可愛くて
「なに?」
「んー、いつも思ってるけど、美味しそうに食べてくれるなぁって思って」
「美味しいんだから、当たり前でしょう?」
「良かった」
今日は俺は日曜日だったから仕事が休みで、趣味であるスイーツ作りをしていた。
食後のデザートとして作った物だから夕食も済んで、今はそれ――レアチーズケーキを食べている。
因みに、夕飯を作ったのも俺だ。トマトクリームのパスタ。それも美味しそうに食べてくれた。
現在同棲中の彼女――深谷慧子の仕事は、サービス業だから休みが一緒になる事はあまり無いし、帰る時間も遅かったり早かったり。
今日は夕飯を食べるには丁度良い十九時位に帰宅した。
レアチーズケーキは久しぶり作ったから少し心配だったけれど……、お気に召してくれたようで安心。
「それにしても……。私って、ほんと、恥ずかしい位に何も出来ないよね……」
そう呟いて、明るかった顔が一気に曇ってしまう彼女が映る。
「いきなりどうした?」
「……いつも思ってたんだけど、なんか、改めて思い知らされたっていうか」
「俺が良いって言ってるんだから、良いんだよ」
「でも……」
フォークを持つ手が止まり、落ち込む慧子の頭を軽く小突くと、上目遣いで泣きそうな表情になった。それが、また可愛くて――。
「ケイが美味しそうに食べてくれるから、作り甲斐があるし……、こんな女みたいな趣味のある俺を変な目で見る事もないだろう?」
「女みたいって、そんな事全然関係ないよ。素敵じゃない」
今ではカミングアウトをしても否定的な事を言われる事は無くなったけれど、幼い頃から母親の影響で菓子作りが趣味だった。
この趣味が近所のオバサンとかに知られれば「男の子がお菓子作り?」と微妙な表情をされる事が多かった。
そのおかげで、それ以来は全く話す事もしなかったし、作る事もしなくなった時期も。
当時、母親や姉は気にする事は無いと言ってくれたけれど、頑なに作る事も食べる事も止めた。
だが、そんな時期があっても、やはり好きな事は好きで――。母親が作っている姿を見て、ウズウズして再び作り始め、作ったとしても家族だけに食べて貰っていた。
飽きられる事も呆れられる事も無く、姉に手伝ってくれと頼まれたり。
家族からは、将来パティシエになるのかと思われていたようだったが、高校を卒業してからは全く関係の無い仕事に就いた。
中学時代から数えると、付き合っていた恋人は何人かいて、思い切って話をした事があったけれど「女々しい」とか「そういうのは求めてない」とか言われ、やはり言わなければ良かったと後悔した。だから、もう絶対に話はしないと決めたのに……。
ところが、一人暮らしを始めてからは、全く作る事もしなくなったものが、慧子と出会ってから変わる。
彼女とは合コンで知り合った。
無類の甘い物が大好きな二つ年下の女の子。
最初は他の事で話が弾んで――確か、最後に出されたデザートを嬉しそうに眺めて、尚且つ美味しそうに食べていたのを見て訊ねてみた。
それで彼女が甘い物が好きだと知った。
その後も何度かメール等のやり取りをして仲が良くなってから、食べに行ってみたいと話をした店には何度も一緒に足を運んだ。
慧子の食べている姿は、いつでも本当に嬉しそうで、美味しそうで、可愛くて、いつしか自分の作った物も食べて欲しいと思い始めたから――。
付き合い始めてから自分の趣味の事を話した。彼女は瞳を輝かせながら「真也くんの作ったお菓子、食べてみたい!」と言ってくれた時の悦びは、何とも言えない。
現在、恋人同士になって一年後位から同棲を始めて更に一年経とうとしている。時間があった時だけだが、食後のデザートとしてスイーツを作るように。
料理はあまり作った事は無かったのに、同棲を始めてから作るようになったのも、同じ理由から。
「そうかー?」
「うん! あーあ、私もせめて料理だけでも何か出来ればなぁ」
彼女は不器用だ。俺が器用過ぎるのだと言われるけれど、絶対に違うと言っても納得してくれない。でも、そういう所もまた好きだ。
「今度一緒に作ろうっていつも言ってるじゃないか」
「うーん……、でも、真也くんの邪魔ばかりしちゃう」
「そんなの気にしなくて良いんだって。俺はケイと一緒に作りたい」
「…――わかった。でも、簡単なのね!」
「わかったよ」
微笑んで彼女の頭を撫でてやると、やっと慧子も笑顔になってフォークを持つ手が動き始める。
「――可愛いよなぁ、ケイって本当に」
「っ! な、何、いきなり!?」
身を乗り出して、咽ながら真っ赤になって顔を上げる慧子唇に軽く触れるだけのキスをすると、肩を押されてしまった。
「ま、まだ、食べてる、から! 待って!」
「……食べ終わったら、続き、しても良いって事? なら、おとなしく待つ」
「何でそうなるの!? それに、続きって!?」
「そういう意味じゃなかったのか? 続きは続きだよ」
「……もう少しで、食べ終わるから」
「わかった」
※
口腔に甘い風味が広がる。
俺が強請って慧子から舌が絡まった。その間に彼女の服に手をかける。
抵抗も何もされずにすんなり服が脱げ、上下揃いの白にレースがあしらわれていて赤い小さな花柄の刺繍の入った可愛い下着が顔を覗かせる。
下着だけの姿にして、それをマジマジと観察していると、慧子は不思議そうな顔をして口を開いた。
「なに? そ、そんなに見られると、恥ずかしいんだけど……。あ! 電気!」
「いやぁ。ちょっと肉付いたんじゃないかと思っ――いたっ!」
電気を消そうとする彼女の腕を優しく掴んでそう言うと、横腹を叩かれ、思い切り掴んでいた腕を振られたかと思うと、脱がされた服を掻き集めて身体を隠していた。
「気にしてたのに……! 真也くんが、いけないんだから!」
「え? いや、違うって、ケイは細すぎだからさ。俺からしてみれば、もう少し肉付いても良いと思ってるんだよ」
「私は嫌よ!」
「なんで?」
「……真也くんに、重いとか言われたくないし」
「それは……言うかも」
「ほら、やっぱり!」
「嘘だって。大丈夫、言わないよ。でも、まぁ、限度はあるけどね」
たぶん、気にしてるだろうなとは思っていたから、菓子作りの時は材料には気を使っている。
体型的にあまり変わってはいないけれど、敢えて口に出したのは、こう怒っている所も何とも言えず可愛いからだ。
今言うのは、ムードもへったくれもなくなってしまうのもわかっていながら、つい意地の悪い事を言ってしまう。
「冗談だよ。どんなケイでも大好きだよ」
「……本当に?」
「うん。本当だよ」
慧子に優しくキスをすると、彼女も瞼を閉じてくれた。
「私も、真也くんが好き」
唇が離れると、照れながらそう言ってくれる彼女が、とても愛おしくて堪らない。