠巻きに眺める輩がたくさんになっていた。
「じゃあ、確かに全員分」
「ちなみに響さん、その残り1つは誰に渡すんですか?」
「んー……本命?」
「ごふっ!?」
「うわ、余計な事を聞いて河田が吐血した!?」
「聞かなければよかったものを」
「おい、大丈夫か河田」
野次馬達もざわついているが、その野次馬達の間を縫って紫苑がやってくる。
「何事ですか?」
「あ、紫苑。ごめんね呼び出して。放課後でもよかったんだけど、今日突然お父さんが帰って来るって言うから。まあ、そのメール届いてたのは5日前なんだけど、姉さんが無視してて……」
「いえ、大丈夫ですよ。私も奏さんに渡したいものがありましたから」
「そう?じゃあ、これ紫苑の分ね」
「私もこれを」
お互い持っていた箱を交換する。
「……薄々感づいてたけど、そういう事なのか?」
「いや、わからん。ただ、1年生が2人ほど妄想が飛躍しすぎて召された」
「まじか」
「河田、しっかりしろ河田!なに?そっちならむしろアリ?それはわかるがしっかりしろ河田!」
「あ、そうだ奏さん。私、奏さんの部屋にヘアピン忘れてませんでしたか?」
「机の上に置いてた?」
「おそらく」
「じゃあ、あったと思うよ。音羽のかなと思ってたけど紫苑のだったんだね」
「すいません、後日取りに行きます」
「河田、立てるか?」
「おい、こっちも手伝ってくれ。村井が鼻血吹いて倒れた」
「お泊り、だとっ……」
「お前ら、早く撤退するぞ。かなり邪魔になってる。響さんに迷惑をかけるのは許さない」
「おお、勇者黒田。生きてたのか」
「昼休み終る前に昼飯を食べたいんだ、僕は」
「黒田、てめぇ覚悟しろよ!」
「おい、3組の大石が告られてたぞ!」
「殺せ!」
「あんたら五月蝿いよ。さっさと散りなさい」
「げ、飯田」
飯田が、男連中を追い払い、教室に戻る。
それと同時に奏も紫苑と話を終えて席に戻る。
「お疲れ、奏」
「うん」
「それで、奏はレズなの?」
「うん?ちょっと待って」
「いやだって、本命を池内さんにあげてたじゃん?」
「あー、うんそれはそうだけど。別に女の子がの方が好きとか、男の子とは恋愛できないとかそういうのじゃないけど」
「そうなんだ。で、今は池内さんが好きと」
「まって、なんでそうなるの?」
「じゃあ私の事好き?」
「好きだけど」
「じゃあ、黒田の事は?」
「いや特に……」
なぜかダメージを受ける黒田を自分で巻き込んでおきながら無視して続ける尋。
「それじゃあもう確定じゃ……?」
「いや、なんで確定させようとするの?」
「ふふ、奏さんと紫苑さんはずっと一緒に行動してましたからね。異体同心とでもいいましょうか」
「そうそう、別に付き合ってるとかそういうのじゃないから安心して」
「というか、なんで日向さんがそんなことを知ってるの?」
「まあ、色々事情があるのです」
「そのいろいろが知りたいんだけどなぁ……」
「ダメ」
「ダメですって」
「うううう、気になる。じゃあ、奏はいったい誰と付き合ってるの!?」
「だから付き合ってないってば!」




