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ラプソディー  作者: 遠夜
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乙女と種族の壁

……何か湿った温かいものに顔を擦られてる。

私、今ものすごく眠いんだけど。


しょりしょり。ぺろぺろ。


「うー…くすぐったいよー…」


『ねーねー おきて』


ぺろぺろ。じょーりじょーり。


『ねーねー おっきしてよぅ』


「―――――…?…チビちゃん?」


聞き覚えのある声に重い瞼をそっと持ち上げると、白い毛玉のような仔犬がきゅるんと潤んだ目で私の顔を覗き込んでいる。


「……お……おはよう?…チビちゃん」


場違いな返事かもと思いつつ声をかけたら、仔犬は嬉しそうに耳をピンと立てて、ひどく甘えた鳴き声をあげ始めた。


『おかあさん ねーねーおきた!』


『ねーねー』って…ひょっとしなくても、それ私の事デスカ?

うう、それよりも。

今の状況がサッパリ分からないんだけど。


なぜ私は“お母さん”のお腹の毛にくるまれて爆睡していたのでしょうか…。

なんてゴージャスな金色毛布!

内側の柔い毛なんてまるでアンゴラ兎の手触りよ。


「…どゆこと?」


『―――むすめ からだひえた。あたためるのがいい』


「…えっ!」


そうだ。


私、お母さんにくわえられて…どこかに運ばれたんだった。

空を翔んでいるうちに何だか頭がボーっとしてきて…。

低体温症にでもなったのかもしれない。


「私をあっためてくれたの…?ありがとうお母さん」


『むすめ しぬ よくない』


……何だかまた泣きたくなった。


自分のぼうやが人間に酷い目に合わされたのに、それと同じ生き物の私の事を助けてくれるなんて。


ジワリと滲む涙をおっきな舌にそっとなめ取られてしまったら、もう堪えきれなくってわんわん泣きだしてしまった。

私、こっちに来てから泣いてばっかりだ。


チビちゃんもいきなり声を上げて泣き出した私に驚いて、クンクン鼻を鳴らしながら擦り寄り必死で慰めようとしてくれている。


「ご…ごめんねぇ……、でも、涙、止まんないや…」


なんでかな。

でも、悲しいだけじゃないのは確か。


そろそろ立ち上がらないといけない。

だから泣くのはこれが最後にしようと、そう思った…。







お母さんとチビちゃんのおうちに私がお持ち帰りされてから3日ほどが経った。


初めは「私ってば非常食用?」とか思ったりもしたけど、お母さんは別に私を食べるつもりはないみたい。

お母さんにとってチビちゃんは「ぼうや」で私は「むすめ」なんだって。

まさかの養子縁組!


巣はどこかの山のずっと上の方にあるらしく、切り立った斜面の下に雲海を見たときはすっごく驚いた。初めて見る景色だもん。

仙人か何かになったような気分がしたね!


チビちゃんは一人っ子だったみたいで、私が巣で一緒に暮らすようになったのをすごく喜んでくれた。


高い山の気候は下よりも気温が低くて人間の私にはちょっと厳しいけど、お母さんの毛皮の天然毛布にチビちゃんと二人でくるまっていると、ジンワリと体温が伝わって温かい。

何より癒される。


「当面の問題点は食料事情についてだよね…。うーん、どうしよっかー」


なにしろ目を覚ました当日、お母さんは私のためにそれは立派な獲物(鹿だと思う)を獲ってきてくれて、それはまるごとさあどうぞと私の目の前に差し出されたのだ。

さっきまで生きて野山を駆け回っていたはずの、まだ体温の残る鹿は、私にはハードルが高かった。


『お…お母さん。私、このままじゃ食べられません…』


そう訴えたら、なんとお母さんは親切に大きなお口で獲物を噛み砕いて私に提供してくれて―――――。

私、普段とは別の意味で悶絶死しそうになりました。


もちろん私は泣きながら平謝りしました。


『ごめんなさい、お母さん。私は人間だから生き物は火を通してからじゃないと食べられないの……。お腹壊しちゃうから…』


当然野生の生き物は火が苦手だから、お母さんは渋々納得して生の鹿を食べさせるのは諦めてくれた。


その代わりに食べられそうな草の実や木の実を探してきてくれるけど、本来肉食のお母さんにはどれが食べられる植物かは分かりにくいみたい。


うう…面倒をおかけします。

早急に自分でも何か手を打たないと、生きてけない気がする。


助かったのは巣の中が薄暗いけど案外快適で、お母さんの天然毛布のおかげもあっていきなり凍死する事は無さそうな点。

天狼はわりときれい好きらしくて、食事をするのもおトイレも寝床以外の別の場所。

しかもすぐ近くに湧き水(しかも温水!)があるから、飲み水には困らないし最低限の衛生はキープ出来る。ラッキー!






『ねーねー あそぼー』


チビちゃんのいう『ねーねー』は『お姉ちゃん』的なニュアンスみたい。

でもどうせなら名前を呼んで欲しいかな。


「チビちゃん、華朱はねずだよ。呼んでみてー?」


『はねじゅー?』


「惜しい!イイ感じに近いよ」


『はねじゅ!はねーじゅ!』


背中の羽根をパタパタ動かして跳び跳ねる姿があんまり可愛くて、もうそれでいっかと諦めた。

どこかのお爺様よりよほど発音が近いし。


……………シグ、怒ってるかな。


勝手な事して、ちゃんとお別れも言わずにいなくなって。

恩知らずな娘だって。


それとも、もう忘れる事にした?

…………だよね。成り行きでたった半日一緒にいただけの小娘の事なんて。

元々お荷物でしかなかったんだから。シグ一人ならもっと身軽に何処へでも行けるんだし。


……私ってばもしかしてトンでもない面食いだった?

たった半日よ。

たった半日でどんだけシグに依存してたのって言うくらい、あのお顔が頭にチラつくんだけど!


私は脳内の残像を振り払うべくプルプルと頭を振りながら立ち上がった。


「やめやめ!アレは顔が良いだけの黒い生物Gと同種の生き物よ!どこでだって生きていけるタイプに決まってんだから!」


立ち上がった弾みで私の膝に前肢を乗せていたチビちゃんがコロリと転げて巣穴の床を転がった。


『きゃうん!』


「あ、ゴメン!」


『もっとするー それ! もっと はねじゅー』


新しい遊びのつもりなのか、もっと転がせとせがまれた。

そーだよねー。仔犬って普通兄弟がたくさんいてコロコロじゃれあって遊ぶの好きだもんね。

はたして“天狼”とかって生き物を犬と同じに考えていいのかどうかは分かんないけど。


テラカワユス。





























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