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ラプソディー  作者: 遠夜
3/20

乙女の悩みは尽きねども

牢獄の岩壁に突然ポッカリ開いた奇妙な扉を前に、私とシグはしばらく呆然と固まったままだった。


「や…やあねー、こんなに幾つも隠し扉があるなんて牢の意味がないんじゃないの?」


「…………」


扉の向こうは月明かりに照らされた一面の草野原。

遥か先に山並みらしきものの影が見える。


「……シトラス山脈…だと?」


唖然と呟いたシグの次の行動は早かった。


「―――行くぞネージュ!どういう理屈か知らんが、逃げるが勝ちだ」


そう言うと私の手をガッシと掴み、怪しい扉を跨いで“向こう側”へと踏み出した。


「えっ、えっ!?え―――――っ!!」


私は成す術もなくシグに引きずられ、勢いのまま彼に同行する事となった。

や、置いてかれても困るんだけどね!


スタスタと先を歩くシグを追いかけながらそっと後ろを振り向けば、怪しい扉は既に消え失せて、初めからそこには何も無かったかのような長閑のどかな野原の景色が広がっていた。









夜が明けて。


うぐおおおぉう――――!!

目が!目が潰れるううううぅぅっ!!


「おい、ネージュ…」


ふぐうぅっ!!

ヤメテ!こっちを向かないでぇぇぇっ!!


草むらに両手を付いて悶え苦しむ女の狂態は、人目あらばいかばかりの悪目立ちをすることか。

―――それほどワタクシの連れは衝撃的なお顔でございました。


「何なのシグ!その顔は反則よ!!」


「あぁ?」


訳が分からんとばかりに眉をハの字に寄せる仕草までが様になるとは!

若かりし頃はさぞかし女性をさばくのに苦労させられたに違いない。

賽銭を投げてでも拝みたくなる顔というものに、私は生まれて初めて遭遇した。

なんというか神々しいまでの美しさ。

流石にお年を重ねていらっしゃるだけあってお顔に年輪は刻まれているものの、またそれがなんとも言えない凄みになっているとも言える。

白髪だとばかり思っていた長い髪は元々その色だとかで、加齢による衰えを感じさせるものが何一つ見当たらないのだ。


おのれイケ爺さん。

いたいけな乙女をどこまで翻弄すれば気が済むのだ!


「…取り乱してご免なさい。なるべく直視は避けるようにするから…気にしないで」


「気になるわ!!」


「生憎とワタクシはその顔面チートなお顔を正視出来るだけの根性を持ち合わせてはおりませぬ」


これに慣れてしまったら他のどんな男もトキメキの対象にはならんと断言する。


「………さっぱり意味不明だ」


「文化の違いとでも思ってください」


「おまえの故郷か…戻りたかろうな」


「…戻れるならね」


言葉の微妙なニュアンスで何かを感じたのか、シグはちょっと難しい表情をして、それからすぐに話題を切り替えた。



「この辺りはさっきまで居た場所からかなりの距離がある。脱獄が知れたところで一足跳びにここまで逃げているとは誰も思うまい。既にこちらは自由の身と言って良いが……ネージュ、行くあてはあるのか?」


「……そんなものはありません」


「なら当分俺がおまえを引き受けるとしよう。いきなり見も知らぬ場所に落とされた子供を放り出すほど、俺は人でなしではないからな」


この時、私はきっと捨て猫みたいな顔をしていたに違いない。


小さな子にするみたいに慣れた手付きで頭を撫でられ、不覚にも泣きそうになってしまった。

シグ、どんだけタラシなの。

ああでも、この手はあったかくて気持ち良い。


「――――シグ。私何歳に見えてる?」


「うん?14、15くらいだろう?」


「来年、20はたち


かしこくのも大概にしろ」


「失礼な!幼く見えるとしたらそれは民族的特徴です」


実際あちらでは年相応に見られてたしね。


「でも…同行させてもらえるなら心強いです。ここの事は何も分からないので」


「…おう、任せとけ」


ぐぉっ………その笑顔も反則です。


神がかった美貌ビボーにチョイ悪親父の色気全開の微笑ホホエみとか!

無駄に殺虫剤を撒き散らしているようなものよ、私を殺す気!?

………………私のLPライフはもう限りなくゼロよ。


こっちが瀕死の理性で耐えているというのに、あろうことかデリカシー皆無のお爺様は人の両の脇に手を差し込んで身体を持ち上げ、至近距離で顔を覗き込んできた。


「――――ぎゃっ!!」


「さっきまで暗くて分からんかったが、見事に真っ黒だな」


やーめーてーっ!その顔を近付けないでえぇ―――!

鼻がっ!鼻がくっつきそうなんですけど!!


「髪も目も黒。南方の人間には多いらしいが、肌は象牙色――――はて、おまえはどこら辺の生まれなのかな」


「はなっ…離して、下に下ろして―――シグ―――!!」


しかもこっちの要求なんか何処吹く風で、じっくりと人の事を観察しておいて吐いた言葉が。



「しかしちっこくて食いでの無さそうな身体だな。俺の好みはもっとこう、ふっくらとした身体つきの女なんだが」



「――――こっ…の…セクハラ色気虫――――っっ!!」



うわあ――――――ん!!

あんまり悔しくて腹が立ったから、思いっきりギャン泣きしてやった。


朝焼けの野原に乙女の号泣は延々と響き渡った。







「やー、悪い悪い!久々の開放感でついハシャいじまった」


そんな一ミリも悪いと思って無さそうな声で謝られても、ちっとも心が動かされないもんね。

さっきの仕打ちで私にとってのシグは黒い生物Gと同列にまで成り下がった。

思いっきり蔑むような視線を向けてやれば、「クセになりそうだ」とかなんとか抜かす始末。

ちくしょー。余裕ブッこいてんじゃねえぇぇっ!




偶然にも謎の“どこでも○ア”を潜った先は、シグのよく知った場所であるらしかった。

着の身着のままの上に無一文ではあるけど、一人じゃないというだけでこんなにも心強いなんて、不思議。


「若い頃傭兵をやっててな、あちこち渡り歩いたものさ。ここいらは街道から外れてるが俺の記憶が正しけりゃ半日も歩けば人里に出るはずだ」


「ふぅん、そうなんだ。それでここは何て国なの?」


「ローエングラム。因みにさっきまで居た牢は首都にあって国の真ん中辺り。現在地は南の端の国境近くだから、常識的に考えて一晩で移動出来る距離じやないな」


「…あの扉どんなカラクリなの。やっぱり魔術―――とかいうもの?」


「俺には専門外過ぎてさっぱりだ」


とまあ、こんな感じに主に私がシグを質問攻めにしつつ足を進めている。

どんな状況でも情報は大事だもんね。


―――今更だけど言葉が通じて良かった。

『何故』とか『どうして』とか、分からない事も多すぎるけど、考えてどうにもならない場合は悩むだけ損な気がする。

今の私の場合『生きること』が何よりの最重要課題なんだから。



――――辺りは見渡す限りの緑の野山。

人工物が一切視界に入らないこの状況だと、ここが『異世界』かもしれないだなんて忘れそうになる。

それくらい自然環境は似かよってるって事で、その点については幸運ラッキー…なのかな?。

季節もそんなにずれていないみたいだし、春先の軽装でもそれほど辛くはない。

今の私の服装は上が白のチュニックシャツと淡いグリーンのカーディガンで下はスキニータイプのデニム。

どちらかと言うとカジュアルが好みだからいつもこんな感じなんだけど。

流石に舗装されてない道を歩く事になるとは思わなかったから普通の靴だし、今ものすごくスニーカーが恋しい。

そしてシグは―――――。


「シグのその格好は何かの制服?」


軍服をイメージさせられるような紫紺の詰め襟は裾がやや長めで、随所に手の込んだ刺繍が施され胸元には紀章らしきものがジャラジャラと幾つも並んでいる。

もしかしなくてもシグって、わりと地位のある人だった?


「なんだ、俺の事が気になるのか?ん?」


ニヤニヤ笑って答をはぐらかそうとしてやがる。

ま、どうでもいいか!


「別にー?重たそうな服だなと思っただけー」


「………………………………」


「なあに、その沈黙は」


「……この年になってもまだ、色々と新鮮な体験をするものだと思ってな」


「ふーん?」


さてはその顔は根掘り葉掘り追及されると思ってたな?

他人のプライバシーは尊重しますとも!なんたって個人情報保護法のある国で育ちましたからね。


「裁縫道具があればリメイク出来るよ、そーゆうの得意だから」


「りめいく?」


「既製品に手を加えて違うデザインに作り替える事だよ」


「ネージュは仕立て屋なのか?」


「そうじゃないけどコス…じゃなかった、たしなみ程度には」


ふぃー…。危うくマニアックな趣味を吐露するところだった!

それこそ追及されても説明出来ん。


「私の本業はまだ学生――…えっと一人前の社会人になる前の修行中の身というか、色々学んでる最中だったの。時々臨時の仕事バイトをしたりもしたけど、ちゃんとした就職はきちんと学校を卒業してからするものだし…」


………はぁ。


話してるうちになんかまた段々悔しくなってきた。

私生活での苦労とか、大学受験の為に費やした努力とか、全部台無しになって。

唯一の救いはお母さんの結婚を見届けられた事くらい。


知らないうちに口数が減りうつむきがちになっていた私は、その直後のいきなりの浮遊感にひどく面食らった。


「きゃっ!―――なに!?」


「………」


「ちょっと、シグ!いきなり何するの!」


「――――ネージュ」


急に襲った浮遊感はまたしてもシグが私を抱き上げたからだった。

しかも今度は片手で!

軽々しく乙女の身体に触らないでと抗議するつもりが、何故か咎めるような口調で名を呼ばれてしまい、モグモグと口ごもる羽目に。


「足を傷めているならどうしてもっと早く言わない?」


「――――!」


気付かれてるとは思わなかった。

我慢出来ないほどの痛みではなかったから。

ただの靴擦れだし……。


「あのなぁ、おまえは誰が見ても立派な小娘なんだよ。小娘が大人を頼ったところでおかしくも何ともないんだぞ」


抱え上げられたせいで敢えて直視を避けていた薄い翡翠色の眼と正面から視線がかち合ってしまう。

その眼には気遣わしげな色が見えて思わず喉の奥がひきつった。


「た…たいしたこと無いから…」


「はぁ……。おまえのそれが『たいしたことない』なら、俺がおまえを抱え上げるのだって『たいしたことない』んだよ。俺はその気になれば馬でも抱えて歩けるからな」


「―――――馬…」


「言ったろう?色々混じっていると。それは『人間以外の血も』って事だ。先祖には怪力で知られる竜人や獣人もいる。ネージュなぞ仔猫を抱いてるのと変わらん」


なんかものすごいドヤ顔でこっちを見てる!

………でもほんのちょっと不安そうに見えるのは私の気のせい?

それに竜人て言った?獣人て言った?

ナニソレ!!ファンタジー!?

てか、そんな事より!!



「――――私、馬ほど重くないから!!」



「――――ぶ…」


次の瞬間ぶわっ!とシグが吹き出し。


「おまっ……、気にするとこソコか!?ソコなのか!!」


ひー、たまらん!!とか言いながら、人の事抱き上げたまま身体を捩って笑い転げるから、私は散々ぶん回されて気分が悪くなった。




罰として私はシグにお姫さま抱っこでの運搬を要求した。
















































































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