乙女のツボと泣き所
初めて見るこの世界の町は、以前TVの海外旅行の特番で見たドイツのロマンチック街道の町並みに雰囲気がよく似てる。
石畳の路地に三角屋根の建物が整然と並び、白い壁と黒い木の柱の対比がとても美しい。
所々にレンガ造りの部分もあって素朴な雰囲気がなんとも良い感じ。
そしてやはりというか、電車や自動車といった機械文明を匂わせる物は何一つ見当たらなくて、ここが中世寄りの文化の異世界だと認識するしか無さそうだった。
「リアルファンタジー!いやぁん、リアルケモミミ~!」
「おいコラ、ネージュ。ウロチョロすんな!はぐれるぞ……て、言ってるそばから人混みに流されてやがるし!」
初めてのカルチャーショックにウハウハ状態だった私は、現地人の群れに埋没する寸前でシグにヒョイと摘まみ上げられ、またしても腕に抱え上げられた。
「ちっこくて見失うと面倒だな、ここに座っとけ」
「………私、何気に手荷物扱いされてない?一応これでも羞じらいのある年頃の乙女のつもりなんですが!」
「どのみち靴擦れでろくに歩けんだろうが」
「うっ……それは…」
「それに…昔と比べて治安もあまり良くなさそうだ。うっかりはぐれてみろ、どこに売り飛ばされるか分からんぞ」
「それは嫌!」
思わずガシッとシグの頭にかじりつく私。
「……ねえシグ。人身売買…とかってここでは普通の事なの?」
「……それなりにな」
「―――」
それを聞いてスッと頭が冷えた。
―――ここは2次元の世界じゃないんだ。
飢えも痛みも感じる紛れもない現実で、小説の主人公みたいに窮地に現れて助けてくれる英雄なんてどこにもいやしない。
そう気が付いたら、非現実的な出来事が続いたせいで浮わついていた気分が一気に現実に傾いた。
しっかりしなきゃ。
いずれは自分の力で生きていかなくちゃならないんだから。
「なんだ、急に大人しくなったな」
だって……。
つい物珍しさでキャアキャア騒いじゃってたけど、ここでは私の方がずっとイレギュラーで浮いた存在なんだと思ったらね。
何しろここの人間達ときたら!
揃いも揃って濃ゆい容姿の方々ばかりじゃありませんこと?
彫りが深く目鼻立ちがくっきりとしてて、顔の中のパーツ一つ一つが大きくて派手。
《平たい顔族》のワタクシとしましては少々気後れするというか。
そんな中でもシグが特に目立ってるっぽくて、居心地悪いとは言えない……。
*
「まいどありー」
なんと!
シグが上着の隠しポケットに忍ばせていたという輝石がかなりの金額に換金されました。
お互い無一文だとばかり思ってたから、これにはビックリ!
私が目を丸くしていたら、シグのドヤ顔が再び目の前に!
うぉう!至近距離やーめーてーっ!!
ワカリマシタ!ワカリマシタよ!
「『きゃー、ステキ!頼れるお爺様カッコイイ!』」
「棒読みじゃねえか……」
シグの肩がガクンと落ちた。
「―――で。これからどうするの?」
ひとまず適当な飲食店でお腹を満たし、食後のお茶を啜りながらの会話。
通りに面した屋外のテーブルだから、道行く人を眺めるにはもってこいだ。
………というか、なんかこっちが眺められているような気もするけど。
「とりあえずこのトレンカに宿を取って2~3日羽を休めるか。色々と買い揃えたい物もあるだろう。こちとら半月近くも牢にブチ込まれて体力的にもキツいからな」
「えっ…、そんなに長い間あそこにいたの!?」
「まあな、あの中じゃ時間の感覚もハッキリしなかったがよ」
現在は水の上月の第一旬だからだいたいそのくらいだ、とシグは言った。
あんな場所に半月も……。
私だったら気が触れてたかもしれない。
「…か…身体の方は大丈夫なの?」
私ってば散々シグに抱っこさせまくってたし!うわぁ……やっぱり、お荷物になってるよ。
「言っとくが、俺は普通の奴より気力も体力もある。そこらのモヤシと一緒にすんな」
「うぅ……ハイ。お世話をおかけします」
……いい人だなぁ、シグ。
昨日出会ったばっかりなのに、こんなに頼りきって良いんだろうか。
知らない世界に落っこちて、最初に出会ったのがこの人だったのはとてつもない幸運なのかも。
もしかしたら、運一つでもっと過酷な状況に陥っていたかもしれないんだから。
飲食店の前の通りは昼時ということもあって結構な賑わいだった。
ぼーっと眺めているだけでも人酔いしそうな混み具合で、そこだけ見てると東南アジアの市場のような雰囲気がある。
客引きの声や商品の売り買いを交渉をする店主と客の駆け引き。あるいは酔っ払い同士の口論なんかがどこからともなく聞こえてくる。
様々な人種に混じりチラホラ獣人らしき人達の姿もあって、完全な獣に近い姿の人もいれば、一部のアニオタが泣いて喜びそうなケモミミ姿の人もいた。
犬っぽい人、猫っぽい人、その他なんだかよく分からない種族の人も色々。
そしてそれはごく自然に人間の間に混じりあってるように見えていた。
少なくともこの瞬間までは。
*
「ねぇねぇ、シグ――――」
例によってあれこれ聞きたいことが山ほどある私が連れの方を振り向くと。
シグは通りすがりの綺麗なお姉さまに逆ナンされた模様で、随分と楽しそうに歓談中でした!
いつのまに!
……ま、良いけどね。
「お連れの方は娘さん?可愛い子ね」
「いんや、孫。姐さんほどじゃないが将来美人になりそうだろ?」
――――てな具合に。
おいコラ、お爺様。人をダシに使ってんじゃねぇよ!
サカるなら他所でやれ!!
んもー!結局周りから見られてる気がしたのって、やっぱりシグのせいだったんじゃないの。
シグのお色気ホイホイめ!!
――――私はすっかりヤサグレた気分で視線を通りに戻した。
そしてそれが私の目に入ったのは、ほんとの偶然。
飲食店に入る前の通りの市場で、家畜やら愛玩動物やらの生き物を売り買いしている一画があったのは、なんとなく覚えていた。
当然のごとく私が見たこともないような珍しい子や可愛い子も沢山いたから。
中でも背中に羽根の生えた小さな白い仔犬は私の萌のツボを最大限まで押しまくり、その場を素通りするのにどれだけ後ろ髪を引かれた事か。
「―――――あれ…あの子」
その仔犬が『泣きながら』通りを走っていた。
『たすけて たすけて おかあさん!』
「――――えっ…」
『こわいよぅ おかあさん だれかたすけて』
「―――っ!!」
ガタリ、と椅子を蹴倒して。
――――考えるより先に、私の身体は動いていた。