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ラプソディー  作者: 遠夜
4/20

独白

シグ視点です。

おかしな娘を拾った。


拾った、というか勝手に落ちて来た。


ちょっと面倒臭い相手の色めいた申し出を袖にしたら逆ギレして出口の無い岩牢に放り込まれ、ネチネチと精神的に消耗するやり方で長いことそこに留め置かれた。

若い頃なら喜んで長いものに巻かれてみただろうが、初老の爺ぃが今更色を売ってまで何かを得たいと思うはずもなく、再三翻意を迫られても無視を決め込み続けていたら、終いには業を煮やした相手に岩牢の壁に何日も磔にされた。


――――そんな時だ。あれが落ちて来たのは。


魔法陣も何も無い場所にいきなりあれが降って来たのには驚いた。

普通に考えて有り得ない現象。自分はまず新手の刺客を疑った。

職場での対立は言うに及ばす、あちこちで要らぬ敵ばかりこしらえている自覚が充分過ぎるほどあったからだ。

さてどうしたものかと観察していたら、むくりと起き上がった娘は突如としてうずくまり号泣し始めた。


『うわああーん、あんまりだー!!』


――――ハテ???


『まだこれからやりたいこと沢山あったのにっ!店長マスターに新作メイドコスのお披露目する直前だったのに――――っ!!!!はっ!楽しみにしてた明日の同人イベントがっ!!台無し――――!!!!あんのクソお嬢共末代まで祟ってやるううぅ!!』


言ってる事の半分も理解出来なかった……。


ただ刺客の疑惑が吹っ飛ぶくらい、呆れるほど素直というか開けっ広げな感情の吐露の仕方だった。

――――見事なまでに毒が無い。

恨み言を口にはしても、そこには暗く澱むような陰鬱さが見当たらないのだ。


おかしな娘。


しばらく様子を見続けていたら号泣がやがて小さな嗚咽に変わり、絞り出すような声で『ごめんなさい…お母さん』と何度も呟くのが聴こえた。


娘は望んでこの場に現れた訳ではなかったのだろう。

いったい何のどんな力が働けば、こんな悪戯めいた事態が起きるというのか。



声をかけ言葉を交わして、その裏表の無い態度にもまた驚いた。

こちらのものを試すような問いにもアッサリと答え、しかも言外に匂わせた“異能”についても『わー便利』の一言で片を付けて済ます。


有り得ねぇ。


色々なんかおかしくねえか?

必要な一般常識がゴッソリ抜け落ちてんだろ。

どっから落ちて来た?この娘。


えらく非常識な手段で牢獄を脱け出した後、明るい陽射の下で見た娘の色彩に驚いて間近で顔を覗き込めば、真っ赤になってギャンギャン吠える。

つい面白くなってからかったらマジ泣きで罵倒されたあげくにナメクジでも見るような目つきを向けられた。

…………そんなに嫌がらんでもよかろうが。


完全な成り行きながら何故かこのおかしな娘を放ったらかしにするに気にもならなくて、気が付けば面倒をみるとかなんとか口走っている自分が一番信じられなかった。


幼く見えてもこれは『女』だ。

別に女に偏見を持ってる訳じゃないが、俺にとって昔から厄介事は『女』の形でやって来る。


擦り寄り、いつの間にかするりと懐に入り込んで、思いもよらぬ内側から手痛いしっぺ返しを喰らわされたのは一度や二度の事では無い。


自分をあれこれと質問攻めにする娘に対してやはりこれも『女』だとの認識を強め、個人的な質問に対しての追及をさりげなくはぐらかせば、娘――――ネージュは、さもどうでも良さげに話題を切り上げた。

……なんだそれは。俺が自意識過剰なだけかよ?


わざとらしくない程度に娘の素性についての話題を振れば、初めは淡々と語っていた娘が次第に口数を減らし、何かをこらえるような表情かおをする。

よほど辛くなったのかうつむく様子に、しまったと後悔した。


相手が自分の数分の一の年齢でしかない小娘なのを忘れていた。

――――暗がりで、絞り出すような声で泣いていた小娘。


『ごめんなさい…お母さん』


しかも。

足を庇いながら歩いてるじゃねえか。

――――何やってんだ小娘!


いったい何に対してなのか、ムシャクシャする気分になって片腕で小さな身体を掬いあげれば、案の定娘は顔を赤くしてキャンキャン吠え立てた。


足を傷めてる事を何故黙っているんだと、なじるような口調で問えば、『たいしたことない』と返事が反された。


なんかちょっと腹が立ったぞ。


気が付けば通常他人には絶対口にしないような自分の血の素性まで語ってる始末だ。


娘の反応は――――と、密かに気にしていたら。



『私、馬ほど重くないから!!』



これにはたまげた。

気にするのはソコだけなのか、小娘!!


もっとこう、突っ込む所が色々あるだろうがよ!

だが…そうか。―――何も知らなければどうでも良いに違いない。


人間が畏怖しながらも蔑み侮る異形種族の血に、先入観も偏見も何一つ持たない、まっさらな視線。


……確かにクセになりそうだ。


なんだかここ数時間で一生分くらい笑った気がする。


しばらくこの珍妙な小娘に付き合ってみるのも面白いかもしれない。



そう思った。














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